2/魔術大学校 -17 純粋魔術
夕刻、すべての授業を終えた俺たちは、魔術研究科の研究棟へと向かっていた。
「──ふと思ったんだけどさ」
「?」
ユラがこちらを振り返る。
「魔術の研究って、してもいいものなのかな」
「してはいけないの?」
「ほら、なんだっけ。神代から学び、純粋魔術を禁忌とした──とかなんとか」
「ああ、なるほど」
ヘレジナが頷く。
「神人大戦の折にエル=サンストプラを作り上げた純粋魔術。人々はそれを禁忌とし、その成果を排斥した。そのことを言っておるのだな」
「そう。純粋魔術が駄目なら、そもそも魔術の追求だって禁忌なんじゃないか?」
「いえ、そうはなりません。純粋魔術と魔術研究は、根本的に異なるものでし」
俺の質問に、ヤーエルヘルが流暢に答える。
「たとえば、サンストプラで盛んに研究されているテーマのひとつに冷却魔術がありまし。温度を上げる火法、炎術はあるのに、温度を下げる冷却魔術はない。これは魔術研究における大きな障害のひとつでし。でしが、この研究には目的がありまし。冷却魔術を作り出すことで、食料の長期保存が可能になる。大陸の端から端まで新鮮な果物を届けることもできる。酷暑だって、涼しく過ごすことができる。これは悪いことではありませんよね?」
「ああ、そう思う」
文明とは発展するものだ。
より便利に、より快適に。
人が人として生きる限り、歩みを止めることはできない。
「でしが、純粋魔術は違いまし。純粋魔術とは、魔術ありきの考え方でし。まず研究して、できそうだから、やる。手段が目的になってしまっているのでし。そして、純粋魔術を志す人間には、自らが作り出した術式を証明する義務がありまし。最後に到達したのが、人工的に神を作り出す方法であったから、まだよかった。もしこれが、世界を滅ぼす術式であったなら──」
ヤーエルヘルが、目を伏せる。
「彼らは、それを、躊躇いなく実行したでしょう」
「──…………」
なるほど。
目的があれば、文明は、その方向へと舵を取る。
だが、盲目的に自分のできることを増やし続ければ、人間は容易に自滅する。
核ミサイルは兵器として作り上げられたものだ。
脅威ではあるが、管理されている。
しかし、純粋魔術を志すどこかの誰かが、たまたま核ミサイル相当の術式を発見したとしたら、"可能だから"という理由だけでそれを使用してしまうのだ。
サンストプラの人々が純粋魔術を禁忌とするのは、当然のことだった。
「ありがとう、よくわかったよ」
「どういたしまして!」
イオタが目を見張る。
「ヤーエルヘルさん、本当に博識なんですね。ぼくには、そこまで噛み砕いてまとめられないと思う……」
「えへへ」
「ヤーエルヘルは、ワンダラスト・テイルの頭脳担当だからね」
ユラの言葉に、イオタが数度まばたきをした。
「
「ああ。遺物三都でのパーティ名だな。私たちがヤーエルヘルと出会ったのは、遺物三都なのだ」
「遺物三都って、冒険者の街──でしたっけ。たしか、地下迷宮に、無数の財宝と魔獣が眠っているという」
「財宝、見つけたんでしよ」
「──……えっ」
イオタの目が点になる。
「ああ。エルロンド金貨を千枚ほどな」
「……は? え? ……えっ?」
「まあ、ほとんど使ってしまったのだけど……」
「え、エルロンド金貨千枚を、……ですか?」
「まあ、いろいろあって……」
「いろいろあり過ぎですよ!」
俺もそう思う。
「人生が濃すぎる、この人たち……」
俺もそう思う。
「ねえ、イオタさん。研究棟って、あれ?」
ユラが指差した先には、木々に隠れるように建てられた無骨な建造物があった。
「あ、はい。そうです。ぼくも子供の頃に何度か入ったきりなんですが……」
「ほう、入ったことはあるのか」
「初等部の頃なんで記憶が曖昧なんですけど、身体検査を受けた記憶があって」
「そういうこともしてるのかな」
ありそうな話ではある。
「そんなわけで、中までは案内できませんけど……」
「いや、構わん。ここまで連れて来てもらっただけで十分だ。当てもなくふらふらとしていたら、日が暮れるところであった」
「ありがとうございまし!」
「い、いえ、ぼくにできることなら」
イオタがはにかんだように笑う。
この一日で、随分と笑顔を見るようになった。
我が事のように、嬉しい。
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