3/ラーイウラ王城 -1 馬車は往く

 赤銅の街道を往く。

 豪奢な客車を引いて、三頭立ての馬車が往く。

 赤い羅紗張りの椅子は滑らかで、腰が沈み込むほど柔らかい。

 スプリングこそないものの、悪路でも快適に過ごせるよう工夫を凝らしてあるらしかった。

「──ダアド=エル=ラライエ。ママの従兄弟で、あたしから見れば従叔父いとこおじに当たるわ。リィンヤンから馬車で一日離れたカールナーヤって街の第六位で、貴族としては正直大したことない。ただ、自尊心が強くて、自己評価も異常に高いの。自分みたいな優秀な人材が、辺鄙な街の第六位に甘んじているのはおかしいってね。日頃からそんなことを言いながら、大して何もしないタイプ」

 そう語るネルの目には、怒りも、蔑みもなかった。

 心底どうでもいい。

 そんな真意が見て取れる。

「ろくでなしではないか……」

「コメントは差し控えるわ」

 苦笑し、言葉を継ぐ。

「パパが御前試合で優勝したと知って、さぞプライドに差し障ったんでしょーね。リィンヤンなんて片田舎の領主だったママが、一気に国王だもの。だから、御前試合の告示があったとき、真っ先にあたしのところへ来た。ジグを譲ってくれ、ってね。まあ、"譲ってくれ"なんて殊勝な頼み方はしなかったけど」

「本物の奇跡級、それも中位以上ともなれば、国に数人いればよいほうだ。ジグを召し抱えれば、国王の座は確約されたようなもの。ダアドは、そう考えたのだろうな」

 ヘレジナの言葉に、ネルが頷く。

「当然、断った。次いで起きたのは、あの手この手の嫌がらせ。ジグを譲らなければ、これが続くぞ。いいのか、いいのか」

「うわ」

 思わず、引く。

「ばっかみたい。駄々っ子の中年男性なんて、見苦しいだけだわ。しばらく無視していたんだけど、焦れたのか、手段を変えてきた。誘拐に走ったの」

「誘拐……」

 ユラが、顔を青くする。

「みんな、知ってるでしょ。うちに通ってる奴隷の子。あの子が誘拐されたんだ。奴隷だから、大きな問題にはならないと思ったんでしょう」

「あの子、でしか……」

 ヤーエルヘルは、子供たちの輪に、決して入ろうとはしなかった。

 だが、あの奴隷の子とだけは、二言三言会話をしているところを見たことがある。

「でもね。リィンヤンの奴隷って、全員、公的にはあたしの所有ってことにしてあるの。村民に貸し出すって形ね。そしたら、みんな奴隷を大切にするし、御前試合に勝てば全員首輪が取れるでしょ」

「なるほど」

 感心する。

 ネルは、頭がいい。

「貴族の所有物を略取するのは、たとえ同じ貴族と言えど重罪だわ。国が動き出したのを知って、慌てて解放したみたい。怪我とかはなかったから、安心してね」

「よかったでし……」

「誘拐事件のあとは、諦めたのか、大人しくしてたんだけど──」

 それから先は、知っての通り。

 そう締めくくって、ネルが長い睫毛を伏せた。

 ユラが、ネルの左手に、自分の右手を重ねる。

「ダアドみたいな手合いには、わたしも会ったことがある。出自が特別だから、自分も特別であると勘違いした人たち。貴族には多いよね……」

「……ほんと、嫌になるほどね。ユラは知ってるだろうけど、あーゆー人ほど嫉妬深くて執念深いんだ。関わって、いいことなんて、何ひとつない」

「うん……」

 実感の篭もった複雑な表情を浮かべ、ユラが頷いた。

「──さ、今日はもう寝ましょ。夜を徹して走れば、明日の昼前には王城に着くから。椅子しかないから寝にくいとは思うけど……」

「やはり、御者ごと馬車を借り上げるのではなく、私たちの騎竜車を使えばよかったのではないか? あれならば、雑魚寝とは言え横にはなれた」

「ごめんね。城門を越えるには、ある程度の格式ってやつが必要なの。旅人が使うような騎竜車だと、かなり嫌な顔をされると思ったから。それに──」

 ネルが、窓の外へ視線を逸らす。

「ヘレジナに、御者を任せたくなかった」

「私なら、別に構わんが……」

「あたしが構うの」

 しばしの沈黙ののち、ネルが口を開く。

「……ラーイウラは、あたしの故郷。こんな国だけど、それなりの愛着はあるんだ。だから、ラーイウラを、これ以上嫌いになってほしくない。城下街の光景を、見せたくない」

 ユラが、不安げに尋ねる。

「……そんなに、ひどいの?」

「──…………」

 無言が、その問いを肯定していた。

「カーテンは閉める。城下街に入ってから王城まで、二時間くらい我慢してほしい」

「……わかり、ました」

 ヤーエルヘルが、悲しげに目を伏せた。

「カナト、腰が痛くなったら言ってね」

「うん。そのときは頼むよ」

 腰が痛くて戦えない、なんてことになったら、笑えないものな。

 俺は、腕を組み、目を閉じた。

 サンストプラに来てから、寝るのが上手くなった気がする。

 俺の意識は、あっと言う間に、深く、深く、水底に沈んでいった──



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