2/リィンヤン -13 必殺技

「──疾ッ!」

 ヘレジナの右手に握り込まれた双剣の片割れが、ジグの顔面を浅く薙ぐ。

 真剣である以上、ジグはそれを避けるしかない。

 背を僅かに反らし、ジグが顎を引く。

 たったそれだけの動作で、ヘレジナの初撃は空振りに終わった。

 だが、

「覇ァ!」

 ヘレジナも、それは織り込み済みだ。

 一撃目で体勢を崩し、二撃目で仕留める。

 僅かに引いたジグの首元に、ヘレジナの刃が肉薄する。

 ジグは、ここで二択を迫られる。

 後ろへ下がるか、あえて一歩を踏み出すかだ。

 後退すれば、刃を避けられる。

 前へ進めば、首に当たるのは、刃ではなく拳となる。

 ジグは、前進を選んだ。

 双剣を握り込んだヘレジナの裏拳が、ジグの首元を打ち据える。

 体操術のないヘレジナは、非力だ。

 ジグの首は太く、その頭部は頑として揺れることすらない。

 ヘレジナの口角が上がる。

 それは、まさしく、ヘレジナの狙い通りの動きだった。

 ジグの腹部に、双剣の刃が迫る。

 ジグが前進を選ぶことを見越して、ヘレジナがその場に刃を置いておいたのだ。

 必殺の三撃目。

 だが、その刃は、ジグの脇腹に刺さることなく、その親指と人差し指で止められていた。

「な──」

 ジグの剛指が、ヘレジナから右の双剣を奪い取る。

 そのまま左手の双剣も叩き落とされ──

「──終わりだ」

 ジグが、ヘレジナの足元をすくうように、蹴りを放った。

「わッ、ぷ!」

 ヘレジナが尻餅をつく。

 まるで、詰め将棋だ。

 手数で押し切るのではなく、先を読み合い、相手の裏をかく。

 ヘレジナの戦法は、明らかに変化していた。

「今のは悪くなかった。この感覚を忘れるな」

「おお!」

 ヘレジナの顔に、笑みが咲く。

「初めてジグに褒められた気がするぞ」

「悪くない、と言っただけだ。良くもない。今の戦法を体操術の速度で再現できたら、褒めてやる」

「素直じゃないやつめ……」

「まあ、まあ」

 ヘレジナに手を差し伸べる。

「ありがとう、カナト」

 その手を引いて立たせながら、口を開いた。

「理で以て刃を振るう、か。できてきたんじゃないかな」

「そうだろう、そうだろう」

「カナト、やめておけ。こいつは調子に乗る」

「なにを!」

「まあ、まあ」

 今にも再びジグに襲い掛かりそうなヘレジナを制し、言う。

「ジグ、また手合わせお願いできるかな」

「カナト……」

 ヘレジナの視線が痛い。

 だが、あとすこしなのだ。

 あとすこしで、俺の刃はジグに届く。

「やめておけ。まだ本調子ではないだろう。それに──」

 ジグが、こちらに背を向ける。

「次にお前と拳を交える場所は、もう決まっている」

「──…………」

 御前試合まで、あと四日。

 その前日に、ジグと雌雄を決する。

「せいぜい牙を尖らせておけ。楽しみにしている」

 ジグは、そう言い捨てると、振り返りもせずに歩き去った。

 屋敷の中庭に、俺とヘレジナだけが残される。

「……あの男、もはやカナトしか眼中にないな。少々、悔しい」

「首輪を外すまでの辛抱だよ。ヘレジナは、明らかに強くなってる。体操術さえ使えるようになれば、奇跡級上位にだって手が届く」

「正直、自分ではよくわからん。多少はましになった気もするが……」

「強くなってるよ。俺が保証する」

「……そうか」

 ヘレジナが、力強く微笑む。

「ならば、お前の言葉を信じよう」

「そうしてくれ」

「しかし──」

 双剣を拾い上げながら、ヘレジナが思案する。

「カナトは確かに強くなったが、あの男を倒すためには、何かもう一押し欲しい気もするな」

「それは、……うん」

 俺も感じていた。

 現時点でも、十戦すれば一度は勝てるだろう。

 だが、それでは意味がない。

 たまたま一本取ったからと言って、代わりに御前試合に出ては、優勝する確率をいたずらに下げるだけだ。

 ただジグに勝つのではなく、ジグを上回らねばならなかった。

「まさか、神剣を使うわけにもいかんしな」

「さすがにね……」

 万が一にでも魔術扱いで失格になっては、目も当てられない。

 そもそも、炎の神剣は使えて二十秒なのだ。

 いつでも着火できる状況がなければ、ただの折れた長剣でしかない。

「──そうだ、思いついたぞ!」

 ヘレジナが、得意げに言い放つ。

「必殺技だ!」

「ええ……」

「何を引いておる。必殺技、よいではないか。カナトとて以前に使っていただろう。燕返しとかなんとか」

「いや、あれは試しにやってみただけで……」

 ヘレジナにも、アイヴィルにも、初見で防がれたし。

 今となっては少々恥ずかしいくらいだ。

「ジグも言ってただろ。目が良くて、相手の動きに自在に対応できるのに、下手に型に嵌めるのは悪手だよ」

「まあ、そうなのだが……」

 ヘレジナが口を尖らせる。

「だが、それでは、自ら打ち込むこと自体が悪手ではないか?」

「それは──」

 その通りだった。

 相手の動きに対応する。

 それは、対応できる体勢にあってこそ真価を発揮するものだ。

 自ら攻めて体勢を崩すのは、悪手とまでは行かずとも、長所を殺すことに他ならない。

 ひとたび攻め手に回れば、体勢は崩れ続ける。

 思い返してみれば、そこをジグに狙い打たれていた気がする。

「じゃあ、カウンター狙いで待ってたほうがいいのかな」

「それこそ悪手だ。神眼とて、継続発動は五分が限度なのだろう。膠着した場合、疲弊するのはカナトだぞ」

「たしかに……」

 顎に手を当てて、思案する。

「なら、どうすればいいんだろう」

 ヘレジナが、薄い胸を張った。

「だから、必殺技だ!」

「ええ……」

「何故引く」

「だって」

「カナトには攻めの手段が足りない。相手の失策を待つのは常套だが、相手が強ければ強いほど機会は巡って来なくなる。長期戦になりやすいのだ。であれば、必殺技を用いて短期決戦に持ち込むのが戦術というものだろう」

「それは、そうなんだけど」

 ヘレジナの分析は的確で、妥当だ。

 だが、

「……必殺技かあ」

「何故嫌がる」

「いや、ちょっと恥ずかしくて」

「カッコいいではないか!」

 少々感性にずれがあるようだった。

「でも、攻めの手段は必要だよな。すこし考えてみるよ」

「できたら教えるがよい。名前をつけてやろう」

「名前……」

「何故嫌がる!」

「いや、カッコよすぎて名前負けしそうで」

 "ハラドナの誇り高き黒き風"のこと、俺はまだ忘れてないぞ。

「なに、名前負けしないような必殺技にすればよい。カナトであれば、できるはずだ」

 その信頼は、嬉しいような、複雑のような。

 しかし、攻めに転じるための一手が欲しいのは事実だ。

 真剣に考えてみようと思った。



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