1/ネウロパニエ -6 輝石士

 宿の女将さんに無理を言って朝風呂を借りたあと、俺たちは宿を出た。

 爽やかな朝の空に、薄く月が翳っている。

「あの月も、もうだいぶ見慣れたな」

「?」

 ユラが、俺と同じように空を見上げる。

「月が、どうかしたの?」

「話したことなかったっけ。俺の世界では、月はもっと小さいんだ。あと、昇ったり沈んだりもする」

「太陽や、星のようにか」

「うん。だから、最初は違和感すごかったな。サンストプラの月って、満ち欠けはするけど、でんと構えて動かないんだもん」

「あの月はエル=タナエルそのものだ。昇ったり沈んだりと忙しなければ、私たちを見守ることなどできなかろうに」

「あー、前に聞いたっけ。だから、銀輪教の信者は皆、銀曜日に月に祈るんだろ」

「うん、その通り」

 ユラが、優しく笑顔を浮かべる。

「教会で行う礼拝と違って、銀曜日の祈りは個人的なものなの。なるべくなら一人で行うのが望ましい。エル=タナエルとの対話だからね」

「カナトさんは、あまり祈らないのでしか?」

「うーん、初詣のときくらい……?」

 ヤーエルヘルが、可愛らしく小首をかしげる。

「はつもうで?」

「新しい年の始まりに、近くの神社──教会みたいなところで祈るって感じ。手を合わせて、おみくじ引いて、甘酒飲んで帰るんだ」

 ユラが不思議そうに尋ねる。

「おみくじって、なんだろう」

「その年の吉兆を占うもの、かな。大吉がいちばんよくて、大凶が悪い」

「ちょっと面白そうかも」

「日本に来たら、案内するよ」

「私は、甘酒とやらが気になるな。甘い酒とは、いかにも美味そうではないか」

「ヘレジナが想像してるのとは、すこし違うかもな。アルコールはほとんど飛ばしてあって、ただただ甘い。冬場に熱いのを飲むと、美味しいよ。お米から作るんだけど」

「オコメ……?」

 ヘレジナの反応で、察する。

「そっか、お米はないのか」

 地球と同じ、あるいはよく似た作物の多く見られるサンストプラだが、稲作は行われていないらしい。

「どんな食べものなんでしか?」

「ほら、大麦で麦粥を作るだろ。イメージ的にはあれが近い。真っ白で、粒が立っていて、噛み続けるとすこし甘い。日本の主食だよ」

「美味しそうだね」

「お米自体に強い味はないんだけど、そのぶん何にでも合うんだ。きっと、三人も気に入ると思う」

「楽しみでし!」

 そんな会話を交わしながら、ニャサの村を歩く。

 人の流れは、そう多くない。

 目に映る風景こそ異なるものの、素朴な印象が、どこかリィンヤンと重なって見えた。

「──あ、牧羊竜でし!」

 飛竜の群れが、ばさりと飛んでいく。

「お仕事がんばってー!」

 ヤーエルヘルが、大きく手を振る。

 のどかなものだ。

 俺たちは、のんびりと仕事をする村人たちに道を尋ねながら、ニャサで唯一義術具を扱っているという工房を訪れた。

 ガラス製のおしゃれな扉を恐る恐る押し開くと、雑然とした店内が目に入る。

「すみません、やってますか?」

「お」

 奥で何やらいじっていた大柄な男性が、こちらを見て立ち上がる。

「おう、やってるやってる! ユーダイ=プネマの工房へようこそ!」

 安心し、工房内へと入ると、男性──ユーダイが豪快に笑った。

「なんだなんだ、べっぴんさん三人も引き連れて! 茶飲むか、茶」

 ユラが微笑み返す。

「はい、お願いします」

「ま、てきとーに掛けてくれや」

「そう言われても」

 椅子がない。

「ほら、あんだろ箪笥とか壺とかよ。そのあたりのもん全部がらくただから、気にしなくていいぜ」

 ヘレジナが呆れたように言う。

「箪笥は椅子ではないのだぞ」

「腰掛けられるもんは、たいてい椅子よ。はっはっは!」

 豪快な人だ。

 仕方がないので、横倒しになっていた大時計に四人並んで腰掛ける。

「そんで、うちに何か用かい旅人さん。何でも屋みてーなモンだからな。たいていのブツは修理できるぜ」

「えーと、輝石士の人ですよね」

「ああ」

 輝石士。

 半輝石セルを使用した魔術装置を製作する技士のことだ。

 ラーイウラ王城の客室で見た魔力マナを篭めると頭側が持ち上がるベッドなどは、わかりやすく輝石士の仕事である。

 他にも、魔力マナで作動する井戸用のポンプや、ロウ・カーナンの遺跡で使用した簡易昇降機、半輝石セルを動力とした時計なんかも彼らが作り上げたものらしい。

「義術具って、ありますか? 魔力マナがなくても魔術が使えるやつ」

「あー……」

 水出しのお茶を操術で注いでいた男性が、渋い顔をする。

「ま、簡単なモンならな。ほらよ、お茶」

「ありがとう」

「ありがとうございまし!」

 グラスを受け取り、ヘレジナが言う。

「気乗りしないようだが、何か問題でもあるのか?」

「ンなこたねえが、あんまり夢見んなよ。たぶん想像と違うぜ。ちょい待ってろ、奥から引っ張り出してくらあ」

 そう言って、ユーダイが工房の奥へと消えていく。

「どんなのが出てくるのかな」

 ユラが、わくわくとした様子で言った。

「夢見るなって言ってたけど……」

 それでも、すこし楽しみだ。

 しばしして、

「──いよッ、と!」

 ユーダイが持ってきたのは、板金鎧の籠手より遥かに厳ついガントレットだった。

 小指の先ほどの無数の半輝石セルで装飾が施されており、少々派手に見える。

「ほら、こいつだ」

 ヘレジナが目をまるくする。

「……思ったより、また、大きいものだな。腕輪や指輪くらいのイメージだったのだが」

「義術具を求めてくるやつは、たいていそうだな。ほら、兄ちゃんか? 着けてみ」

「あ、はい」

 左腕にガントレットを嵌める。

「──おッ、も!」

 十キロくらいあるぞ、これ。

 いくら鍛えていると言っても、この重量はさすがにきつい。

「まず、そうだな。親指と小指を立ててみろ」

「はい……」

 言われた通り、左手の親指と小指を伸ばす。

 すると、

 手のひらの上に、

 灯術の明かりがぷかりと浮き上がった。

「あ、出た」

「わ、すごい。カナト、魔術使えてるよ!」

「へえー!」

 思わず感心する。

「イメージとは違ったけど、ちょっと楽しいかも」

 ユーダイが、俺の出した灯術の明かりに触れる。

 明かりはあっさりと掻き消えた。

「次は、人差し指と小指だ」

 言われた通りにすると、今度は炎が揺らめき立った。

「おおー!」

 火だ。

 俺は、火の魔術を使っているのだ。

 心の中の男子中学生が、片目を隠してニヤリと笑う。

 しばし炎に見惚れていると、

「あっ」

 十秒ほどで、あっさりと消えてしまった。

「あー、魔力マナ切れだな」

「……早くはないか?」

 ヘレジナの言葉に、ユーダイが肩をすくめた。

「これが現実ってやつよ。ま、半分くらいしか魔力マナが残ってなかったのもあるがな」

 ユーダイが、茶を啜りながら続ける。

「灯術、炎術、操術すべての術式を彫り込むんならガントレット型にするしかねえし、木っ端半輝石セルをそんだけ埋め込んでも使用は数度が限界。実用レベルの義術具を作るんなら、相当金が必要だぜ」

「ああ、金なら気にするな」

 ヘレジナが薄い胸を張る。

「気にすんなって言われてもな。このガントレットだって、原価だけで千シーグルはすんぜ?」

「とりあえず、予算は二万シーグルで。それだけあれば作れるかな」

「にま──」

 ユーダイが絶句する。

「マジか、あんたら」

「一山当てたんで……」

「ほら、前金だ」

 ヘレジナが、エルロンド金貨を一枚、指で弾く。

「──おッ、と!」

 ユーダイがそれを受け取り、

「マジじゃねーか、おい」

 と、瞠目して呟いた。



━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

面白いと思った方は、是非高評価をお願い致します

左上の×マークをクリックしたのち、

目次下のおすすめレビュー欄から【+☆☆☆】を【+★★★】にするだけです

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る