3/ラーイウラ王城 -終 世継ぎの儀式
「首輪、取れましたよー!」
「もう、体が軽い軽い。まるで鳥になったかのようだ」
「ありがとう、カナト。これで、どこへだって行ける。なんだって成せる。日本へ行くことだって、きっとできるよ」
ユラの言葉に、力強く頷く。
「うん。絶対に、連れて帰るから」
ふと興味が湧いて、尋ねる。
「──ところで、首輪の解錠ってどうやったの?」
「案内された部屋に強力な魔力体がありまして、近付くと勝手に外れたんでし」
「そうなんだ。俺も、あとで行かないとな」
王の間で行われる世継ぎの儀式。
次期国王の従者は、儀式の後に首輪を外すこととなるらしい。
「──その」
エリエに肩を借りたラングマイアが、恐る恐る俺たちに話し掛けた。
戸惑うように、しかし微笑みながら。
「ありがとう、ございました」
その首に、奴隷の首輪はない。
ネルがウインクをする。
「職権濫用上等、ってね」
「……すみません。オレ、あんなことをしたのに」
「いいんだ。いつかは考えなければならなかったことだ。俺にとって必要なことだったと思う」
「そう、ですか」
「エリエさんと幸せにやってくれ。俺は、それで満足だから」
「……はい」
エリエが、やる気に満ち溢れた顔で言う。
「安心してください。今回みたいなことしないよう、ちゃんと捕まえておきます!」
「うん、それがいいよ」
ラングマイアが苦笑する。
「お手柔らかに……」
二人の様子を見て、ユラが目を輝かせた。
「なんだか、すてき。ふたりでひとつって感じがする」
「ユラさまとカナトだって、通じ合っているではないですか。ほら、先程の神剣で」
「あれは、たまたまで……」
「俺は嬉しかったけどな。以心伝心、俺が欲しいと思った瞬間に投げてくれるんだもん」
「すごかったでしー……」
「えへへ」
ユラが、てれりと笑う。
「ところで、何を話しておったのだ?」
「ジグが俺たちの元を離れた理由、とかかな」
ヘレジナは、遠い空の下のゼルセンに激怒すると思うけど。
「あ、それ知りたいでし!」
「……もう一度説明するのか?」
ジグが溜め息をつく。
「それが責任ってやつよ」
ネルの言葉に、ジグが辟易と呟いた。
「面倒なものだ」
そんな会話を交わしていると、拡声術の声が玉座の間に轟いた。
「──次期国王、ネル=エル=ラライエ。並びにその従者、カナト=アイバ。世継ぎの儀式である。王の間へ来られよ」
ラライエ四十二世は、とうの昔に退席している。
今は王の間にいるのだろう。
「行きましょうか、カナト」
そう言って、ネルが立ち上がる。
ユラが、小首をかしげながら、言った。
「世継ぎの儀式。わたしたちも、見てもいいものなのかな」
「ダメみたい。そもそも王の間へは、国王とその奴隷、世話係の側女しか入れないものらしいから」
「残念でし……」
「──ところで、ネルよ」
ヘレジナが尋ねる。
「お前は、どうするつもりなのだ。以前は国王になるつもりはないと言っておったが」
「──…………」
しばしの沈黙ののち、ネルが答えた。
「すこし、気が変わった。あたしが国王になって、奴隷制を廃することができるのなら、それはそれで頑張る価値があるのかなって」
「そうか」
ジグが、他人事のように頷く。
「お前の決めた道だ。好きにしろ」
「……ジグは、ついてきてくれないの?」
「知るか」
「──…………」
「──……」
沈黙に耐えかねたのか、ジグが眉をしかめて言った。
「……わかった、有事の護衛くらいはしてやる」
「ありがとう!」
「抱き着くな、鬱陶しい」
アーラーヤが、にやにやと笑みを浮かべる。
「お、照れてんぞこいつ」
「照れるか、こんな小娘に」
「二十三なんですけどー!」
ジグが、ネルの頭に手を乗せて、言った。
「──オレからすれば、お前はずっと小娘だよ。寝小便たれてる時から知ってんだから」
「は? たれてませんし」
「いいから行ってこい、ほら」
ジグが、ネルをひょいと抱え、玉座のほうを向かせる。
「あ、おばか! 右腕くっついたばかりでしょ!」
「治った」
「治るかー!」
二人の様子を見て、皆が笑う。
さあ、あとはラライエ四十二世から事情を聞き出すだけだ。
「ネル、行こうか」
「うん」
「皆、すこし待っててくれ。世継ぎの儀式が終わったら、いったん戻ってくる」
「わかった。気を付けてね」
「お話、あとで聞かせてくだし!」
「私たちはここで、軽食でもつまんでおる。急がずとも構わん」
ヴェゼルが、軽く腕を組む。
「戻ってきたときには、ネルは国王か。ちょっと悔しいけど、仕方ない。コネクションを作れただけでもよしとしようかな」
「そういうとこ、したたかでいいと思うぜ」
「わかってるじゃん、アーラーヤ」
俺とネルは、玉座の傍にいた側近に連れられて、ラーイウラ王城の最奥──王の間へと向かう。
何が待っているのか。
何が起こるのか。
それは、まだ、わからない。
でも、ネルのことは守り抜く。
そう、心の中で誓った。
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