4/最上拝謁の間 -終 最後のわがまま [第三章・了]
──時は過ぎていく。
一週間後、俺たちは、リィンヤンへと帰り着いた。
十数名の兵士と下女を連れた帰郷となり、リィンヤンの村人たちをひどく驚かせた。
ネルが新たな国王となったことは既に伝わっており、連日のようにささやかな宴が催された。
ラーイウラ王城から持ち出された魔力体により、リィンヤンのすべての奴隷は、抗魔の首輪を解錠され自由の身となった。
故郷へ帰ると言う者もいれば、リィンヤンに住み続けることを既に決めている者もいた。
あの奴隷の少年の首輪を外したとき、ネルは言った。
「──はい、これで奴隷ごっこはおしまいだ。あなたは、一人の人間として、これからは胸を張って生きなさい。国王陛下からの勅令だぞ」
奴隷ごっこ。
それは、まさしく、その子が行っていたことだった。
彼が、どんな道を歩むのか。
それはわからない。
けれど、自らを無理に押し込めるような生き方はしないでほしい。
そう思った。
さらに三日が経ち、俺たちが出立する日が訪れた。
「──ヘレジナ、騎竜の機嫌はどう?」
「上々ですとも」
騎竜の鼻頭を掻いてやりながら、ヘレジナがユラにそう答えた。
「騎竜さん、頑張ってくだし」
ヤーエルヘルが飼い葉を与えると、騎竜が嬉しそうに低く鳴いた。
荷物を積み込み終えると、ジグが言った。
「行くのか」
「ああ」
頷き、向き直る。
「ありがとう、ジグ。感謝してもしきれない」
「何度も言うな、鬱陶しい」
「ははっ」
リィンヤンの空を見上げる。
薄く香る下肥にも慣れ、それを懐かしいと思うまでになっていた。
ネルが、ユラの手を取る。
「ユラ。ラーイウラに来たら、必ず王城に立ち寄るのよ」
「うん、もちろん。たーくさん、土産話を持ってくるね」
「ヘレジナ、これからもいろいろあると思うけど、油断したらダメ。いくら強くなったって、女の子なんだから」
「心得た。なに、そのときはカナトにでも守ってもらえばよい」
「あら羨ましい」
ネルが、ヤーエルヘルの頭を撫でる。
「ヤーエルヘル」
「はい」
「あなたのこと、ちゃんとわかるといいね。何か力になれることがあったら、鳩でも飛ばして。最優先でなんとかするから」
「ありがとうございまし!」
そして、ネルがこちらを向く。
「──カナト」
「ああ」
「こっち見て。あたしを見て」
請われるがまま、ネルへと向き直る。
「あたし、立派な王さまに、なれてるかな」
「──…………」
ネルの顔つきは、すこし変わったように思う。
以前ほど快活ではない。
落ち着いていて、思慮深い。
責任が、彼女をそうさせているのだろう。
だから、俺は──
「まだまだ、かな」
そう答えた。
「だから、次に来るときを楽しみにしてる」
「そっか」
ネルが微笑む。
「あなたにとって、あたしはまだ──」
ネルが、歩を進める。
「ラライエ四十三世ではなくて、ただの、ネル=エル=ラライエなんだね」
俺の目の前まで。
「だから、これは、ネル=エル=ラライエとしての、最後のわがまま」
ネルが俺の両頬に手を添え、
軽く、
軽く、
口づけをした。
「──!」
「行ってらっしゃい、ばーか!」
そう言い残して、ネルが屋敷へと駆け去っていく。
感触を思い出すように、思わず唇に指を当てた。
次の瞬間、俺は、ジグに顔面を殴り飛ばされていた。
「つ──」
背中から地面に倒れ込む。
「お前はネルを傷つけた。それは、わかるな」
「……ああ」
「それでも、この道を選ぶんだな」
「ああ」
「ならば、貫き通せ。応援している」
そう言って、ジグが、俺に手を差し出した。
「ありがとう」
ジグに引き起こされた俺を待っていたのは、
「……むー!」
「エロバカナトめ」
「カナトさん……」
三者三様の冷たい視線だった。
「あ、あはは……」
笑って誤魔化してみる。
「カナト。騎竜車で、じっくり聞かせてもらうね」
「……はい」
俺たちは、騎竜車に乗り込み、リィンヤンを後にした。
下肥の香りが遠くなっていく。
いろいろなことがあった。
嬉しいことも、悲しいことも。
でも、今ならば、心の底から言い切れる。
ラーイウラに来てよかった。
ポケットの中の、返し損ねたリボンを握り締める。
ラーイウラ王国を抜けたら、次はウージスパイン共和国だ。
次に俺たちを待ち受けるのは、いったい何なのだろう。
俺たちは、旅人だ。
出会いと別れを繰り返す。
けれど、腕に抱いたものだけは、決して失わぬように。
騎竜車の中、ユラの詰問を受けながら、俺はそんなことを考えていた──
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