第69話「予想外に楽しい動物園」
僕は七海とデートに来た動物園を、割と規模が小さい部類の動物園だと思っていた。
だから、あっという間に全ての動物を見終わり……次の目的地にはかなり早く着いてしまって、何だったらもうちょっと長く一緒に居るために予定外の場所でも探そうかなとか思っていたくらいだ。
だけど、そんなことは全く無かった。
動物園すごく楽しい。
昨晩のうちに色々と調べて、見てみたいなと思っていた箇所を二カ所……昼食に見たところを含めると三カ所だが、三カ所見終わっただけで一日の半分が終わっているのだ。
それでもなお、見たい場所が多々残っているという事実……。かくも動物とはのんびり楽しめるものなのかと再発見に驚くと共に、動物の偉大さを実感する……と……小難しい言い方をしているがなんてことは無い。
これは、七海が一緒だから楽しいのだ。一人ならこの動物への感動を共有することなく、あっさり一人で回り終わっていただろう、
なんだったら、ここが何もない原っぱだろうと彼女と一緒だと楽しいだろう。二人でのんびりと散歩するのも良いし、原っぱで寝転がったって良い。
だから再発見というのであれば、それは二人でいることの楽しさの再発見だ。
あれだけボッチで出不精だった僕が、この一ヶ月で……変えられたのか自分から変わったのか……。それは分からないけど……僕はこの自身の変化が不快ではなかった。
ちなみに、今も僕等はレストハウスから猿山を眺めていたりする。
「見てー、あのお猿さん達毛づくろいしてるよー。可愛いなぁ。恋人なのかな? それとも友達同士なのかな?」
「猿だし……群れの仲間って意識なんじゃないかな? サルで恋人同士ってあるのか……いや、そもそも、サルのオスメスってどう見分けるんだろうね……。後ろからだと全然分かんないや……」
「んー……体型とかじゃない? ほら、あっちのガッチリしてるのが男の子で、そっちのふっくらしてるのが女の子とかさぁ」
「いや、違いが全然分かんないよ……。え? 七海分かるの? ちょっとスマホで見分け方調べて見ようかな……」
結構、サル山を眺めるだけで時間を使ってしまった気がするな。見分け方だけ調べたらボチボチ次に行こうかな? そう思って僕は見分け方を調べていると……ちょっとだけ……ほんのちょっとだけ僕は答えづらい見分け方を発見する。
うん、これは言えない……。確かにわかりやすいけど、口に出すのはちょっとだけはばかられる。
「さて、七海……ゆっくり休めたしそろそろ次の場所に行ってみようか?」
「どしたの突然? ……なーんか変な物でも検索したのかなぁ?」
あからさまな僕の態度を不審に思ったのか、七海がその顔に笑みを浮かべて、小首を傾げながら僕のスマホを覗き込む。
僕は慌てていたのでスマホの画面を調べた記事のままにしていたので、その記事は七海にばっちりと見られてしまった。一番簡単な……サルの性別の見分け方について書かれたページだ。
その説明を見た瞬間に……彼女の顔は赤くなる。
「あ……アハハ……、そ……そうだよね。一番簡単に見分けるのって、そうだよね……。うん……いやぁ……。なんでよりによってそのページ見ちゃったの?!」
「いや、言い訳させて。セクハラする意図は無かったんだよ? それにほら、一番確実と言えば確実だしさ……うん……ごめん」
七海は僕に対して顔を赤くして抗議の声をぶつけてくるのだが、僕は両手をあげて降参するようなポーズで言い訳をさせてもらう。
詳しくは言及しないが、動物のオスメスの見分け方は成長してれば非常に簡単なことだ。ある一部分を見ればいいのだから。僕が見た記事にはそれが書かれていた……。これはただそれだけのことだ。
ただ、その単語を見てしまった七海が赤面をした……いや、本当ごめん。せめてページを閉じてから移動を提案すればよかったよ。
本当に……本当にセクハラじゃないよ?
不可抗力とはいえ不快にさせたかなと思って僕は少し心配に思うのだが、少しだけ頬を膨らませていた彼女は席から立ち上がる時に「……まぁ、そもそも、そんな風にセクハラするような人なら……私は好きになってないけどさ……」と呟いていた。
そんなことを言われてしまっては、僕の頬も熱くなってしまう。
彼女は立ち上がった時の椅子の音でその言葉は僕の耳に届いていないと思っているようだけど、残念ながらバッチリとその言葉は聞こえてしまっている。
……難聴系主人公って、こういう時に聞こえなくなるんだよね……どうすればそういうことになるんだろうか。だけど、今この時だけは聞こえて良かったと思っておこう。
先に立ち上がった七海は、座ったままの僕を少しだけ不思議そうに見下ろす。僕は頬の熱さがばれないように少しだけ首を振ると、その場から立ち上がった。
「それじゃ、行こうか七海。次はどこを見に行く?」
「うーん……そうだね。時間的に全部は難しそうだからよねー。この後、神社にも行くんだよね?」
今日は僕の希望で、この後に神社へ行くことになっている。距離が近いとはいいえ、確かに全部見ていてはそっちまで行くのは難しいだろうな……。
普段の僕だったら神社は後日にして、動物園だけにしようかと提案するところだけど……今日はどうしても神社にも寄りたかった。
「そうだなぁ、せっかくだからここは!ってところを見ようか。ホッキョクグマとかどうかな?」
「いいねぇ、ホッキョクグマ見たい! ここなら道なりに他の動物も見れそうだし……そこにしようか」
僕は動物園の一番端にあるその場所を指さす。施設としては一番大きそうだし……ここから行くまでに他の動物も見られる……。それに一番奥だから、帰りに来た道とは違うルートを通れば違う動物も見られそうだ。
「それじゃ、ホッキョクグマを見に行こうか」
「うん♪ しゅっぱーつ!」
僕等はレストハウスを出てから腕を組んで、真っ直ぐにホッキョクグマが飼育されている館まで移動する。
途中でガイドツアーや体験イベントなんかの看板を見つけて、何だったらそっちを見ても良いかなと思ったのだが、タイミングが悪く今日はそれらはやっていないらしい。なんでも、ガイドツアーでしか入れない場所もあるんだとか。
「ガイドツアーかぁ……どんなのが見られるんだろうね」
「やっぱり、野生状態の動物が見られるんじゃない? 森で動物に襲われそうになったら、陽信は私が助けるよ!」
「いや、そこは普通は逆でしょ。僕が七海を守るところだよ。それは譲れないよ」
腕をあげながら決意表明をする七海だが、これはたぶん僕に守ると言わせたかったから先に言ったんだろうな。そもそも、いくら何でもツアーでそんな危険なところは行かないんじゃないだろうか?
「えへへへぇ、そっかぁ。守ってくれるんだね。嬉しい」
改めて僕にギュッと抱き着く七海は、満面の笑みを浮かべていた。そりゃねぇ……この笑顔を守るためなら何でもするよ。本当に、何でもしてあげたいって気分になる。
まぁ、今日はそう言うことは何もなさそうだ。実に平和なデートである。
僕等はそれからホッキョクグマの居る場所に行くまでに、色々な動物を見ることになる。
サル達はレストランから見える場所にしかいないのかと思ったら、珍しい種類のサルたちがいる場所を通る。そこには、ぱっと見でこれはサルなのか? ペンギンじゃないのかと思えるくらいに、鮮やかな白黒の綺麗な毛並みをしたサルや、まるで金色に見えるくらいに光り輝く毛をしたサル達。
ジャングルジムの上に登っていくチンパンジーたちの群れ。サル山は自然な形の場所に固まっていたのだが、チンパンジーたちは人工的に作られた建造物で無邪気に遊んでいるようだった。
そのほかにもエゾシカが身を寄せ合ってその身体をこすりつけ合っている姿……。日常生活ではまず見ないオオカミが、眼光鋭くこちらを見据えている姿などを僕たちは見た。エゾシカとオオカミは場所が隣り合ってるのだが、その落差が凄い。
日本オオカミは絶滅していると聞いたことがあるから、ここにいるのは海外の品種なんだな。凛々しい顔で、まるで僕等を監視しているようだ。
そして目当てのホッキョクグマの近くには、ヒグマの飼育されている場所が隣接されていた。わざわざクマ同士を近くにって言うのは、わざとなのかなと思いつつ、僕等はのんびりと寝ているヒグマを眺める。もう昼過ぎだし、食事を終えて眠っている所なのかもしれない。
「ヒグマって怖いイメージだったけど……こうやって見ると普通に可愛いねぇ。」
「まぁ、動物園内で見ればどんな凶悪な動物も可愛く見えるんじゃない? 街中に出たら……もうパニックだよ」
「そうだよねぇ……こうやって見ると可愛いのに……すやすや寝てるし……」
僕等は目的地への道中でも動物を見つけては立ち止まり、お喋りしたり、お互いの写真を撮ったり、二人の写真を誰かに撮ってもらったりしていた。この寝ているヒグマについても、二人でヒグマをバックに、写真を撮ってもらったのだ。
写真を撮ってくれた方にお礼を言って、僕等もその人たちの写真を撮ってあげる……そんな風に僕等は動物園の端っこまで移動してきた。そして、お目当てのホッキョクグマがいる施設へと辿り着く。
「うわぁ……凄いおっきい場所だねぇ……これ、さっきの象がいたところより大きいんじゃない?」
「確かにそうかもね……ここにはホッキョクグマと……アザラシがいるみたいだよ」
「え……? なんか、珍しい取り合わせだねぇ。アザラシって……クマに食べられちゃわないのかな?」
「なんか……ホッキョクグマの主食がアザラシらしいよ」
僕の一言に、七海は目を見開いて驚いた。うん、普通は驚くよね。僕も最初調べた時は凄く驚いたよ。よりによって捕食関係を同時に展示してるって、まず無いもんね。
「それって……えっと……食育ってやつ? 子どもにはトラウマになっちゃわない?」
「あぁ、大丈夫大丈夫。そういうのじゃないからさ。理由も入れば良くわかるはずだよ」
不安げな七海の手を引いて、僕らはホッキョクグマのいる施設内に入る。そこは二階建ての白い建物で、僕等はまず手を繋いで二階へと階段を上がっていく。
そこから眼下に見えるのは……のんびりと歩くホッキョクグマの姿だった。
ホッキョクグマの居る場所も階段が付けられており、一階には水の溜まったプールが付けられている。ここから見える景色の範囲内には、どこにもアザラシの姿は見えなかった。
「あれ? アザラシも一緒にいるんじゃないんだ?」
「そりゃあ、ここで一緒だったら本当に餌になっちゃうからねぇ。さすがに絵本みたく、天敵同士が仲良くってのは難しいよ」
「それじゃあアザラシって……どこにいるの?」
「それはね……一階に行けば分かるんだ。さて、じゃあ……ホッキョクグマも階段を降りてるし、行ってみようか」
不思議そうな表情を浮かべる七海に対して僕は笑顔を返すと、ゆっくりと階段を降りていき、そのまま建物の中に入る。建物の中はとても薄暗いのだが……小さな照明や、ガラスの向こうから透ける水を通した青く綺麗な光が中を照らしていた。
七海はその光景を、どこか懐かしそうに見ていた。
「これって……」
ぽつりとつぶやいたその一言が何を示しているのかは僕には理解できた。そう、これは僕等がはじめて水族館にデートに行った時の水中トンネル……それにとても似ているのだ。
「動物園でも、あの時と同じようなものが見れるって面白いよね。ほら、トンネルをくぐってみようよ」
「うん! あの時は魚だったけど……今回は……ホッキョクグマのトンネルなんだ……。あれ? アザラシがいるよ?」
七海はそこでトンネル内で泳ぐアザラシを見つけた。四頭ほどいるアザラシが自由に水中を泳いでおり……その姿は非常に愛らしいものだった。
そして、七海がアザラシを見つけたと同時にザブンッ!!という水音が聞こえてくる。音の方へと視線を向けると、ホッキョクグマが大きな水しぶきをあげて、その巨体を水中へと沈ませている場面だった。
そのままホッキョクグマは、その巨体から考えられないくらいの早さでアザラシへとめがけて泳いでいく。
「え?! すごい迫力だけど……アザラシ危なくない?!」
トンネルの頭上を通っていくホッキョクグマの巨体を眺めながら、七海は焦ったような声をあげる。そのままハラハラとした表情を浮かべて事の成り行きを見守るのだが……。
ホッキョクグマは、その巨体をアザラシの居る場所まで移動させることは無く……器用に反転するとガラスに対して足を付けてそのまま泳いで元の場所へと戻っていった。
「あれ? アザラシが大丈夫で安心したけど……なんで?」
「プールが分かれてて、さらに強化ガラスで仕切られてるから万が一にもアザラシのところに行くことは無いんだってさ」
「……陽信、それ知ってたの?」
「昨日調べた時にね……流石に捕食関係を何の対策もしないで一緒にはしないでしょ」
直前まで驚いていた七海は、頬を可愛く膨らませると僕のことをポカポカと叩いてきた。対して力の入っていないその拳は、僕に心地いい衝撃を与えてくる。
「もうっ!! いじわる! 教えてくれても良かったじゃない!!」
「教えない方が楽しめるかなって思ってさ、ちょっとドキドキしたでしょ?」
僕の言葉に、七海は「もうっ!!」と続けて言いながらポカポカ叩いてくるのを止めなかった。その間もホッキョクグマはトンネル内を悠々と泳いで僕等の目を楽しませてくれる。
トンネルの天井を泳いている時なんかは、下からホッキョクグマのお腹を見上げ、横から見るときはその巨体に似つかわしくない可愛らしい肉球の部分を僕等に見せてくれていた。
ホッキョクグマは何度も泳ぐけど、絶対にアザラシには触れられない。ガラスを隔てた向こう側では、アザラシはそれを分かっていないのかホッキョクグマから逃げるように泳いでいた。世界一安全な捕食関係達による鬼ごっこだ。
迫力もあるし、ホッキョクグマが泳ぐ姿を安心して楽しめる。周囲の家族連れも大喜びしていて、僕等もその迫力を楽しんでいた。
だけど、それを見ていた七海は……唐突にぽつりと呟く。
「これは好きの意味が違うけどさ……好きな存在とガラス一枚隔てて絶対に触れられないって……どんな気分なのかな?」
ほんのちょっとだけ悲しそうな、寂しそうなその呟きだったけど、七海はすぐに気を取り直したように笑顔を浮かべる。
たぶん、無意識の呟きだったんだろう。自分の言葉に驚いているようにも見えた。
「ここ、最初の水族館デートも思い出せて楽しいね。あの時は……ユキちゃんとも知り合えたんだっけ。なんか思い出をなぞってるみたいだね……」
すっかりと気持ちを落ち着けた笑顔だったけど、僕は先ほどの一言が気になって……言わずにはいられなくなった言葉を彼女に投げる。
「もしもさ、僕と七海の間がガラスで隔てられた時は……僕はどんな手を使ってもそのガラスをぶち破るからさ……安心してよ。絶対に触れられるようにするから」
僕の一言に彼女は目を丸くして驚いた表情を浮かべた。
ちょっとだけクサいセリフだったかなと僕は赤面するけど、彼女から目は逸らさない。
頬は熱くなり、変な汗も額から噴き出してくるのが良く分かった。それでも……彼女の目を僕は見つめ続けた。
そして彼女は……僕に対して嬉しそうな……幸せそうな微笑みを返してくれる。
「もしもそうなったら……私も一緒にガラスをぶち破るから、早く触れられるよね」
そっと僕に肩を寄せてきた彼女の一言に……僕も思わず笑みを零すのだった。
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