1/ネウロパニエ -3 義術具

「カナト」

 ユラが、真剣な顔で俺を呼んだ。

「ん?」

「義術具、買おう」

「義術具を?」

 思いも寄らぬ提案だった。

「気にしなくていいのに。俺は元から魔術なんて使えないんだし、必要な場面では皆が手伝ってくれる。困ることはないよ」

「いや、ユラさまは正しい」

 ヘレジナが、腕を組んで言った。

「考えてみるがいい。義術具があれば、神剣に自在に着火できるのだぞ」

「あ」

 盲点だった。

「それは欲しいかも……」

 炎の神剣が必要になったとき、常に誰かに着火を頼める状況であるとは限らない。

 現状、炎の神剣は使えて二十秒。

 この縛りを緩和できるのであれば、二万シーグルの価値はある。

「それに、カナト。もうすぐ誕生日でしょう?」

「そう言えば」

 俺の誕生日は、七月三十一日。

 この世界サンストプラの暦で四週間後に迫っている。

 もっとも、この世界サンストプラの一ヶ月は三十日なので、三十一日はそもそも存在しないのだけど。

「二万シーグルくらいならすぐに払えるし、作ってもらお。誕生日の贈り物ということで」

「……いいのかな、そんな高価なもの」

 日本円にして、約四百万円だ。

 余裕で新車が買える。

「あちしは賛成でし! もともと路銀としては持ち過ぎでしし、カナトさんがいつでも炎の神剣を使えるようになれば、鬼に金棒でし」

 "鬼に金棒"って慣用句、共用語ではどう表現してるんだろう。

 まあ、それは置いといて。

「皆がいいなら、ありがたく受け取ろうかな」

「ああ、もらっておけもらっておけ。炎の神剣があれば、私とも渡り合えるやもしれんぞ」

「ヘレジナ相手には、さすがに使わないけど……」

 俺の見立てが正しければ、ヘレジナは、あのアイヴィル=アクスヴィルロードの技量を既に超えている。

 俺の知り得る奇跡級上位は、皆、一芸に秀でている。

 ジグは灰燼拳を、アーラーヤは四刀流を、アイヴィルは遠当てを、それぞれ武器としていた。

 俺を含めるのであれば、神眼が該当するだろう。

 だが、ヘレジナにはそれがない。

 ただ当たり前に強いのだ。

 理で以て刃を振るう──それを体現するだけで、こんなにも圧倒的な強さを誇る。

 ジグの眼力は正しかった。

 やはり、ルインラインが弟子に取り立てただけのことはあるのだ。

「義術具、か。けっこう楽しみかも」

 四百万円で魔術が使えるようになるのなら、むしろ安いかもしれない。

 金銭感覚が麻痺してきているのだろうか。

「体操術を扱える義術具があればよいのだが、さすがに難しかろうな」

「はい、原理的に不可能だと思いまし。体操術は、瞬間瞬間で術式を変えて肉体の制御を続ける必要のある魔術でし。あらかじめ術式を彫り込んでおく魔術具のたぐいとは相性が悪い。だから、あちしは苦手なんでしが……」

 ヤーエルヘル、足とかあんまり速くないもんな。

 魔力マナのない俺より遅いくらいだ。

「となると、三大魔術をある程度扱える、くらいのものなのかな」

 ユラの言葉に、ヤーエルヘルが頷く。

「そうだと思いまし」

「十分十分」

 俺の心の男子中学生がうずうずしている。

 男たるもの、一生に一度は魔術を使ってみたいものだ。

「では、ネウロパニエで義術具の店を探してみることとしよう。魔術大学校のある街だ、何店舗かはあるだろう」

 ネウロパニエはウージスパイン最東端の都市で、魔術大学校、大図書館のある、俺たちの今回の目的地だ。

 首都の次に栄える学園都市であり、サンストプラの知の粋が結集していると言われている。

「ネウロパニエまで、ここから一日半くらいだっけ」

「ああ」

「一本道だし、道幅も広い。明日は俺が御者をするよ」

「ほう、よい心掛けだ。カナトもだいぶ慣れたようだし、明日は任せてみるか」

「ヘレジナにばかり負担を押し付けてもいられないもんな。基本的には勝手に走ってくれるんだし、危なくなったらすぐに呼ぶから」

「ああ、何かあれば言え。交代はいつでもできるのだからな」

「わかった」

 自分にできることが増えていくのは、楽しい。

 世界に馴染んでいく気がする。

「シリジンワイン、エールにお水、お待たせしましたー」

 宿の食堂でしばらく時間を潰したあと、ほろ酔い気分で部屋へと引き上げた。



━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

面白いと思った方は、是非高評価をお願い致します

左上の×マークをクリックしたのち、

目次下のおすすめレビュー欄から【+☆☆☆】を【+★★★】にするだけです

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る