第94話

「お願いします! 柊黒炎くんを転校させないように署名をお願いします!」


翌日から私は黒炎くんの署名活動を行った。早朝から学校に来て、校門で生徒一人一人に声をかけている。中には、変な人という眼差しを向けたり、こちらを指さしながらヒソヒソ話を始める人もいた。


そりゃあ、これだけの人数がいたらそう思われても仕方ない。だけど、一刻を争う状況で嫌だと思う暇はない。私は陰口を言っている人にも声をかける。


「どうかお願いします!」


「なんで私たちが? 署名なんだから強制じゃないでしょ」


「それは、そうなんですけど……」


ネクタイの色を見る限り先輩のようだった。しかも、女の先輩が複数人。うっ、なんというか怖い。相手が年上ということもあり、変に緊張してしまう。でも、ここで怯んだら全てが水の泡だ。黒炎くんと一生会えないなんて、死んでもいやだ。


「って、黒炎君の署名なの? なら早く言いなさいよ」


「え?」


署名の紙をパシッ! と取られた。サラサラと名前を書き、私に渡す先輩たち。


「私たちは話す機会はなかったけど、黒炎君のファンクラブ会員なの。あんなにイケメンな後輩が学校を辞めるなんて嫌だもの」


「先輩……ありがとうございます!」


私は何度も深深とお辞儀をした。


あぁ、黒炎くんのことなのに自分のことのように嬉しい。紅炎さんはああ言ってたけど、柊家なんか関係なく、黒炎くんは黒炎くん自身として必要とされてるんだ。


非公認とはいえ、生徒の中には黒炎くんのファンクラブの人もいる。


これは思ったよりも時間かからないんじゃない? と、この時の私は本当に甘い考えをしていたと今になって思う。


上手くいったのは初日だけだった。それ以降、声をかけても無視をされ、署名の紙すら受け取ってはもらえなかった。そう世の中、簡単にはいかない。これが現実だと今になって思い知らされた。


一部では、黒炎くんが柊グループの子供ではないかという噂まで流れ始めた。私は黒炎くんが隣にいないことで卑屈になり、落ち込み始めた。


頑張ろうって決めたのに……会えないことでこんなにも弱くなってしまうなんて。私は黒炎くんがいないと駄目なんだ。


けれども、毎日のように署名活動は行った。だけど、なかなか思うようには行かず、残り一週間となってしまった。


「うぅ……」


正直、泣きそうだった。朝だけじゃなく、昼休みも放課後も署名活動をしてみたけれど、一人だとやっぱり影響力はないようで。誰も手伝ってはくれない、そう諦めかけていたとき。


「その紙を一枚貸してください」


「え、かい……」


目の前にいたのは会長だった。今は受験勉強で忙しいはずじゃ……どうして、ここに。


「泣くのはまだ早いですよ。諦めるなんて貴方らしくもない。……どうして頼らないんですか」


「だって、一人で……それに会長も忙しいと思って」


放課後。私は校門近くで泣いた。一人で心細かったんだ。こんな場所で泣くなんて、みんなに見られるのに今は泣かずにはいられない。


会長の優しさに触れ、涙は一向に止まらない。

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