3/ラーイウラ王城 -4 奴隷瘡

 馬車から降り立った大勢の人々の流れに沿って、ラーイウラ王城へと足を踏み入れる。

 真っ先に俺たちを出迎えたのは、左右にずらりと立ち並ぶ軽鎧を身にまとった兵士たちだった。

 その全員が大弓を背負い、腰に短剣を提げている。

「ラーイウラ王立弓軍。仮想敵国であるパラキストリ連邦の飛竜騎団に対抗するための、弓術士のみで組織された軍隊よ」

「へえー……」

 あまり露骨にならないよう、周囲を見渡す。

 弓軍兵士たちの顔は、異様だった。

 全員が全員ではないが、皮膚が爛れ、発疹も出ている。

 首筋や鼻の横に大きな腫瘍のある人もいた。

「──…………」

 表立って口にはしなかったが、俺たちの疑問を感じ取ったのだろう。

 ネルが、小声で教えてくれた。

「……あれは、奴隷瘡。城下街に住む人々の多くが罹患する、皮膚の病」

「奴隷瘡、でしか」

「奴隷と名の付く病のくせに、奴隷でなくとも発症するのか」

「奴隷が持ち込んだ病気だって言われてるのよ。その、あー……」

 気まずそうに、ネルが言葉を継ぐ。

「……まあ、そういうアレで、その。感染するって」

 理解する。

 実を言うと、同じ症状の疾患に覚えがあった。

 梅毒。

 元の世界ではペニシリンによって駆逐された、死亡率の高い性感染症だ。

 なるほど、あんな遊びをしていれば、梅毒も蔓延するだろう。

「あれ?」

「なんでしょう……」

 ユラとヤーエルヘルが、揃って小首をかしげる。

「……ああ」

 ヘレジナは、さすがに理解しているようだった。

「気にしない、気にしない。大丈夫、あたしたちには移らない。カナトが守ってくれるからね」

「当然」

 俺は、力強く頷いた。

 俺たちは奴隷だ。

 ネルの所有物ではあるものの、もしもがあり得る。

 だから、守る。

 すべての悪意、すべての害意から。

「ヘレジナ。御前試合の最中は、頼んだ」

「任せておけ。体操術がなくとも、そうそう遅れは取らん」

「頼もしいな」

「これでも、お前の師の一人だぞ。弟子に情けないところは見せられんさ」

 俺の見立てになるが、ヘレジナは現在、師範級上位と奇跡級下位の中間程度の実力を持っている。

 達人と呼んで相違ない。

 ヘレジナになら、安心して皆を任せられる。

 赤絨毯に沿って歩いていくと、やがて、長大な列が立ち現れた。

「時間、かかりそうだな」

「たぶん、それほどでもないと思う。十年前も来たけれど、あまり待った記憶はないから」

 最後尾に並び、しばらくして、

「──個室がないとは、どういうことだ!」

 列の前方から、聞き覚えのある怒号が響いた。

 思わず、皆と顔を見合わせる。

「申し訳ありません、ダアド=エル=ラライエ様。名城と名高きラーイウラ王城と言え、これほどの数の貴族を満足にもてなすだけの部屋はございません」

「それをなんとかするのが貴様ら使用人の仕事であろうが!」

「……使用人?」

 受付の女性が片眉を上げるのが見えた。

「貴族を出迎えるのに、使用人では失礼でしょう。わたくしの名は、レイバル=エル=ラライエ。ラーイウラ王城における第十三位であり、第七一二王位継承者です。もっとも、今回の御前試合に参加はしませんが」

「な──」

 ダアドが言葉に詰まる。

「そ、それは失礼を……」

「個室が欲しければ、予選に勝利なさってください。予選が終われば、貴族、奴隷ともども、部屋が割り当てられます。自らの有能を正当に証明すればよろしい」

「……承知致しました」

 ネルが、呆れたように呟く。

「なっさけなー……」

「同意だ。何故ジグは、あんな小物に付き従っているのか……」

「ダアドがいるってことは、ジグさんもいるよね。尋ねてみる?」

 ユラの提案に、ネルが首を横に振る。

「いえ、いいわ。今問い詰めても、ジグは答えない。そーゆーやつだから。正面から金玉を叩き潰して差し上げたあと、ケツでも蹴り上げながら事情を吐かせましょう」

 ヘレジナが眉をひそめる。

「下品だぞ、ネル」

「ほほほ、ごめんあさーせ」

 列は徐々に短くなっていき、やがて俺たちの番がやってくる。

「リィンヤンの領主にして第一〇七四王位継承者、ネル=エル=ラライエ様ですね」

「はい」

「その名を口にすることすら憚られる尊き王は、あなたにたいへん期待を寄せておられます。ゆめゆめ裏切られることのないよう」

「ママが……」

 ネルは、一瞬だけ遠い目をしたあと、

「はい」

 力強く頷いてみせた。

「では、奴隷を登録致します。参加する奴隷はどちらでしょうか」

 一歩、前に出る。

「俺です」

 一転、受付の女性の口調が冷たくなる。

「名は」

「カナト=アイバ。剣術士」

「級位を」

「奇跡級中位、です」

「──…………」

 受付の女性が片眉を上げる。

 たぶん、信じてもらえなかったんだろうな。

 ベイアナットで級位詐欺だと笑われたヘレジナの気持ちがよくわかる。

「カナト=アイバ。お前は第十三組となる。こちらの札を持て」

 装飾の施された木製の札を受け取る。

 恐らく、番号が書かれているのだろう。

 ウージスパインに着いたら、簡単な読み書きくらいは覚えて損はないかもしれない。

「予選は十六組に分かれて行われる。一組当たり十人前後で、自分以外のすべてが敵だ。全員を殺害するか、戦闘不能に陥らせれば、本戦への出場権が与えられる。本戦は、予選の勝者によってトーナメント形式で行われる。首輪から解放されたくば勝利せよ。以上だ」

「わかりました」

「──では、ネル=エル=ラライエ様。兵士が闘技場まで御案内致します。御用命があれば、近くの下女にお言いつけください」

「ええ、ありがとうございます」

 ネルが会釈をすると、控えていた兵士が前へ出た。

「どうぞ」

 鼻の欠けた兵士に先導され、王城の廊下を歩いていく。

 さまざまな調度品が立ち並ぶ贅を凝らした内装は、サザスラーヤ信仰の賜物か、随所に赤があしらわれている。

 白亜の城に、赤の内装。

 どこか血液や内臓を思わせる廊下は、ラーイウラという国を象徴しているように思えた。



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