2/ロウ・カーナン -3 開孔術

 写真屋で登録証に顔写真を刻印してもらったのち、借り上げた平屋へと帰宅した。

 迷宮に挑む準備を整えたかったが、残る所持金はたったの十二ラッドだ。

 一シーグルは二十ラッドだから、一ラッドは約十円。

 元の世界では缶ジュースすら買えない金額である。

「ふー」

 ヤーエルヘルが帽子を脱ぐ。

 頭頂部の獣耳が、可愛らしくぴこぴこと動いた。

「これ、蒸れるのでしよね。できたらかぶってたくないのでしけど、仕方なくて」

「──…………」

 じ、と。

 ヤーエルヘルの獣耳を見つめる。

「?」

 ヤーエルヘルが小首をかしげた。

「カナトさん、どうしたのでしか? やっぱり、物珍しいのでし?」

「いや、可愛いなと思って」

「!」

 ヤーエルヘルの顔が、ほんのり紅潮する。

「むー!」

 ユラが頬を膨らませ、ヘレジナが眼光を鋭くする。

「またエロバカナト案件か」

 なにその案件。

「いや、ユラとヘレジナも見てみろって。可愛いから!」

「──…………」

「──……」

 じ。

 ユラとヘレジナの視線が、獣耳に集中する。

「その……」

 ヤーエルヘルが、たまらず両手で獣耳を隠した。

「そんなに見られると、恥ずかしい、でし……」

「かわいい……」

「……これは、まあ、エロバカナトの言うこともわからんではないな」

「だろ?」

 思わず胸を張る。

「ところで、本来耳があるべき部分はどうなっているのだ?」

「あ、ちゃんと人の耳もありましよ」

 ヤーエルヘルが、ふわふわした横髪をどけてみせる。

「あ、本当ね」

「耳が四つあるということか」

「おかげで耳は純人間よりいいでし。帽子を取ったら、でしが」

「不思議なものだな……」

 ヤーエルヘルの背後を覗き込み、尋ねる。

「しっぽはないの?」

「ありまし。でも、見せるの恥ずかしいでし。スカートまくれますし……」

「そっか」

 残念だが、仕方あるまい。

 まさか、脱いで見せろと言うわけにも行かないし。

「……命拾いしたな、カナト。見せろだなどと世迷い言を口にしていれば、朝まで特訓コースだったぞ」

「うんうん」

 ヘレジナの言葉に、ユラが深々と頷く。

「誰が言うか!」

 これでも最低限のデリカシーはあるつもりだ。

「今日は一緒にお風呂入ろっか、ヤーエルヘル」

「うむ、背中を流してやろう」

「見る気満々じゃんか……」

「あはは……」

 ヤーエルヘルが苦笑する。

「──と、尋ねたいことがあったのだ」

 ヘレジナが、改まって、ヤーエルヘルへと向き直る。

「尋ねたいこと、でしか?」

「あのときお前が使ったのは、爆砕術ではない。そうだな」

「……はい」

 ヤーエルヘルが、神妙に頷く。

「爆砕術は火薬との相似魔術だ。あのとき起こったのは、爆発ではない」

「──…………」

「爆砕術と近い系統に、灰燼術というものがある」

「灰燼術?」

 聞き慣れない言葉に、思わず口を挟む。

「白い炎ですべてを焼き払う高等魔術だ。灰燼術の前では鉄すら塵と化すと言われている。習得難度の高さに比して汎用性が低いため、使い手は少ないのだがな」

 白い炎。

 炎は、温度が高ければ白く、さらに高温となれば青白く輝く。

 白く輝く恒星である太陽の表面温度は約6,000度だ。

 対して鉄の沸点は約2,900度だから、塵とはならずとも即座に蒸発するだろう。

 恒星級の超高温を作り出すとは、とんでもない魔術もあったものだ。

「しかし、あれは灰燼術ですらないように見えた。ヤーエルヘル。お前は、何をした?」

「──…………」

 ヤーエルヘルが、呼吸を整え、答える。

「師は、あれは"開孔術"と呼んでいました。魔力マナを極限まで圧縮して、空間に穴を開けるのでし。火法系統の究極形のひとつだ、と」

「そんなことが可能なのか……」

 ヘレジナが瞠目する。

「いや、可能なのだろうが、にわかには信じがたい。実際に目にしてすらも、だ。どれほどの魔力マナを注ぎ込めばそんなことができるのか、皆目見当もつかん」

「あちし、生まれつき潜在魔力マナが多いのでし。トレロ・マ・レボロでは、魔法は忌避されていまし。あちしが故郷を追い出されたのは、それが原因で……」

「……そっか」

 本当に苦労してきたんだな。

「開孔術で開いた穴は、一定以上の大きさにならなければ、周囲に影響を及ぼしません。すぐに消えてしまいまし。そのため、小規模の場合は爆砕術と同じ挙動をしまし」

「なるほど。いずれにしても、術式の精度を上げて、制御できるようにならねばならんな」

「はい……」

 ふと、疑問に思ったことがあった。

「開孔術を使ったときの、あの火花ってなんなんだ? パチパチってやつ」

「あ、あれはただの炎術でし。開孔術は、炎術で作った道を通り、その終端で穴を開きまし」

「ただの炎術とは言え、二術同時に走らせるのか。道理で制御が難しいわけだ」

「でも、ただの炎術なら、制御のコツは教えられるんじゃないか? 魔法すらおぼつかない俺が言えたことじゃないけどさ」

「そうだね」

 ユラが頷く。

「ヤーエルヘル。一朝一夕では難しいかもしれないけど、一緒に練習してみない?」

「しまし! みんなの役に立ちたいでし……」

 いじらしい。

 その気持ちに応えたいと、素直に思う。

「では、私たちも、ヤーエルヘルに負けぬよう鍛錬を積まねばな」

「──…………」

 無言で枝を拾い上げ、力強く頷いてみせる。

「また情けないことを言い出すかと思っていたが、殊勝ではないか」

「俺だって、やるときはやるよ。"銀琴"を取り返す。大事なものなんだろ?」

「……ああ」

「だったら、俺にとっても同じだ」

「そうか」

 ヘレジナが微笑む。

 そして、いつも使っている二本の枝を手に取った。

「手加減はせん。全力で行く。捌ききってみせろ」

「ああ、やってやる」

 今まで幾度となく"銀琴"の自慢を聞いてきた。

 "銀琴"はヘレジナの宝物なのだ。

 取り返さねばならない。

 それが、大切な宝物を皆のために差し出したヘレジナに対する敬意だと思うからだ。



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