異世界は選択の連続である ~自称村人A、選択肢が見える能力"羅針盤"に叛逆し自らの力のみでヒーローを目指す~

八白 嘘

第一章 パラキストリ連邦

1/流転の森 -1 "選択"

 人生とは、選択の連続だ。

 七十六億の人間が選び取った七十六億のより糸が、歴史という名の縄を形作る。

 過去は変えられない。

 歴史は揺るがない。

 だから、俺は、悔いのない人生を送りたかった。

 大金持ちでなくていい。

 モテなくたって構わない。

 選択肢を間違えることなく、身の丈に合った平穏無事な人生を送ることができれば、俺は、それだけで満足だったのだ。


「──ふ、うッ……! ごめ、なさ……、ごめん、なさい……!」


 見知らぬ少女の声が聞こえる。

 泣くなよ。

 まるで、俺が悪者みたいじゃないか。

 こぼれる涙を拭ってあげたいけれど、生憎と、俺はハンカチを持ち歩かない主義だった。

 それに、腕がもう上がらない。

 肘の関節が逆に折れ曲がっているのだから、当然だ。


 視界が徐々に暗くなっていく。

 少女の声も、遠くなっていく。

 それが、怖い。


 らしくないことなんて、するんじゃなかった。

 村人Aは村人Aらしく、慎ましやかに生きればよかったんだ。


 俺には、ふたつの選択肢があった。


《飼い犬を追って車道へ飛び出した少女を、身を挺して助ける》


《少女を見殺しにする》


 もしこの結末を知っていたなら、俺は迷わず後者を選んでいただろう。

 平穏無事な人生こそが、俺の目標だったのだから。


「──…………」


 目蓋の裏に残る少女の姿を思い返しながら、人生最後の考え事をする。


 本当にそうだろうか。


 この痛みを、苦しみを、喪失感を──


 あの子に押し付けることが、本当に正しい選択なのか。


 わからない。

 わからないまま、水底に沈み続ける。

 無意識に刈り取られた僅かな意識が、死の本質を理解する。

 ああ、そうか。

 死とは、集合体だ。

 死とは、朝焼けに似た卵の黄身だ。

 死とは、噛み砕いた奥歯だ。

 死とは──


 失われたはずの脳裏によぎる無量無辺のノイズの奥底に、俺は、あるものを見た。

 それは、二行の文章だった。




【青】目を開く


【黒】目を開かない




 その文字列は、装飾の施された枠で囲まれている。

 枠の色は、前者が青、後者が黒だ。


 何を馬鹿なことを、と思う。

 俺は、とうに死んだのに。


 ──…………。


 ふと、気づく。

 ならば、いまこうして思考している俺は、いったい何者なのだろう。


 もし、だ。

 もし、俺がまだ生きているとするならば、選ぶべき選択肢はひとつしかない。




 失われた感覚を寄せ集め、

 俺は、

 全身全霊を込めて目蓋を開いた。



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