1/ネウロパニエ -13 ベディ術具店
「──まったく、し、し、信じられん。あんなこと!」
まだ言ってる。
「ユラさまも説教してやってください!」
「もうしたし……」
ユラが苦笑する。
「それに、寝ているときのことだから。わたしは怒ってないよ」
「いけません! いけません! エロバカナトであることが今朝証明されました! 今のうちから躾けておかねば!」
「ごめんって……」
朝方、俺の腕にすがりつく感触があった。
てっきりヤーエルヘルだと思って抱き締めていたのだが、
「交際相手の従者を抱いて寝るなどと!」
この通りである。
「おトイレ行って戻ったときに並びを間違えたあちしが悪いでしから、そんなにカナトさんを責めないであげてくだし……」
「ううう……」
「まさか、こんなに長々と怒るとは」
アンパニエ・ホテルを出てから一時間くらい経ってるぞ。
「怒ってると言うより、恥ずかしいんだと思うよ」
「怒っているのです!」
「まあまあ……」
ユラとヤーエルヘルが、頑張ってヘレジナをなだめてくれる。
現在地は、中央区からすこし離れた住宅街区のひとつだ。
中央区から離れた途端、急激に生活レベルが低下しているのが見て取れた。
ネウロパニエは、外周──新たな街区になればなるほど貧している。
この周辺は、それでも平均的な区画だろう。
「たぶん、このあたりだと思うけど……」
最後に道を尋ねた人によれば、この先の五叉路を左に曲がったあたりだそうだ。
「左って、この細い路地かな」
「いちおう五叉路にはなってるし、そうかも。ヘレジナはどう思う?」
「嘆かわしい、嘆かわしい……」
ポンコツになっていた。
俺とユラ、ヤーエルヘルが、互いに顔を見合わせて苦笑する。
「入ってみよう。違ったら出ればいいんだし」
「そうでしね」
裏路地をひょいと覗き込む。
がらくたで溢れているかと思えばそんなことはなく、ただ道が細いだけで通ることは十分にできそうだった。
皆を先導して、裏路地を行く。
やがて、突き当たりのビルの一室に看板が掲げてあるのを見つけた。
「──ベディ術具店。ここでし!」
「あったあった」
さっそく扉を開こうとするが、ノブに掛かったプレートが気になった。
「これ、なんて書いてあるんだ?」
「あ」
プレートを覗き込んだユラが、固まる。
「……臨時休業、だって」
「げ」
「ここまで来たのにね……」
思わず肩を落とす。
だが、できることはまだある。
「休業は休業で仕方ないけど、誰かいないか確かめておこう。人がいたら、いつまで休業なのか聞きたいし」
「そうでしね。明日も明後日も休業だと、毎日通うのも手間でしし」
ベディ術具店の扉をノックする。
「すみませーん」
反応はない。
ノブを捻ってみると、鍵は掛かっていなかった。
扉を薄く開き、声を掛ける。
「……すみません、誰かいませんかー」
声は響けど、返答はない。
「駄目だ、出直すしか──」
そう言って振り返ったとき、表通りから歩いてくる人影があった。
それは、白髪を油でオールバックにまとめた気難しそうな老年の男性だった。
「──臨時休業」
「はい?」
「お前らは、文字が読めないのか。ならば教えてやる。そこには臨時休業と書かれている。わかったら、退け」
「──…………」
一発でわかる。
これは、難物だ。
「その、ニャサのユーダイさんから紹介を受けまして……」
慌てて紹介状を差し出す。
男性はそれを受け取ると、中身も読まずに懐に入れた。
「それで」
「……その、いつまで休業なさるんでしょうか。そのときに出直そうかと」
「しばらくやらん。諦めろ」
ユラが、男性の前にしずしずと進み出る。
「不躾に申し訳ありません」
そして、優雅に一礼をした。
「事情がおありでしょうが、わたしたちにも、どうしても義術具を作っていただきたい理由があるのです。本日すぐにとは申しませんので、滞在中に営業を再開していただくわけには行かないでしょうか」
「諦めろ」
にべもない。
「他に用がなければ、退け」
説得する材料が、手持ちにない。
俺は、無言で男性に道を譲った。
男性は、当然とばかりに鼻を鳴らすと、扉をくぐり、
──カチャリ。
聞こえよがしに鍵を掛けた。
「な──」
ヘレジナの顔が紅潮していく。
「なんだ、あの態度は! こちらは客だぞ! いくら腕がよくとも、人柄が伴わなければ話にならん! ユラさま、別の術具士を探しましょう!」
「……そうだね。あそこまで取り付く島がないと」
「まったく、常識を疑う!」
よかった、怒りの矛先があの男性に向いたようだ。
「ひとまず魔術大学校のほうへ行ってみようか。術具士を探そうにも、伝手がないし」
元の世界であれば、スマホで一発検索できるのに。
少々歯がゆい。
「でも、ネウロパニエは道がわかりやすくていいでしね。魔術大学校から放射状に道が伸びてるから、現在位置がすぐにわかりまし」
「そうだな。その点、迷わなくて助かるよ」
裏路地から出て、表通りを左折する。
目抜き通りから中央区を臨めば、どこからでも魔術大学校の塀が見える。
「行こうか。調べものにも時間が掛かるだろうし」
「うん」
「ああ」
「はい!」
三者三様の返事を受け、俺たちは魔術大学校へ向けて歩き出した。
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