2/ロウ・カーナン -5 出入国管理所

 翌朝、俺たちは、パラキストリ連邦ベイアナットとラーイウラ王国ロウ・カーナンとを結ぶ関所を訪れていた。

 まだ朝だと言うのに、出入国管理所の前には長蛇の列ができており、しばらく待たねばならないようだった。

「──…………」

 暇つぶしがてら、パーティ登録証と通行証とを見比べる。

 パーティ登録証は金属製のプレートで、俺とパーティの名を示す文字列の上に、写真術によって俺の顔が刻み込まれている。

 対して、遺物三都の通行証は粗末な出来だった。

 厚紙を補強しただけのカードに、俺の名前、出入国日時を記す欄、ベイアナット、ロウ・カーナン、ペルフェンの押印が、それぞれ為されているだけだ。

「こんな粗雑なのが通行証って、それでいいのかな」

「うん?」

 隣のヘレジナがこちらを見上げた。

「そもそも、パラキストリとラーイウラの国境線にある城壁だって、関所から離れるにつれて低くなってたし。ちゃんと機能してるのかなと思って」

「すべての国がそうであるとは限らないが、パレ・ハラドナでは、あからさまに旅装の人間や挙動が不審な者などには憲兵が声を掛け、身分証か通行証の提示を求めることになっていた。通行証を所持しているか、あるいはパレ・ハラドナの国民であれば、即座に解放される」

「どちらでもなかった場合は?」

「捕縛だ」

 実力行使にも程がある。

「写真入りの身分証はともかくとして、通行証なら、盗まれたり脅し取られたりするんじゃないか?」

「通行証は、所持者に滞在の許可を与えるものでもある。紛失の際には、近くの役所に届け出れば、数日間の滞在許可証を発行してもらえる。期日までに国境を越えればお咎めなしだ」

「届け出ようとした矢先に職務質問されたら?」

「泣き寝入るしかないな」

「なるほど……」

 そのあたりの融通の利かなさは、どの世界でも共通らしい。

「密入国は容易だ。だが、今後のことを考えると、通行証は必要不可欠だった。アインハネスではお尋ね者になりたくないからな」

「身分証も作れたし、ちょうどよかったかな」

「まったくだ」

 そんな雑談を交わしていると、ユラがこちらを振り返り、言った。

「ほら、そろそろわたしたちの番が来るよ」

「わかった」

 気付けば列はあと数名。

 十分と経たず、俺たちの番となるだろう。

「出入国の手続きって、何をするんだ?」

「基本的に、荷物の中身を見せればいいだけでし。国によっては術士かどうか尋ねられる場合もありましが、見ている限り、今回はその必要はなさそうでしね」

「荷物を見せるのは、すこし恥ずかしいのだけど……」

「仕方ありません。荷物検査は個室でするので、袖の下を渡せばそのまま通してくれる職員もいるみたいでしけど、いまの所持金だと……」

 ユラが、小さく頷いてみせる。

「大丈夫。わたしのわがままで歩みを止めたりはしないから」

 とは言え、普段ヘレジナが背負っている大荷物は、すべてウガルデに預けてある。

 ユラの手荷物には、着替えのたぐいなどは一切入っていないはずだ。

「ユラの鞄って、何を入れてあるんだ?」

 ユラが、肩から提げたポシェットのような小さな鞄を手に取った。

「これ?」

「うん」

「──…………」

 しばし思案したのち、ユラが、いたずらっぽく微笑んだ。

「ひみつ」

「秘密かあ……」

 女の子にそう言われてしまっては、男は何もできないものだ。

「──では、次の方ー」

「あ、はい!」

 二ヶ所ある個室にそれぞれ振り分けられた俺たちは、荷物検査を受けたあと、国境線を示す城壁の門へと足を踏み入れた。

 十メートルほどもある厚い城壁をくぐり抜け、とうとう国を跨ぐ。

「さあ、ここからロウ・カーナンだ。皆、心せよ」

 そこに広がっていたものは、

「──…………」

 先程と同じくらいの長さの列と、鏡合わせのような出入国管理所だった。

 行き交う人々に違いはない。

「なんか、さっきと変わらないな……」

「国境はそんなものでしよ」

「そっか」

 日本は島国だ。

 ヨーロッパなどとは異なり、陸路で国境を越えることはない。

 不思議な感覚だった。

「──あ、そうだ。聞こう聞こうと思って忘れてたこと、ようやく思い出した」

「なあに?」

「俺たちは、パラキストリからアインハネスを目指していた。でも、西側でパラキストリと面してる国は、アインハネスだけじゃない。ラーイウラだってそうだろ。でも、ふたりはラーイウラのことを候補にすら挙げなかった。どうしてかなって、ずっと思ってたんだ」

「そうだね。先に説明しておくべきだったかも」

 ユラが足を止め、ロウ・カーナンの街並みを示して言った。

「ラーイウラは、旅人にとって、あまり好ましくない国なの」

「好ましくない……」

「言ってしまうと、ラーイウラには奴隷制が存在する。貴族の数も多くて、収拾がつかないくらい。何より問題なのが、"旅人狩り"なの」

 旅人狩り。

 聞いたことはなくとも、良い響きでないことくらいはわかる。

「旅人には戸籍がないから、狩り放題。狩った旅人に抗魔の首輪をつけて奴隷にするような国なんだって」

「そんなの、外から人が入ってこないんじゃ……」

「ラーイウラは極端な内需国なの。奴隷のおかげで国内の生産が活発で、気候もいいから、輸出入に頼らずとも国家を維持していける。北方十三国の統一通貨であるシーグルを導入していないのは、ラーイウラ王国とトレロ・マ・レボロだけ。規格外の国だから、そもそも選択肢になかったの」

 深々と頷く。

「ラーイウラが候補から外れた理由はよくわかったよ。だったら、ロウ・カーナンでも気を付けないとな。油断してると奴隷にされかねない」

「遺物三都はひとつの都市のようなものだ。さほど心配は要らないだろうが、ほんの僅かの油断が命取りとなることもある。十分に警戒しておこう」

 カナン遺跡群へ行くには、いったん、ロウ・カーナンの中心部を通らなくてはならない。

 俺たちは、国境線を離れ、人の流れに沿って歩き始めた。



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