第5話 ベルリア・マルセル・アシェツィランとの出会い

 綾がファルトニアに発って1年が過ぎようとしていた。


 啓太へ連絡をよこすこともなく、ただ彼女が開発者としても魔法使いとしても優秀だという噂は嫌と言うほど聞いた。

 啓太は最近は騎士団の一員として日々稽古に励み、女の子たちにチヤホヤされ、毎日ロイヤルファミリーと食事をして、慣れなかったこちらのマナーも身についた。自分の立場にもなれ、国王とも気さくに話すようになった頃、不穏な一報が届いた。


「最近ダンジョンから出てくる魔物が多くて、アスリリーリャに正式に依頼が出ました。綾様にも依頼の件を伝えようとしたのですが…」


 ヤイムが言いにくそうに顔をしかめる。


「ん? まさかあの人来ないって言ってるとか?」


 そんなまさかね、と啓太が言うと、騎士団長ガルデルは首を振り、

「大学側が拒否しているらしい。今は無理だと」

と肩を竦めた。


「おそらく綾様までお話がいってないでしょうね〜」


 ヤイムは頬をかいて、困りましたねと微笑む。


「大学が王様の命令を拒否するなんていいのか?」

「いえ、王からではないのです。4カ国会での決定事項ですから、大学の方が発言力はあります」


 ヤイムの言葉に啓太は首を傾げた。4カ国会が何かわからなかったが、アスリリーリャへ依頼するほどならば政治的役割の強い会ではないのだろうか。


「大学連盟というのがありまして……ファルトニアの3つの大学や他国の大学からなる連盟なのですが、学生及び研究者はその本分を全うすべきとの信念に基づき……何かと学生や研究者を囲い込むので……」


 はぁ、とガルデルはため息をついた。なるほど過去にもこの手のゴタゴタはあったようだ。


 ちなみに4カ国会というのは、イル王国、聖サーリア法国、ゴルバドム共和国、シュヴァート皇国の4カ国それぞれの有識者からなる組織でダンジョンを含む世界の安全その他もろもろを話し合い、4カ国の世界的な意向を決定する会だ。


 そんな重要な会が無視される理由が啓太にはよくわからなかったが、大学連盟は学生や研究者が学び研究する事を邪魔させないための組織で、どうも大学の横つながりは結束が固いらしい。


「ある種大学連盟は国ですね。あの結束力は恐ろしいですよ」


 ヤイムはそう言いつつ自分でうんうん頷いて、大学の研究者がいなければ世界の発展はありませんから、と付け足した。

 4カ国会の決定が絶対ではないのは、名目上方向性を示すだけの会である事、有識者と権力者がイコールではないこと。そして、各国の政治の在り方が多様であるため仕方がないのだが、逆にそれほど名ばかりで意味があるのかと、啓太としては問いたいところだ。


「啓太様には申し訳ないのですが、我々騎士団とともにファルトニアに出向いていただけますか?」


 ガルデルの申し出に啓太はもちろん、と首を縦に振る。魔法都市に騎士団がやってきて綾を無理矢理連れ出すような事態になると、反発必至なので啓太の護衛という形をとらざる得ない。


「しかし、魔法大学おそるべしですね」


 啓太がそう言うと、ヤイムはいいえ、と横に首を振る。


「魔法都市が恐ろしいのです。陸の孤島状態の立地で、フールレール以外の侵入方法がありませんし、エアポーターや移転魔法を使おうにも大掛かりな結界があり、学生か住民しか行き来は不可能なのです。そのような好条件があり、大学連盟の主体もファルトニアにある大学のうち1つが先導しはじめたんです」


 ヤイムはふぅと息ついて、さらに解説を続けてくれた。


「当時は今のように奉仕制度もなく、在学していたのは貴族の子らがほとんどで。どれほど優秀な学生や、研究者でも時折実家へ呼び戻される事がままありましてね。研究者らがやっている事は国の未来を変えるような発明やら、勉学やら、そんな才能ある者たちが外からの横槍で大学を離れなければならない事がないように、と創設されたと聞いています」


「奉仕制度ってなんですか?」

「貧しい家の出や、大学にやれない貧乏貴族の子息令嬢のための制度で大学で働きながら大学に通える制度ですよ。労働とはうたえませんから、奉仕活動としています」


 ヤイムの解説に、啓太は奨学金のようなものかと理解したが、実際の内容は少し違うようだ。


 そんな雑談をしながら3人は謁見の間にたどり着く。

既に日は傾き、夜の帳をすぐそこまで連れてきていた。王都アマサトランの朝晩の冷え込みは、とても昼間の春の陽気を連想させない寒さだ。なのでこんな時間に謁見の間を使うのは珍しい事だ。


 大きな謁見の間の二枚扉はすべて開かれる事なく、下にある小さな‥それでも扉にしては大きめの扉が開かれ、啓太を先頭に中へと入った。

 ここは光の間と違い、赤い絨毯に縁は金だった。

ザ、王国といった雰囲気を醸しながら絨毯は王の椅子まで続き、国王は啓太を見て立ち上がった。ガルデルもヤイムも跪いて、王のそばに控えていた者たちも跪いた。


「啓太様、申し訳もない。アスリリーリャへ王命というのは出せない決まりでしてな……啓太様が同じアスリリーリャとして面会にいく、それを騎士団で護衛するという形を取らせていただきたいのです」

「構いませんよ、俺も魔法都市っての見てみたいですし」

「宿の手配はむこうに常駐している騎士団の分隊がしてくれているはずです。騎士団には魔法を使える者も多いですのでお困りになるような事は無いと思いますが……」


 国王は少し啓太の顔色を窺っているようだったが、啓太はコクリと頷いてみせた。


「わかりました。彼女を連れ出して調査に向かいます」


 それにホッと胸を撫で下ろした国王は、フゥと息を吐いた。




「フールレールの乗り心地はいかがですか?」


 騎士団長自ら護衛をしてくれる事になり、ガルデルが数名の騎士と共についてきてくれた。彼と普段は気さくに話す関係になっていたし、ガルデルの家に招待され家族を紹介されたりもしていたが、公的な場ではきちんとアスリリーリャとして、啓太に接する。


「はい、いい感じですね」


 それに合わせて啓太も他にも人がいる場合は、目上の人への態度を貫くことにしたのだ。

 彼は王国騎士の制服を少し変えてもらった、特注服を着ている。布にハルを織り込むことで温度調節ができるので、大抵のところで快適に過ごせるそうだ。

階級章などはついていないが、大まかなデザインはほとんど同じだ。白と青を基調とした騎士団の制服と、大きく違うのは背中にイル王国の、大鷲と剣の紋章が無いことだ。

 ガルデルたちの背には、藍色の糸で大きな紋章の刺繍が施されている。


 フールレールは彼にとってしてみればほぼ電車だった。乗ることに違和感もなければ抵抗もなく、よく知った路線と初めて乗る違う路線の電車くらいにしか違いはない。

 外観や内装は上流階級用といった風に豪華絢爛だが、その設計は電車のそれで、線路もよく似たレールが敷かれていた。


 文明がこれくらいなら、このような物はあるだろう、と言う地球においての常識のようなものはここでは通用しない。 

 文明として釣り合わないような物が多々ある。なんで?と問われると答えようがないが、なんとなく在り方が不自然で違和感を感じる。


 そして基本的に定刻で魔法都市と王都を行き来するフールレールだが、今回は啓太のための特別便である。


「ガルデルさんはよく乗るんですか?」

「王族の方々が城の外へ行かれる時には護衛として付いていくのが自分の役目でもありますから」


 ずっとゴツゴツした岩場が続く。ずいぶん険しいところに線路を整備したんだな、と啓太はぼんやり窓の外を眺める。カタンカタンと規則的に、線路の継ぎ目を電車が通る聞き慣れた音。目を閉じれば、通学中かと錯覚しそうだ。


「この辺りは環境も厳しく、人も魔物も住めませんから、事故を防止する面でも最適だったんですよ」


 啓太の気持ちを知ってか知らずか、ガルデルがそう言った。険しい山の谷を通っているフールレール。ダンジョンの入り口も近くにはなく、魔物も生息していないのでレールに生き物などが飛び出してくるような事は本当に稀なのだそうだ。


 魔法都市まであともう少しとなり、何の気なしに他愛のない会話をしているとなんの前触れもなく車両は急停車した。啓太は軽く前のめったが、ガルデルが支えてくれたので飛んでいくような事態は免れた。


「申し訳ございません! とんでもない数の魔物で、走り抜けることができませんでした!」


 車両前方から悲鳴のような訴えが聞こえた。窓の外は穏やかに見えたが、前方は魔物が集まっている。初めて見るその姿に、啓太の心臓はドクリと跳ねた。

 ちらりと見えただけで、動物とは決定的に違う気持ち悪さを感じたのだ。


「フールレールの魔法使いだけではなんともならんな、出るぞ! 啓太様はこちらでお待ちください!」


 途端に騎士団長の顔をするガルデルは、数名の騎士団に指示をし、手動で後方扉を開け出て行った。扉が閉まると車両は静寂さに耳が痛いほどで、外で戦う声も音も聞こえてはこない。

 ドクドクとうるさい心臓を抑えるように、啓太は俯く。何度も息を吐き自分をなだめるが、心臓はうるさく警告する。


「落ち着け、あんなに訓練しただろ、いいチャンスだ。ちゃんと向き合えるって、胸張って綾に会うんだ……」


 彼は荷台に置いた剣を手に持つ。王が啓太のために作らせた、特別な一振りだ。機能性と啓太が扱いやすい重さを重視したシンプルな装飾に、ルーフェル鋼という柔軟性と硬さを兼ね備えた合金が使われている。

 折れることない鋼と呼ばれるルーフェル鋼は、剣の素材として最高級品らしい。


 啓太はゆっくりと後方扉に進んだ。扉をあければ、騎士団の声と、魔物の呻き声、そして、詠唱する魔法使いの声がする。殺風景な岩の山に、風は冷たく彼の恐怖を幾分か和らげてくれた。


 ぐぅっと奥歯を噛んで、彼は車両から降りる。フールレールを運行する魔法使いたちと騎士団は、それぞれに魔物を蹴散らそうと、フールレールを守るように戦っている。

 気がふれたかのように、よだれをぼたぼた垂れ流し、赤い目を光らせる魔物たち。姿は狼のようなものと、大きすぎるがトカゲのようなものがいたが、どちらも似ても似つかぬ狂気をまとっている。


 いつの間にか手にはまた力が入り、ぐっと足を踏んでいた。まだうるさく跳ねる心臓に力んでいなければ、がくりと倒れ込みそうだった。


「啓太! だめだ引っ込め! 数が多すぎる!」


 ガルデルが珍しく余裕のない声を上げた。けれど啓太は周りをよくみて、それから何処を切り崩すか考えた。


 そしてぐっと踏み込んで、右足で岩肌を蹴った。魔物は姿の近い動物などの特性に近いらしい。つまりトカゲのような魔物の視野は広く、狼は狭いと言うことだ。


 狼に狙いを定めた啓太は、こちらに背を向けている一頭に斬り込んだ。ザッと深く、気負いすぎて力加減を誤った啓太は狼を真っ二つに切り裂いたものの、突っ込みすぎてゴロゴロ転がった。返り血が鎧を汚し、岩肌を転がったせいで傷もついた。


 ばっと立ち上がったときには大きなトカゲの魔物3匹に取り囲まれていた。近くで見るとトカゲというよりカメレオンだ。突出した左右の目をそれぞれにグルグルして、不意にこちらを両眼視した。

 啓太は挟まれないように、3匹を睨みながらずりずりと後ろに下がる。が、飛びかかってくる魔物のスピードは早かった。それと同時に、右側から口から舌を出したカメレオンは啓太の腕をからめとって捕獲した。


「くそ!」


 飛び上がってきた正面の魔物をいなす為に、啓太は右手の剣を左手に取った。すんでの所でぐっと垂直に立て、自ら魔物は剣に飛び込んできてくれた。しかしその刺さった剣を抜く前に、右腕が砕けた。カメレオンの舌は素早く、力強い。


「ぐああーーっっ!」

「啓太!」


 啓太は左側から飛びかかってくる魔物を蹴飛ばした。そして剣を抜き切る前に、ガルデルが啓太の腕を掴んでいた魔物を切り裂いた。


「大丈夫か⁉︎……これは折れてるかもな」


 あちゃーと彼は眉を寄せた。骨折している場合、安易に回復をかけると変な風に骨がくっつくことがある。そんな事になると治せないので、生命に関わる傷がない限りは、医師に診てもらうまで魔法を使うことは望ましくない。


「クラルすらかけないほうがいいだろう。とにかく車両に戻るんだ」


 クラル、とは回復魔法の最も簡易的な、それこそ擦り傷などに使う魔法だ。心配そうにこちらを覗くガルデルの顔を見て、自分の浅はかさに気付いたが、遅かった。


「団長! ベスティアは粗方おわりましたが、グランデカメレオンがレールを塞いでしまいました!」


 騎士の報告に顔をあげてみると、大量の魔物の死骸と、まだやりあっている騎士。そして前方100メートルほど離れた所で線路を塞ぐように折り重なって、カメレオンの魔物が岩に擬態していた。その数は尋常ではない。


「まずいな〜擬態されると硬すぎて歯が立たない‥皆も消耗しているし……」


 ガルデルが頭を抱えた。無視して立ち去りたいが、10も20も積み重なったグランデカメレオンに突っ込めば車両は大破するだろう。


「なんでこんな……意味のわからない襲撃をするんだろう」


 啓太は痛くて汗が止まらないし、ガルデルに迷惑をかけてしまったことが悔しかった。そして、困った事になっているのはわかるが、魔物がそうしている理由なんて、啓太にわかるはずもない。


 とにかく中へ、と啓太を連れて行こうとガルデルが立ち上がった所で、エアポーターの音がして、皆空を見上げた。

 エアポーターとはいわゆるヘリコプターのようなもので、魔法使いでなくても使えるメーカーとは異なり、ハルの操作を必要とする術式組だ。


 丸っこい正方形で、足回りに4つのジェット噴射のようなものがついている。仕組みは地を駆けるランドポーターと同じだが、誰でも使えるそれとハルの操作をしなければならないエアポーターは大きく異なり、操縦は免許制である。

 そのエアポーターの四方は窓で外が見える。窓の下にはシュヴァート皇国を示す、獅子と治癒を司る紋章が描かれていた。


「大丈夫ですか〜⁉︎」


 はつらつとした女の子の声のあと「おやめください!」と数人の男女の悲鳴が聞こえた。

 直後、1人の女の子が落ちてきた。ギョッとして数名の騎士がら駆け出したが、間に合わない。


「ビエント!」


 彼女がそう言って地面に向かって手を出すと、風が舞い上がり彼女はなんでもないようにふわりと着地した。


「お初にお目にかかりますわ! 私はシュヴァート皇国の公爵、アシェツィラン公爵の次女ベルリア・マルセル・アシェツィランでございます!」


 アスリリーリャに対する挨拶、胸の前に手を置いてからパンパンと手を叩き、また戻す。彼女もそれをしたのでこちらが何者かわかっているようだ。

 まだ幼さがあるベルリア女史は、ナポレオンジャケットのような外套服を着ていて、それは高めのウエストの位置で切り返され、ふわっと広がるスカートに沿わせるように裾が乗っていた。子供すぎず大人すぎず彼女に似合いの程よいデザインだ。上品な紺色のジャケットと反して、膝丈のスカートはレモンイエローで、レースアップのロングブーツはヒールも低い。


「私はイル王国騎士団団長、ガルデル・ピアソラです! こんなところをエアポーターで行くのはとても危険です!すぐにお戻りください」


 ガルデルの言葉に首を振ると、彼女は啓太を手で指した。


「そちらのアスリリーリャ、啓太様をお助けにあがりました。王国からフールレールに乗ろうとしたら、運行中の車両から救難信号が出ていると伺いましたので」


 ベルリアはそのまま啓太に歩み寄ると、腕をみて顔をしかめた。


「その骨折は処置が必要ですわね。こう見えて私、医者でして、治癒術師でもありますの」


 彼女の言うことはにわかに信じがたかったが、ジャケットの中から正方形のカードを出した。


「お、お若いのに素晴らしい才能ですね‥とにかく魔法都市に移送しなければと考えていたのですが、お願いしてもよろしいですか?」


 ガルデルが任せてもいいと判断するのに、材料は揃っていた。高価なエアポーターに、皇国の紋章は偽物では無いだろうし、ベルリア女史自身には腕白さを垣間見るが、医師免許カードは偽装ができないので偽物ではない。本物を知っているガルデルには、判別が容易い。服装からしても医師のみに認められた色である深縹こきはなだのジャケットを着ている。


「はい、ですがここを先になんとかした方が良さそうですわね……」


 ベルリア女史は辺りを見回し、戦いを続ける騎士はそれほど押されていない事と、積み上がったレールの上のグランデカメレオンも動く気配が無いことを確認した。


「ベルリア様! 護衛を置いて行かれては困ります!」


 エアポーターを車両の横に下ろしたようで、彼女の共たちが駆け寄った。男性2人と女性1人の、おそらく護衛だろう。イル王国とは趣の違う制服を着ていた。


「あら。私は皇国を出るときに護衛自体お断りしたのですから、あなたたちは気合でついて来なければ置いて行かれますわよ」


 ふふ、と悪戯っぽく笑う様子はあどけなさを残している。啓太にとってしてみたら、こんな子供の医師が居るとは信じがたい。どう見ても15.6歳だ。彼はとにかく早く採決して欲しかった。腕が痛くてじっと黙りこくったまま、成り行きを見守っていた。


「まずは、積み上がったグランデカメレオンを片付けましょう、ベネノモルタル」


 ベルリア女史が『ベネノモルタル』と唱えると、レールの上のカメレオンを紫の霧が包んだ。


「すごい、上位の毒魔法だ」と騎士たちが驚きに目を見開いて、ガルデルも「初めて見る」と息をのんでいた。

 グランデカメレオンは苦しそうに呻き、擬態もどんどん解けていく。


「よし、今のうちにかかれ!」


 ガルデルはその期を逃すまいと、周りの騎士に指示をした。ベルリアは共の護衛に加勢するよう指示し、女性の護衛だけが残る。


「お初にお目にかかります。今日という日を嬉しく思いますわ、啓太様。私の事はベルとお呼びくださいませ」


 そう言ってこちらを覗き込む彼女の目は、好奇心でいっぱいだった。こんな視線は、初めてかもしれない。尊敬、憧れ、畏怖、喜び。そんなような感情を向けられる事は多々あって、彼女のように興味津々な人、というのはあまりいなかった。少なくとも、それを全面に出してくるようなことがなかった。


「ベル、よろしく。俺のことは啓太って呼んで」


 汗がこめかみを伝った。それを目ざとく見つけたベルリアは「失礼しますわね」と啓太の右腕に触れた。


「骨折は回復魔法が使いにくいんですの。内臓でしたら、吹き飛んでも回復魔法でなんとかなりますわよ」


 激励されてるのか脅されているのかよくわからなかった。欠損してしまう方が回復魔法は使いやすいらしい。ただし腕が吹き飛んだりしてなくしてしまうと、元には戻せない。

 でも切断した腕があれば回復魔法でくっつくんだそうだ。しかしながら骨の接着には最も気をつけなければならないらしい、というのは騎士団で聞いた。


「骨は内臓や細かな神経、血管のように回復魔法で元どおりにならずに、今あるものがそのままくっついてしまうんですわ。ですからきちんと元どおりに並べなければ! 手術になるので、魔法都市にいかなくてはなりませんわね」


 ベルリアは「固定してあげて頂戴ね」と女性の護衛に言った。もう用意していた彼女は、手早く圭太の腕を固定した。


「簡易的なものですから気をつけてください」


 そう注意され、うなずいた。固定してもらうときは痛んだが、いざ添木をしてもらうと幾分か痛みが遠のいた。


 ベルの上級毒魔法のおかげで、騎士団は斬り伏せるだけでグランデカメレオンを退治できていた。大量の魔物の死骸は、放置すると夜半ハルの力によりウエッソデモニオとして蘇るので日があるうちに焼くか解体するかしてしまわないといけないらしい。


「この量を焼くのは大仕事ですわね、これも魔法使いを呼んだ方がよろしいかと。ロミリオ、貴方先にエアポーターでファルトニアへ入りなさい。ここに50体魔物の死体があるから処分に来てほしいと言えば必ずくるでしょう。そのまま病院を手配して、私と啓太様をフールレールの発着場へと迎えに来なさい」


 ベルはそう言って、ロミリオという護衛の男性に紋章のようなものを手渡した。シュヴァート皇国のものだったようなので、身分を証明する何かであろう。

 ひとまずレールを片付けて、そのままフールレールで魔法都市ファルトニアへと向かうことになった。

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