第44話

「木の上から降りれなくなった猫を助けてたら、そのときに引っかかれてな」


「ね、猫ちゃんに?」


そのわりに引っかき傷には見えないんだけど。でも、深い傷ではなさそうだから良かった。黒炎くんが喧嘩してる? ってことはないとは思うんだけど。やっぱり黒炎くんのこと、まだまだわからないことだらけだ。


それがきっと嘘でもいい。私を傷つけないようにしてるんだよね。だけど、少しは私に弱みを見せてくれてもいいのに……と思う私もいた。


「朱里。そのピンクの浴衣、可愛いぞ。俺も浴衣着てくるべきだったか」


「あ、ありがとう。私服でも黒炎くんはカッコいいよ!」


私があれこれ考えている間に褒めるのはやめてほしい。さっきまで暗いこと思ってた私が馬鹿らしく思えてくるから。 

あれ? 私、勢い余って何言って……今の撤回したい。


「俺がカッコいい? 幼なじみとしてでも、その言葉は嬉しいな。アカリにもそう思われるようにもっと努力しなきゃな」


違う。本当は幼なじみとしてじゃないのに。でも、直接本人にカッコいいって言ったのは高校入って初めてだったりするのかな。いつも思ってるけど、それを相手に言うのって勇気いるし、なにより恥ずかしいんだよね。


だけど可愛いって言われたとき、なぜだか焔さんの顔と同じに見えたのはなんでなんだろう。


「……今日はゲームのアカリじゃない。幼なじみの朱里と夏祭りだもんな。ほら、行こうぜ!」


黒炎くんが“ゲームのアカリちゃん”って発言をするなんて珍しいな。何があったのかな? ってボーッと上の空だった私の手をグイッと引っ張る。


「ちょ……黒炎くん、私浴衣!」


わっとバランスを崩しそうになる私を優しく支える黒炎くん。


「危ね! 悪い、久しぶりのイベントごとに羽目を外しすぎた。大丈夫か?」


「うん、大丈夫」


転けそうになった私の身体を引き寄せ、怪我の心配までしてくれる黒炎くん。上を見上げると黒炎くんの顔が凄く近くて、私の顔はどんどん真っ赤になっていく。


こんなにも黒炎くんが近いなんて、絶対心臓がバクバクしてる。あれ……これ私の鼓動じゃ、ない? じゃあ、もしかして……。


「怪我もないみたいだし安心した。……ゆっくり歩きながら行くか」


「そ、そうだね」


今のって、黒炎くんもドキドキしてたってこと? そんなことあるわけない。


だって、黒炎くんの好きな人はアカリちゃんなのに。だけど、もし今のが本当にそうだとしたら……あぁ、勘違いするのはいけないことだってわかってるのに。


鼓動のスピードおさまれ……平常心、平常心と心の中で呟きながら歩く私だった。

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