3/地竜窟 -終 無限の選択肢の、その先へ [第一章・了]

「──さて、これからどう動くべきか」

 きりりと眉根を寄せながら、ヘレジナが問題提起をする。

「いまさら真面目な顔をしても、ユラにこってり絞られた事実は誤魔化せないぞ」

「う」

 脇腹が、まだ痛む。

 ちょっとくらい意地悪を言っても罰は当たらないだろう。

「でも、重要なことなので……」

「そうね」

 ヘレジナの言葉に、ユラが同意する。

「わたしがこうして生きている以上、あの神託は改竄されたものだった。パレ・ハラドナには帰れない。神託を外した皇巫女として蔑まれるか、謀殺されるのが目に見えているから」

「かと言って、パラキストリに降ることもできません。あれだけの手勢を手に掛けたのだから、下手をすると、重犯罪者として処断されるやも……」

「──…………」

「──……」

 ユラとヘレジナが、同時にこちらを見やる。

「カナト。"羅針盤"は、なんと言っている?」

「あー……」

 痒くもない頬を、人差し指で掻く。

「……たぶんだけど、選択肢はもう見えないと思う。なんとなくわかるんだ」

「そうなのか?」

「エル=タナエルの目的は、ユラが生き延びることだった。それが果たされた以上、俺たちを導く必要はない。そういうことだと思う」

「わたしが、生き延びること……?」

 ユラが、目をまるくする。

「わたし、エル=タナエルに嫌われていたんじゃ……」

「わからない。ルインラインの言葉を借りるなら、エル=タナエルの意思は、皇巫女以外には推し測れない。俺は、ただ、状況から推測しただけだよ」

「そっか……」

「──となると、カナトは完全に戦力外か」

「うッ」

 ヘレジナの火の玉ストレートが、俺の胸をえぐる。

「あ、わ、いや、そういうつもりでは……」

「……ヘレジナ、ちょっと相手して」

「?」

 おもむろに立ち上がり、ルインラインの遺体の傍に膝をつく。

 軽く手を合わせたのち、折れた神剣と鞘を拾い上げた。

「どうするのだ?」

「試したいことがあるんだ。寸止めで打ち込んできてほしい」

「カナト、傷に響くことは……」

 心配するユラに、微笑みを向ける。

「三合だけだから」

「まあ、構わんが……」

 ヘレジナが双剣を抜き放ち、隙なく構える。

「──行くぞ!」

 一歩。

 二歩。

 双剣を同時に振りかぶり、縦に二筋の剣閃が走る。

 俺は、ヘレジナに向けて一歩を踏み出し、二筋の剣閃のあいだに半身を入れた。

「──!」

 ヘレジナの顔が間近に迫る。

 折れた神剣を、ヘレジナの股間から、真上に向けて斬り上げる。

「ふッ!」

 ヘレジナが宙返りをして俺の一撃を避け、着地と同時に、地を這うような低さの一閃を俺の足首めがけて放つ。

 それをジャンプして避け、そのままヘレジナを踏み潰した。

「ぎゅぷ!」

「あ、ごめん」

 慌てて足をどける。

 二合で事が終わってしまった。

「──な、納得いかん! いくら手加減したとは言え、どうしていきなり奇跡級中位の私と渡り合えるのだ!」

「いや、"羅針盤"ありとは言え、ルインラインの攻撃を避け続けたら、なんかできるような気がしてきて」

「それで本当にできちゃったら、日々の修行はいらんのだ……」

「ふふん。ヘレジナ、わたしの恋人はすごいでしょう」

 ユラが、小さな胸を張る。

「……ユラ」

「?」

「そろそろ服着ようか。心臓に悪い」

「!」

 ユラが、顔を真っ赤に染め、その場にうずくまる。

 可愛い。

「ともあれ、自衛くらいはできるかな。体力ないけど」

「それだけ動ければ十分だろう。奇跡級下位というのは、少々間の抜けた言い方になるが、平均的な達人の域だ。たいていの相手には遅れを取らん」

「そっか」

 これで、ユラを守れる。

 ヘレジナに頼りきりにならずに済む。

 それが嬉しかった。

「ユラが服を着たら、行こうか」

 うずくまったまま、ユラが小首をかしげる。

「どこへ?」

「どこだっていいよ。何をしてもいい。選択肢は無限なんだから」

 ヘレジナが、心配顔で頭上を見上げる。

「飛竜騎団の第二陣は来ているのだろうか……」

「奇跡級中位のヘレジナと"銀琴"があれば、なんとでもなるだろ」

「ふふん、まあな!」

 ちょろい。

「じゃあ、このまま西へ向かうのはどうかな。パラキスト丘陵の先に、ベイアナットって街があるの。そこで身支度を整えて、南西のアインハネス公国へ入る。国を跨げば、飛竜騎団も追ってこないと思うし」

「詳しくないから、ユラに任せるよ」

「うん、わかった」

「──…………」

 ルインラインの遺体へと向き直る。

 神剣、借りるよ。

 遠当ても練習する。

 だから、故郷でゆっくりお休み。

「──…………」

「──……」

 ユラも、ヘレジナも、自分なりの別れを心の中で済ませているのだろう。


 やがて背を向け、決意と共に歩き出す。


 俺たちは、行く。

 無限の選択肢の、その先へ。



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