第53話 『伝道師』の末路



☆★☆



「・・・アキトくんは順調に成長している様だね?」

「はいっす、ルドベキア先輩。この分だと、『成人』するくらいには『限界突破』の『試練』を受けさせられると思うっすよ。」


の片割れ、『惑星アクエラ』の衛星『レスケンザ』の月面上に、その二柱の女神の存在はあった。

『地球』の一級管理神・ルドベキアと、『惑星アクエラ』の一級管理神・アルメリアである。

ただ、ルドベキアの姿は以前『転生前』の西嶋明人(にしじまあきと)の前に立った時の“美少女”の姿ではなく、彼女自身が言及した通り『美の女神』もかくやと言う様な金色の髪をたなびかせた“美女”の姿であった。

一方のアルメリアも、普段アキト達と接している“自立型スタンドアローン”の『生体端末』ではなく、“本来”のアルメリア自身であり、その印象もどこか神々しかった。


「そうか・・・。ようやくここまで来たんだね。いやはや、思いの外長い年月を要してしまったよ。『レスケンザ』に『彼』が幽閉されてから、もう1000年とちょっとか・・・。」

「そうっすね~。でも、も、まさかに『時空の歪み』が出来るなんて、想像もしてなかったと思うっすけどね~。」

「確かにね。」


ここ『レスケンザ』の月面上に忽然とその姿を現す『』、見た目的には『神殿』の様な建造物の少し上空に、『時空の歪みそれ』の“残滓”は今もひっそりと存在していた。

時空の歪みそれ』の“残滓”を眺めながら、フウッとルドベキアは深い溜め息を吐く。


「大分お疲れの様っすね?」

「少しね。この『時空震』からに渡ってからは苦労の連続さ。『彼』が『時間軸』と、ボクが『時間軸』の“ズレ”から始まって、『宇宙の修正力』に巻き込まれてを合わせる為だけに『管理神』に祭り上げられちゃうし、『彼』を探す一方で『土着神』達の『調停役』をこなしながら、『後継者』となれる『土着神』の『覚醒』を促したりさぁ・・・。確かにボクはの『存在』じゃないけど、ホント『宇宙の修正力』ってのは融通が効かないよねぇ~。こっちも『宇宙のバランス』を崩したりしないっての。で、ようやく『時間軸』が追い付いて『彼』を見付けたと思ったら、に喚び戻されちゃうしさぁ~。ボクの苦労は何だったのっ!?って、思わず叫んじゃったよ。ま、『役割』は一応果たせたからいいんだけどさぁ~。」


女神と言うより、仕事に疲れたOLの様な愚痴を溢すルドベキア。

アルメリアも、そんなルドベキア先輩に共感しながら相槌を打った。


「まっ、いくらワタシ達でも、こればっかりはそうそう思い通りにはいかないっすもんね~。」

「・・・そう言うアルメリアも、『生体端末』の方はかなり無茶させてるんじゃないかい?『制約』に引っ掛かる事も結構やらかしてるじゃないか。」

「そうなんっすよ~。思いの外アキトさんが“はっちゃけて”しまいまして・・・。アキトさんの『事象起点フラグメイカー』の『力』を侮ってたっすよ。まぁ、元は『彼』の『能力』っすから、ワタシ達にも『影響』が出てもおかしくはないっすけど、まさかアキトさんがここまでの『力』を引き出すとは思ってなかったっすからねぇ~。『彼』とアキトさんの『親和性』が異常に高かったって事っすかね?」

「どうだろうね?もしかしたらアキトくんこそが、ボク達が探し求めていた『』なのかもしれないよ?『彼』も偶然明人あきとくんに宿のではなく、その『可能性』に惹かれたからかもしれないしね・・・。まぁ、いずれにせよ、アキトくんが『限界突破』を果たしたら自ずと答えは出るんだろうけどね。」


ルドベキアが示した一つの推測に、アルメリアは納得顔で頷いた。


「ああっ、その可能性もあったっすねっ!でもそうした“兆候”があったっすか?」

「う~ん。断定は出来ないけど、『発現』していなかったハズの『能力』を無意識に引き出した事はあったね。もちろん、極々弱いレベルだったけれどね?」


ふむふむ、とアルメリアは頷く。


「何なら『記録』を『再生』しようか?明人あきとくん自身は“自覚”してないけど、でも結構やらかしてるよ?ボクも、此方でのアキトくんの『成長記録』を見せて貰ったし、そのお返しじゃないけど。」

「いいんすかっ!?やったー!これで新しいを『再現』出来るっす~!」


少しズレた所で無邪気に喜ぶアルメリア後輩にルドベキアは呆れた表情をした。

この女神アルメリア、大分『地球』の『文化』に傾倒している様だ。


「いやいや、別に“趣味”にケチ付けるつもりはないけど、アキトくんの『限界突破』まではしっかりサポートしてやってくれよ?ボクもの『後処理』があるからしばらく此方には戻れないし、此方で頼れるのはアルメリアしかいないんだからさ。『神々』やは言うに及ばず、『アスタルテ』さんもアキトくんの『影響』を受けて、目覚めつつあるからね。」

「分かってるっすよ~。けど、『アスタルテ』さんが“敵対”する事なんてあるんすかね?」


先程のやり取りをまるっと無視して、キリッとした表情をするアルメリア。

本当に大丈夫かなぁ?と思いながら、ルドベキアもアルメリアの意見に自身の考えを述べる。


「う~ん。こればっかりは、目覚めてみないと分からないけど、『アスタルテ』さんは『』には“敵対”はしないだろうけど、にはどうだろうね?根本的に“ボク達”と“”では『出自』が異なるから、の『行動原理』はいまいち読めないんだよね。ま、どっちにしても警戒は必要さ。」

「ああ、確かにそうかもしれないっすね。融通が効かないって言うか、そういう所がありましたもんねぇ~。分かりました。『生体端末』がつ間は精一杯サポートするっすよ。ま、その後は、ワタシも簡単には介入出来なくなるっすけどね。」

「それは仕方ないさ。それに、アキトくんには申し訳ないけど、これも彼の“運命”だ。彼自身で切り開いていかなきゃならない。まぁ、アキトくんなら心配はいらないだろうけどさ。」

「まぁ、そうっすねぇ~。アキトさん自身の長年の努力の賜物っすけど、デタラメな『基本スペック』と、更にデタラメな『彼』の『能力』まであるんすから、ワタシらが心配するだけ無駄っすよね。『限界突破』を果たしたら、案外、アッサリと“真実”に到達するかもしれないっすよ?」

「そうなった方が、ボクらとしては色々都合が良いけど、それはそれでボクらの苦労は何だったのか叫びたい気分だよねぇ~・・・。ま、とにかく引き続きよろしく頼むよ?」

「はいっすっ!」


こうして、アキトの預かり知らぬところで、女神達の“密談”が交わされていた。

これがどういう意味を持つのか、それはアキトの進む“道”の先にしか答えはない。



「おおっ!明人あきとさんもカッコカワイかったんすねぇ~。えっ?でも結構モテモテだったんすか?明人あきとさんにはあまり自覚がなさそうっすけど。」

「そうだねぇ~。罪作りな男の子だよ、まったく。」


先程までの意味深な発言を繰り広げていた二柱の女神は、今は一転してユルい空気感で、西嶋明人にしじまあきと時代の半生を観賞していた。

とある理由で、アルメリアは『地球』時代の西嶋明人にしじまあきとの事は知識として知ってはいたが、改めて“映像”で見ると、新たな発見もあった。

もちろん、彼女自身が先程発言した通り『ゲーム』などの『サブカルチャー』の調査には余念がなかったが、どこか『アイドル』を応援する『ファン』の様な心境で“映像”を楽しんでいた。


「・・・そう言えば、ルドベキア先輩も明人あきとさんとチューしたっすよねぇ~、確か?」


ふと思い出したアルメリアは、ジト目でルドベキアの方に視線を向ける。

その事には、ルドベキアも顔を真っ赤にし、しどろもどろになりながら“言い訳”を述べる。


「うっ!あ、あれは『役割』上仕方ないじゃないか。そりゃ、ちょっとはラッキーとか思わなくもなかったけど・・・。」

「いいなぁ~。ワタシはどっちかと言うと“お母さん”とか“お姉さん”に近い立ち位置なのに、ルドベキア先輩はちょっと会っただけでアキトさんの強烈な印象に残ってるみたいっすからねぇ~?」

「それを言ったらアルメリアだってアキトくんとは此方ではずっと一緒じゃないか!それに、のボクは、無茶な介入のせいで“少女形態”だったんだよ?キミの脂肪の塊ほど、彼を“誘惑”出来たかは甚だ疑問だよ。」

「無駄に膨らんだとは何っすか!」

「事実だろ?アキトくんだって密かに『おっぱい女神』って呼んでるみたいだしさっ!」

「ええ、そうなんっすかっ!?」


彼女女神達の“性質”上仕方ない事だが、『英雄性』に惹かれる女神は『地球』でも枚挙に暇がない。

しかし、女神などと言う存在に目を付けられると、『英雄』のその後の半生は散々な結果になる事が往々にしてある。

果たしてアキトの未来はどうなるのだろうか?



☆★☆



人は常に選択を迫られる。


ニコラウスの『拠点』にて、ヴァニタスが放った圧力プレッシャーにより、極度の緊張感から気を失ったニコラウスは、ヴァニタスが去った後も数時間は目を覚まさなかった。

ニコラウスは、一種の“逃避行動”として、自身の過去の夢を見ていたからである。



ニコラウスの『魔眼』が“顕在化”するまでは、彼も普通の『平民』の子どもだった。

普通に両親がいて、普通に兄弟がいて、普通に友達がいる、極々ありふれた子ども時代を過ごしていたのだ。

しかし、それ故に、ニコラウスの“潜在意識下”では、その時代が彼に取っては一番の“幸福”の時間でもあった。

ニコラウスの『魔眼』が“顕在化”したのは、彼が八歳頃の事だ。

それまでも、やや内向的で、多少妄想癖がある傾向にあったが、周囲と軋轢を生むほどではなかった。

しかし、ニコラウスの『魔眼』が“顕在化”した事により、彼の『世界』は音を立てて崩れ始めた。

始まりは、ニコラウスのちょっとした“イタズラ”だった。

『冗談』や『嘘』と言うのは、軽いモノなら一種の『コミュニケーション』として機能する。

それを、親子で、兄弟で、友達同士で行う事は、どこにでもあるありふれた光景である。

その結果として、「くっそ~、騙したなぁ~!」とか「あぁ~、騙されたぁ~!」と言った、ちょっとした『ストレス』を『刺激』として楽しむのだ。

ある意味、『お笑い』の『ボケ』と『ツッコミ』、『緊張』と『弛緩』の『メカニズム』に似通ったモノである。

しかし、『魔眼』に『覚醒』したニコラウスの場合は、そうしたモノは全て相手に

無意識に『催眠術』・『暗示』・『洗脳』の様に他者の“深層意識”に『干渉』してしまうニコラウスの『魔眼ちから』が、人々から拒絶・忌避される様になるのには、そう時間は掛からなかった。

言うなれば、『オオカミ少年』の逆バージョン。

端から聞いてる分にはただの『嘘』と分かる事柄を、子ども達だけならともかく、大人達に至るまで、大真面目に信じてしまうのである。

そうなれば、ニコラウスを不気味に思う者達が出始めて、彼はその狭い『コミュニティー』から弾かれてしまう。

ニコラウスに取って、唯一の希望であり、『無条件』で味方してくれる筈の『家族』も、当然そうした“流れ”を覆す事は困難だ。

ニコラウスに『悪魔憑き』の“噂”が流れ始めた時には、段々と両親・兄弟からも距離を置かれる様になった。

幼いニコラウスには、それは絶望的な出来事であった。

『魔法技術』が一部失われる以前なら、ここに“噂”を聞き付けた『魔道師』や『魔法使い』が現れ、ニコラウスのこの『魔眼』が一種の『才能』である事を諭してくれる。

この『魔眼』の“発露”は、『魔素』との『親和性』が非常に高いが故に“顕在化”してしまうたぐいのモノだからだ。

当然ながら、一時的に親元から引き離す必要があるかもしれないが、しっかりとした『制御』を学べば『魔眼』が『発現』する事はもう二度とない。

それどころか、非常に優秀な『魔道師』・『魔法使い』になれる素養故に、順調に成長すれば、歴史に名を遺すほどの『大魔道師』や『大魔法使い』になれる可能性すらあった。

しかし、『魔法技術』が一部失われた事により、残念ながらニコラウスには、そうした『選択肢』が現れる事は無かった。

その代わり、彼の前に現れたのは、この世界アクエラでも1、2を争う『宗教』の使徒であり、ニコラウスの“保護”を謳い、彼の持つ『特異』な『力』を取り込む事に成功する。

こうして、ニコラウスは“なし崩し”的に『ライアド教』に所属する事となった。

ここまでなら、彼に取れる『選択肢』が無かったと『同情』出来る余地もあったかもしれない。

しかし、こうした経緯からニコラウスの中で崩れ去り、“再構築”された『世界』は酷く歪んでいて、彼はその後示された『選択肢』を、『魔眼』の『力』を使って、そのことごとくを拒絶する様になってしまった。

強大な『宗教』故に、『ライアド教』も一枚岩ではない。

当然ながら、中には善良な人物、優秀な人材もいる。

ニコラウスの境遇に『同情』し、『知識』を与えようとした者もいる。

ニコラウスの『特異』な『能力』に目を付け、『力』を与えようした者もいた。

ニコラウスの『特異』な『能力』が『魔法技術』に転用出来ると直感的に察し、彼に『回復魔法(『魔法技術』)』を与えようとした者もいた。

もちろん、それぞれ思惑もあっただろうが、そのいずれかの『選択肢』が今と変わっていれば、ニコラウスの現状も変わっていたかもしれない。

しかし、彼は、そのいずれも自身をそんな境遇に追いやった『魔眼』を使い、拒絶していった。

見方を変えれば、ニコラウスが自身の才覚だけで未来を切り開いている様にも見えるが、それは酷く後ろ向きなモノであった。

自分を変えるのではなく『世界』を変える。

これは、ニコラウスにとっての『世界』に対する“復讐”だったのかもしれない。

こうして、『完成』したニコラウスは、『魔眼』と言う強力な『武器』に極振りされた『ステイタス構成』をした青年となり、『トリックスター』・『扇動者アジテーター』として暗躍していく事となった。

そので、『血の盟約ブラッドコンパクト』などの『ハイドラス派』の思惑がある事に気付かないまま。



「ハッ!」


ひどく“夢”を見ていたニコラウスは、『拠点』にて目を覚ました。

すでに先程見ていた“夢”の内容は思い出せないが、その代わり先程自身の身に起きた出来事を思い出していた。


「ヤツはっ!?」


突然現れ、自身をヴァニタスの姿を探した。

しかし、そこにはすでに彼の存在はなく、、いつも通りの静寂がそこにはあった。

『怒り』よりも、まず『安堵感』がニコラウスを満たした。

・・・それに『監視対象アキト・ストレリチア』にちょっかいをかけた事もある。

これに関しては、“身バレ”する可能性は低いが、すでに自身の『拠点』を知っているヴァニタスの存在があるので、彼がどう動くかも分からない。

しかも、ニコラウスがジュリアンを、『監視対象アキト・ストレリチア』にぶつけさせた『掃除人ワーカー』達も、『監視対象アキト・ストレリチア』の未知の『能力』の前に瓦解し、ヴァニタスの発言を信じるなら、その『力』が自身に向く可能性もある。

しばらく“水面下”に身を潜めて、ほとぼりが冷めるのを待つ必要があるかもしれない。

そうニコラウスは思い至った。

一度そう判断すれば、ニコラウスの行動は早かった。

ろくに準備もせずに、この『拠点』をアッサリと放棄する事を決定する。

ニコラウスは、所謂『根なし草』で、“旅慣れ”している。

それに、彼が『絶対』の自信を持つ『魔眼』さえあれば、大抵の事はどうとでもなる。

ただし、そんな彼にも、『失われし神器ロストテクノロジー』の『模倣品レプリカ』・『神の眼』は、手放すには惜しい希少な『アイテム』だった。

キョロキョロと、『神の眼』を探し、その姿がない事に気が付く。


「そう言えば、ヤツはがどうとか言っていたな・・・。」


ギリッと下唇を噛みながら、ニコラウスはヴァニタスの発言を思い出していた。

希少な『アイテム』を奪われた事実に、腹立たしい気持ちにもなったが、すでに済んでしまった事を今さらどうこうする事は彼には出来ない。

それに、元来の『小心者』の気質故に、すでに『安全地帯』ではない『拠点この場』に長く留まりたくないと言う“焦り”もあり、ニコラウスはしばしの逡巡しゅんじゅんの末、この『拠点』を飛び出していった。

すでに、ヴァニタスによって『神の眼』だけでなく彼の『魔眼』も



翌日、ニコラウスは『ルダの街』を離れ、以前に“仕込み”を入れておいた『盗賊団』の『アジト』に向かっていた。

『不真面目な信者』かつ『小心者』のニコラウスは、『ライアド教』の“外”にも万が一の『保険』として、自身の手足となり、『資金源』となる『組織』を『手駒』に持っていた。

今回の件は、ニコラウスに命じられている『監視任務』を彼は放棄したので、当然ながら『ライアド教』に合流する事は躊躇われる。

ただ、ニコラウス自身は知らない事だが、彼の『魔眼』の『力』は希少価値の高いモノなので、『血の盟約ブラッドコンパクト』の『』メンバーに名を連ねる彼を排する事は、はありえない事だったが。


「ニコラウス様、まもなく『アジト』に着くっス。」

「ああ。しかし、仕方のない事とは言え、よくもこんな危険な場所に『アジト』を築くモノだねぇ~。」

「まぁ、ニコラウス様の『恩情』があるとは言え、俺らは『盗賊団』っスからね。今は壊滅しちまいましたが、『ダガの街』の『ランツァー一家』ぐらいの『大組織』にならないと、『街中』には『拠点』なんて持てないっスよ。」

「・・・ふむ。」


それ故、色々とほとぼりが冷めるまで、その『盗賊団』を『隠れ蓑』に身を隠そうとしていたのだった。

『案内役』の男と適当な会話を交わしながら、これしきの事では懲りなかったニコラウスは、再起を図るべく“次”の『計画』を模索していた。

そんな折、『案内役』の男との何気ない会話の中に、小さな閃きをニコラウスは感じていた。

もし『ライアド教』に大手を振るって帰還するとしたら、『任務放棄』に見合う『成果』があれば“うやむや”にする事は出来るかもしれない。

そうでなくとも、最近急速に勢力を伸ばしつつある『盗賊団』・『ギアード組』を上手く利用すれば、ニコラウスにとっては色々と都合が良くなるだろう。


「ニコラウス様、ここです。ここが俺らを『ギアード組』の『アジト』です。」

「・・・着いたか。」


一瞬思考の海に沈みかけたニコラウスを、『案内役』の男の声で現実に引き戻された。

そこは、森林の奥まった場所にある洞窟だった。

当然ながら、こうした場所は『モンスター』や『魔獣』に襲われる危険性が高いが、知能はともかく腕っぷしには自信のある盗賊連中にはちょうどいい隠れ家であった。

見張りとおぼしき男に頭を下げられ、軽く手を上げるニコラウス。

そのまま、“顔パス”で洞窟内に進み、途中捕らえられたと思わしき女性達の悲鳴をスルーして、ニコラウスは奥に通された。


「おお、ニコラウス様。よくおこし下さいました。」

「やあ、カーダ。久しぶりだな。しばらく厄介になるぞ。」


奥まった『スペース』には広い空間が広がっていて、そこには筋肉隆々の明らかに“カタギ”ではない大男が大袈裟にニコラウスを歓迎していた。

この男が、『ギアード組』のボス、カーダ・ギアードである。

以前、『魔眼』の『力』を駆使して『ギアード組』を『支配下』に置いたニコラウスは、ようやくここに来て少し安堵の表情を浮かべた。


「もちろんです。ニコラウス様なら、好きなだけ居てくださって結構ですとも。ただ、色々と“お力”をお借りしたいですが・・・。」

「もちろん構わないさ。そうだ、カーダ。少し相談があるんだけど・・・。」

「はい、何でしょう?」


ニコラウスの表情を察して、カーダは酒やら食べ物やらを運んでいた手下達に目を向ける。

すると、それなりに『統率』の取れている手下達は、すぐさまこの場を去り、この広い『スペース』にニコラウスとカーダの二人きりになる。


「悪いな、カーダ。まだ頭の中で纏まりきっていないから、他の連中にはまだ知られたくなかったんだ。カーダ、お前、『ギアード組』を『ランツァー一家』にするつもりはないか?」


唐突なニコラウスの発言に、カーダは要領を得ない表情で問い返した。


「どういう事です?」

「お前も知っての通り、今『ダガの街』周辺は色々な“勢力”の『空白地帯』になってる。『ダガの街』のレイモンと、『ランツァー一家』のイザッコが揃って『処刑』されたからな。しかし、あそこは良い“稼ぎ場”なんだよ。様々な“物品”や“人材”が行き交い、なおかつ三国それぞれの『思惑』が干渉し合い、一種の“権力”の『空白地帯』でもある。一旗挙げたい連中なら、喉から手が出るほど“確保”したい場所だろう。」


ふむ、カーダはニコラウスの発言に頷きながら疑問を述べる。


「しかし、そんな魅力的な場所なら、もうすでに別の連中が進出しているのでは?」

「ところがそうでもない。レイモンと言う『ロマリア王国この国』の『貴族』の『後ろ楯』を得ていたにも関わらず、『ランツァー一家』が壊滅した事により、他の連中は二の足を踏んでいるのさ。そこで『ギアード組』の出番であり、俺の出番だ。」

「っ!!なるほど、『ライアド教』の『威光』を利用する訳ですかい!?」


ニヤリとニコラウスは顔を歪め、頷いた。


「理解が早くて助かるよ。その通りだ。もちろん、それでもちょっかい掛けてくる連中はいるだろうが、それも俺の『力』があれば問題ない。まぁ、今すぐ結論を出す必要はないが、頭に入れといてくれ。」

「はいっ!」


ニコラウスは、先程の『案内役』の男との会話の中で、『ランツァー一家』の話題が出てきた事で閃きを感じ、新たな『計画』を思い付いていた。

カーダとの会話の中にも出てきたが、今現在の『ダガの街』周辺の“稼ぎ場”を確保し、『ギアード組』の勢力を拡大させる事が狙いだ。

もちろん、ニコラウス自身はヴァニタスやアキトを警戒し、表立って活動するつもりはないが、『参謀』として関わり、ほとぼりが冷めるのを待ちながら水面下で『力』を蓄える算段であった。


「まぁ、それはそれとして、ニコラウス様の来訪を祝って盛大にやりましょうやっ!おい、お前達っ!」

「「「「「うっすっ!!!!!」」」」」


準備の途中で退出した手下達を再び呼び戻して、カーダはニコラウスを歓迎する宴会を開かせた。

その夜は、夜通しバカ騒ぎを繰り広げながら、ニコラウスもカーダも、その先にある『未来』を疑ってもいなかったーーー。



人は常に選択を迫られる。

しかし、その『選択肢』は、その人のそれまでの“積み重ね”で、その数を増減させる事も往々にしてある。


『セカンドキャリア』と言う言葉を御存知だろうか?

『地球』における、主に『プロスポーツ』の間で多用される言葉だが、要するに“第二の人生における職業”の事である。

当然ながら、『プロスポーツ』の選手達といえども、いつかは『引退』する時が来る。

その事情は様々だが、戦力外通知を出されるとか、怪我で選手生命を絶たれるとか、中には長年の活躍の末に『引退』する幸福な者達もいるだろう。

しかし、華々しい『舞台』を去った後も、当然ながら『人生』は続く。

働く必要がないほど稼いでいたらその限りではないが、意外とそうしたケースは稀だ。

そうなれば、生きていく為にも新たな“働き口”は必要である。

上手い具合に『解説者』・『監督』・『コーチ』・『トレーナー』などのそれまで関わっていた事に近い職種に就ければまだ良いが(もちろん、それ相応の『勉強』は必要だが)、全く別の職種に転向せざるを得ない事も往々にしてある。

その末に、転落人生を経験する者達もいれば、最悪『犯罪』に手を染める者達もいるのが実情である。

その為、それを未然に防ぐ上でも、『元・プロスポーツ』選手達の就労をサポートする組織や団体が現れ、『スポーツ界』全体でも、この『セカンドキャリア』に関心が高まっている。

つまり、何が言いたいかと言うと、現実的な『世界』において、一部『ゲーム』の様に『ステイタス構成』を“何か”に極振りする行為は、とてつもない危険性を孕んでいると言う事である。


ニコラウスは、その『機会』を、その『選択肢』を自ら拒絶して今日まで来てしまった。

その事を自覚し、学び直す気概があればまだワンチャンあったかもしれないが、この世界アクエラは危険と隣り合わせの『世界』でもある。

気付いた時には後の祭りなんて事もザラである。

そんな『世界』で、『魔眼』に極振りされた『ステイタス構成』をしていたニコラウスの、その頼みの綱である『魔眼』が無くなってしまったら、その後彼がどういう“末路”を迎えるのかは、それはここで語るまでもないだろうーーー。


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