第86話

「紅蓮、こんなところに貴方くらいの子供が……」


「姉さん、いい加減子供扱いはやめて。僕は中学生だって」


「んっ……」


いつの間にか眠ってしまっていた。歩き回ったから疲れたんだろう。近くで声がする。


「お前ら……誰だよ」


ガタッと起き上がり、俺はどこかに行こうとする。


「待って。君、夜に一人で危ないわ」


「家に帰れってのか?」


「姉さんにそんな口の聞き方は許さない」


「いひゃい(痛い)」


俺と同じ背丈の男の子に頬をつねられた。隣にいるのが姉さんと言っているし、その弟だろうか。


「家に帰りたくない理由があるのね。君、名前は?」


「……黒炎」


名字は言いたくなかった。俺のことを知ったら、きっとコイツらも……。


「そう、黒炎君。もし君が良かったらでいいんだけど、私たちの家に来ない?」


「美羽姉さん、犬や猫じゃあるまいし……」


「困っていたらお互い様よ。ねぇ、黒炎君どうかしら。私は如月 美羽みう、こっちは弟の紅蓮よ」


「……」


どうせ何か裏があるに違いない。それに弟のほうは俺を家に入れるのは嫌がってるようだし。それに、なんのメリットも無しに、俺をかくまうっていうのか?


美羽さんに対する第一印象は、“お人好し”だった。紅蓮のような反応が普通だと思っていたから、中学生ながらに常識人なんだと思った。


今考えると、このときから会長は落ち着いていたな。

家出したあの日、優しく声をかけてくれたのが美羽さんと今の会長だった。


けれど、誰も信用出来なくなっていた俺は見ず知らずの人を助けようとするなんてどうかしていると美羽さんを疑っていた。


「メリットもなしに俺を助けるってのか」


キッと鋭い目で殺気を出しながら、美羽さんを睨みつけた。


「メリット? 人を助けるのにそんなことは考えてはいないわ」


前言撤回。美羽さんはただのお人好しではなく、“馬鹿がつくほどのお人好し”だ。


「美羽姉さん、もう夜も遅いから早く帰ろう」


「駄目よ、紅蓮。この子が困ってる」


「決めつけるのはそっちの勝手かもしれないが、俺は困ってなんか……」


「あのね、気のせいだったら無視してくれていいんだけど。さっきから、貴方の心が泣いてるの。助けてって。……今までずっと我慢してきたのね、黒炎君。一人でつらかったでしょう?」


「……っ」


美羽さんは優しい言葉をかけて、俺を抱きしめた。頭を撫でてくれた。振り払うことは簡単だった、拒絶することだって。


けれど、直感で気付いてしまったんだ。美羽さんは嘘を吐いていないと。だって、その証拠に俺の今まで隠してきた本音をいとも簡単に察してくれたから。


さっきまで疑っていた俺が馬鹿らしくなるほど、美羽さんはあたたかく綺麗な心の持ち主だとぬくもりでわかった。嘘の匂いなんてしない……とても安心する。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る