3/ラーイウラ王城 -21 そうしたいと願う限り

「……ダアド、何をしに来たの。敵情視察? それとも、嫌味でも吐き捨てに来た?」

「そう邪険にするなよ、ネル。血の繋がった親戚じゃあないか」

「貴族は全員血が繋がってると思うけど」

「ははは、違いない」

 ダアドが、楽しそうに笑う。

「なに、私が話したいのは、ネルではない」

 そして、こちらを向いた。

「カナト君、君だよ」

「……俺に?」

 意外な言葉だった。

「何、簡単な話だ。私の奴隷にならないか?」

「──ッ!」

 ネルの顔が、怒りに染まる。

「何を──」

「ネル、君には関係がないだろう。これは、私とカナト君との交渉であり、第三者である君は介入すべきではない」

「く……」

 ネルが、押し黙る。

 そして、すがるように俺を見た。

「……たしかに、いい話だ。俺があんたの傘下に入れば、ジグと戦う必要もなく、確実に首輪を外すことができる」

「その通りだ。さすが、話が早い。むろん、そちらのお嬢さん方も一緒で構わないよ。安全、確実、クレバーな選択だとは思わないか?」

「──…………」

 ダアドの言う通りだ。

 ここでネルを見捨てれば、目的は果たされる。

 不確実なジグとの戦いなど、する必要がなくなる。

 まさに最善手だった。

 俺に"羅針盤"が残っていれば、青の選択肢が表示されていたことだろう。

 けれど──

「ありがとう。でも、お断りだ」

「……参考までに、理由を聞いてもいいかな?」

「決まってる。ネルと、約束したからだ。母親に引き合わせると」

「カナト……」

 ダアトが、顔を歪ませる。

「──チッ、愚図が。わかった、好きにしろ。余程後悔したいらしいな」


 ──ガンッ!


 ダアドが、軽食の載った丸テーブルに蹴りを入れて去っていく。

 豪華な軽食が、食器ごと床にバラ撒かれた。

「もったいないでし……!」

「最低の男め」

 慌てて割れた食器を片付けに来た下女を手伝いながら、ネルが微笑んだ。

「……ありがとう、カナト」

「あんなの、選ぶまでもない。元よりジグとは戦うことになってたんだから。ダアドの言うことなんて聞いたら、それこそジグに本気で殴られるよ」

「ふふ、それはそーかも」

 ネルが、くすぐったそうに笑う。

「──でも、これで決まったね」

「何が?」

「カナト。あなたは、最善手を選ばなかった。ユラたちを最優先し、確実に首輪を外す選択をしなかった。それは、どうして?」

「それは──」

 しばし思案し、答える。

「……ネルのことも、大切だったから、かな」

「そうだね。そういうことなんだと思う。嬉しいけど、本質はそこじゃない。三人を守るために、人を殺すべきか。三人を守るために、あたしを切り捨てるべきか。この二つは、構造が同じなの」

「──…………」

「カナト、あなたは迷わなかった。それは、あたしのことも大切に想ってくれているから。あなたは、もう、選んでいるんだよ。必ずしも人を殺さなくてもいい。あたしを切り捨てなかったように、相手の命を尊重できる人だから。無理をして、人を殺すことなんて、ないんだ」

「……ネル」

「でも、ラングマイアのときみたいに、理不尽な選択を迫られた場合は──」

 ネルの双眸が、俺を射抜く。

 心の底まで見透かすように。

「そのときは、心の赴くまま、いちばん大切なものを選びなさい」

 ネルの言葉が、すとんと腑に落ちた。

 三人と、その他のすべて。

 どちらかを選ぶという二択ではない。

 三人以外にだって大切なものはあって、彼女たちを守り切る覚悟があるのなら、そちらに手を伸ばしたっていいんだ。

 俺が、そうしたいと願う限り。

「──ありがとう、ネル」

「うん。すっきりした顔してるね。男前だ」

 すこし照れながら、視線を逸らす。

「……ダアドにも、すこしは感謝しないといけないかもな」

 ユラが、くすりと笑う。

「ふふ、そうかもね。ダアドは、どうして感謝されているのか、わからないと思うけど」

「でも、食べものを粗末にするのはよくないと思いまし」

「まったくだわ、ダアドのやつ」

 ぷんぷんと怒るネルを横目に、ヘレジナが言う。

「しかし、また、甘いというか──カナトらしい選択であるな」

「駄目だった?」

「そんなわけがなかろう。私は、お前が信念を持って選ぶのであれば、どのような考えであっても尊重するつもりだ。自らの選択を誇れ、カナト。お前が正しいと思うものを、貫き通せ」

「──ああ!」

 迷いは晴れた。

 俺は、無事な軽食を口に詰めて、それを紅茶で流し込んだ。

 あとは、ジグに打ち勝つだけだ。



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