3/ラーイウラ王城 -19 準決勝(下) 人を殺すということ

 ラングマイアが即答する。

「嫌です。オレは、エリエと共に、トートアネマへ帰る」

「死ぬぞ」

「殺したいなら、そうしてください。オレは止まらない」

 そう言って、大太刀を振るう。

 どうしたら、この男から降参を引き出せるだろう。

「──…………」

 数瞬思考し、俺は、振り下ろされる大太刀の鍔際に一撃を叩き込んだ。

 大太刀の刀身が根元から寸断され、宙を舞う。

 これで、武器はなくなった。

 くるくると回転した刀身が、甲高い金属音と共に大理石の床へと叩き付けられる。

「降参しろ」

「……あなたは、優しい人だ。でも、言ったでしょう。オレを止められるのは、死だけだと」

 ラングマイアは──

「ッ……!」

 ラングマイアは、柄を捨て、刃の立っている刀身を拾い上げた。

 柄と変わらぬ握力で、握り込む。

 刃が指に深々と食い込み、血液が垂れ落ちる。

「──馬鹿野郎」

 ふらふらと立つラングマイアに迫り、回避行動を先回りして右の手首を半ばほど寸断する。

 返す刀で、左手首の腱も断つ。

 ラングマイアが、大太刀の刀身を取り落とした。

「あなたは、勝てない。頼むから降参してくれ」

「……オレ、は、……づッ。こう、戦うしか、ない……んッ! です、よ……。絶対、……に、勝てない、から。……良心に、訴え、る……、しか」

「駄目だ。あなたに未来はない。俺が譲っても、ジグに殺される」

「……でしょう、ね」

 ラングマイアが、目を伏せて微笑む。

「──さ、どう、……し、ぐッ……! ま、しょうか……。気付け、飲ん──飲んでる、んで……! 気絶……、も、しませんよ」

「──…………」

 痛みに朦朧とするラングマイアの背後に回り込み、両足のアキレス腱を切断する。

 ラングマイアが、その場に倒れ伏した。

「──ラングマイア=ストゥルムは戦闘不能だ! 試合の終了を進言する!」

 ラライエ四十二世が、側近に耳打ちする。


「最も賢き王は、仰った。試合の終了条件は、対戦者の死亡及び気絶による戦闘行為の継続不能、あるいは対戦者による降参の宣言、そして規則に反する行為により失格となった場合のみである。ラングマイア=ストゥルムは、以上の条件を満たしていない。よって、御前試合は続行される」


「くそッ!」

 なんて融通の利かない!

「……本当に──」

 殺すしか、ないのか。

 俺はラングマイアを見つめた。

 殺せばいい。

 これは、殺し合いだ。

 何故殺さない。

 目の前の男の命より、大切なものがあるはずだ。

 ここで俺が勝ちを譲ったとして、ラングマイアはどうなる。

 ジグに殴り殺されて終わりだ。

 いずれにしても死ぬのなら、自分で引導を渡すべきだろう。

 既にこの手は血に塗れている。

 十七人を殺した。

 あと一人殺したところで、何も変わりはしないじゃないか。

 俺は──

「──…………」

 俺は、薄刃の長剣を振り上げた。

 狙いは心臓だ。

 一撃で、確実に死ぬ。

 確実に殺す。

 俺は、長剣を振り下ろそうと──


「──っ」


 ラングマイアの背中と長剣の狭間に、白いものが割り込んだ。

 それは、先程ラングマイアと抱擁を交わしていた奴隷の女性だった。

「……エリ、エ……。どう、して……」

「マイアが、死ぬと思ったから……」

「……意味が、ない。君を、解き放ち、た……ッ、かった、のに……」

「──…………」

 俺は、長剣を鞘に収めた。

「自分だけで何もかも背負わないほうがいい。それは、傲慢だよ。相手も、自分を同じくらい想ってくれているのなら、自分が傷つけば傷つくほど相手の心を傷つけるから」

「……嗚、呼……」

 ラングマイアから視線を外し、ラライエ四十二世を睨みつける。

「尊き王よ。これは、ルール違反だ」

 ラライエ四十二世が、側近に耳打ちをする。


「──ラングマイア=ストゥルム。主人を同じくする奴隷による介入行為のため、失格とする。勝者、カナト=アイバ!」


 ひとつ、溜め息をつく。

 勝った。

 だが──

「……何が、俺は迷わない、だ」

 俺は、甘い。

 そのことを自覚する。

 最初の時点で、ラングマイアを殺すべきだったのだ。

 そうすれば、余計なことを考えずに済んだ。

 簡単に、勝てた。

「──…………」

 でも、果たしてそれは正しいのだろうか。

 相手の事情を斟酌せず、自分の都合を押し通すことは、間違ってはいないのだろうか。

 わからない。

 俺には、わからないよ。

 ラングマイアが治癒術士による治療を受けるのを横目に、俺は王の御前を後にした。



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