2/ロウ・カーナン -12 蟲の間

 ──……ゥンッ


 異音。

 小城で聞いた羽音と同じだ。

 扉の奥に広がっていたのは、曲線で形作られた生体的な部屋だった。

 部屋全体が脈動し、そのたび血管のようなコブがどくりと蠢く。

 そして、その空間の中を、無数の蟲の魔獣が自由に飛び交っていた。

「ッ!」

 ヤーエルヘルが、頭上に炎の膜を張る。

 飛び掛かってきた魔獣がチョコレートのように溶けていく。

「勢ッ!」

 目にも留まらぬヘレジナの双剣が、前方から飛んできた魔獣の群れを細切れにした。

「──ユラ!」

「うん!」

 ユラの火法により、神剣が炎を纏う。

 蟲の魔獣は火に弱い。

 それさえわかっていれば、何万匹いようと敵ではない。

 広間に飛び込み、神剣を振るう。

 炎が消えれば、着火に戻る。

 それを繰り返すだけで、魔獣はみるみる数を減じていった。

 蟲の魔獣を九割方駆除したとき、俺は気付いた。

 壁に、等間隔で穴が空いている。

 そして、コブが脈動するたびに、ひとつ、またひとつと、白く細長い楕円体が穴から転がり落ちていく。

 楕円体にヒビが入り、中から現れた異形の虫が、翅を広げて飛び立った。

 嫌悪感が背筋を走る。

 これは、卵だ。

「……壁が、虫を産んでる……」

「なんだと」

「道理で数が尋常じゃないわけだ……」

 となれば、この部屋は、蟲の魔獣の生産施設のようなものなのだろう。

「見たところ、宝はない。空振りだったようだな」

「……しみません。的外れなことを言いました」

「ううん、ヤーエルヘルの考えは正しいと思う。ここは神代の宝物庫。でも、宝の番人である魔獣とて寿命はあるはず。であれば、長期間ここを守るためには、魔獣を産み出すか繁殖させる必要がある。今回は、たまたま生産施設を引いただけ。魔獣のいるほうへ向かう方針は、きっと正しいよ」

「ユラさん……」

 ヤーエルヘルの顔に、すこしだけ笑顔が戻る。

「この施設は破壊しておこう。壊すことは益を生まないが、見てしまった以上は放ってはおけまい」

「そうだね」

「開孔術で壊しましか?」

 軽く思案し、答える。

「いや、ここは地下だ。崩落の危険がある。幸い、炎に弱いのはわかってるんだ。炎術と神剣で焼き払おう」

「わかりました!」

 残りの魔獣を片付け、全員で壁を灼く。

 生きた壁は、炎に触れた途端、収縮して黒く固まった。

 焦げた部分を砕くと、その奥に、本当の壁が見えた。

「これ、部屋の内側全体に貼り付いてるんだな」

「もしかすると、この壁自体が魔獣なのかもしれないね。蟲の魔獣を産み出すように作られた、純粋魔術の結晶」

「よくもまあ、こんなおぞましいものを作り出すもんだよ」

 そんな会話をしながら破壊作業を続けていると、

「──皆、来てくれ!」

 部屋の最奥にいたヘレジナが、大声で俺たちを呼んだ。

「壁の奥に道がある!」

「えっ!」

「本当?」

 ヤーエルヘルとユラが驚嘆の声を上げる。

 ヘレジナの元へ駆け寄り、黒く焦げた壁の隙間から覗き込むと、たしかに道が伸びていた。

「これ、もしかして──」

「ああ」

 ヘレジナが、力強く頷く。

「きっと、宝がある」

「──……!」

 期待と喜びが腹の底から溢れてくる。

 今にも叫び出したい気分だった。

 だが、それは、実際に宝を目にしてからでも遅くない。

「……ユラ、火法を。神剣で道を作る」

「うん!」

 神剣が、ユラの炎を纏う。

「──はッ!」

 炎の刀身が、人が通れる程度の穴を穿つ。

 そこにあったのは、たしかに通路。

 そして、

 その突き当たりに、

 美しい装飾の施された箱が安置されていた。

「宝箱でし……!」

 駆け寄ろうとするヤーエルヘルを制する。

「……まず、俺とヘレジナで様子を見に行こう。罠がないとは限らない」

「いや、私だけで行く。もしもがあった場合、ユラさまとヤーエルヘルを守るのは、カナトの仕事だ」

「──…………」

 ヘレジナの言葉ももっともだ。

 戦える人間は分散したほうがいい。

 だが、どこか不満を覚えるあたり、俺もまだ子供なのかもしれない。

「わかった」

 仕方なしに頷く。

「ヘレジナ、気を付けて」

「危ないと思ったら、すぐに戻ってきてくだし!」

「了解だ」

 ヘレジナが、宝箱へ向けて足を踏み出す。

 一歩、

 二歩、

 三歩──

「──…………」

 何も起こらない。

「……開きます」

 ヘレジナが、片膝をつき、宝箱の蓋に手を掛ける。

 その瞬間だった。


 ──がこん


 嫌な音がした。

 刹那、ヘレジナの足元の石床が、崩れる。

「──ッ!?」

 ヘレジナがきびすを返し、こちらへと跳躍する。

 だが、床自体が落下しているのだ。

 不安定な足場では勢いが足りず、ヘレジナの体は、そのまま──


《ヘレジナを助ける》


《ヘレジナを見捨てる》


 ──うるさい、黙ってろ。


「ヘレジナッ!」

 させない。

 大きく踏み出し、ヘレジナに手を伸ばす。

「カナト……ッ!」

 ヘレジナの手首を掴む。

 届いた。

 届いたのだ。

 だが、

 崩落が連鎖し、俺の足元までもが崩れた。

「くッ……!」

 落ちる。

 落ちていく。

 俺は、無重量の世界で、ヘレジナの体を抱き寄せた。

 せめて、彼女だけでも。

 そんな、言えば怒られそうなことを考えながら。


 そして、


 大きな衝撃と共に、


 ──俺の意識は暗転した。



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