第二三章 【レイカ】(2/4)

どれくらい経っただろう。

ウチらは駐車場の端っこで、どんどん人が集まてくるのを眺めてた。

ただの野次馬かと思ったら、手に手になんか武器みたいの持ってる。

そっか、ゲームの人たちが最終ステージの「死霊の塔」に集まってきたんだ。

残念でした。制服聖女エリ様はもういません。

ヒマワリ、ミワちゃん。ホントーにゴメンね。

ウチのボケは死ぬまで治らない。

って、ヴァンパイア、死なないじゃん。

でも、なんでその中に職員さんがいっぱいいるのかな。

あれって、ひょっとしてショーン? 総出だな。

さらにしばらくして消防車や警察の車が駆けつけた。

遅すぎでしょ。


 カリンとセイラとウチ、高倉さんのまわりに座ってる。

なんだか、高倉さんがコートの川田せんせーに見えてきた。

(「みんな、よく聞きなさい。

これはあんたたちのトール道だよ。

相手がどんなに強くっても、自分がどんなに傷ついてても、決して諦めちゃダメ。

メンタルを強く持って耐え抜いて、

頭を使って切り抜けるの。

そして勝利をもぎ取りなさい。

あんたたちならやれる。

挫けるな。

チームのみんながついてる」)

……川田せんせー、全部分かってたんだ。


ココロとシオネは? 

少しはなれた林のトコロに立ってる。

二人に支えられて白目むいてるあの男の子、誰?

「最後の仕上げの前にお話しておきましょうね」

 高倉さんが話し出した。

「最初に辻沢に現れた二人のヴァンパイアは、宮木野と志野婦。

双子というのは、もう」

「知っています」

 あ、ウチは。

「その宮木野というのが、私です。

そして、志野婦というのが、辻一、ミワさんの養祖父千福はじめ、本当の名前は与一といいます」

「お師匠さんが、宮木野さんなんですか?」

「じゃあ、あの銅像は高倉さん?」

「いいえ。あれは私の母です。母の名も宮木野といいます。遊女であったのは母なのです」

 おかあさんの名前を引き継いだってことだ。

「戦国の世のことです。

遊女だった母は父と出会い、身請けされて安穏に暮らしていました。

ところが父が長く留守にしていたある日、母は戦乱に乗じて暴れまわっていたヴァンパイアに殺され、村人の手によって山椒の木のもとに埋められました。

父は客死したのか、二度と戻ることはありませんでした。

それを知って不憫に思った高倉の養父が、母を供養しようと山椒の木のもとを掘り返したところ、母宮木野の遺体は生きたままの姿をしており傍で赤子の私と与一が泣いていたといいます。

高倉の養父は母の亡骸を地元の辻沢に運び墓を建て埋葬し、私たち姉弟を養子に迎えて育て始めますが、私たちは何も口にしようとしない。

ですが私たち姉弟はいつも穏やかで腹を空かしているように見えない。

不思議に思っていた養父は、ある日、寝かせておいた赤子のところに夜遅くに何者かが忍んでやって来ていることに気づきます。

訝しく思ってその者の後をつけると、墓場に入っていくではありませんか。

そして母の墓の前まで来るとその者は忽然と姿を消したといいます。

これはと思った養父が墓を掘り返すと、

棺桶の中には母宮木野が美しいままの姿で眠るようにしていて、

おおきく張った胸からは乳が垂れていたといいます。

私たち姉弟が何も口にしないのにお腹を空かせていなかったのは、屍人となった母宮木野が墓を抜け出して乳を飲ませにきていたからだったのです」

 宮木野お母さん、宮木野さんと与一さんが心配だったんだね。

「宮木野さんたちはいつヴァンパイアになったんですか?」

「私たちは後になってから人の血を浴びてヴァンパイアになりましが、そもそもの因子が植え付けられたのは母宮木野がヴァンパイアに殺された時、私たちをすでに身籠っていたからだと思います」

 そうなんだ。

「私たち姉弟はヴァンパイアになった後、辻沢の人たちに受け入れらるために契約を交わしました。我々は人を襲わない、代わりに村の人は我々をそっとしておくというものです。しかし残念なことですが、それは守られることありませんでした」

「やっぱり、血が欲しくなって?」

 ガマンするのって、マジ無理。

「違います。

人が約束を破るのです。

村に何か災厄が起こる度に我々のせいにされ、犠牲を強いるのです。

一時は根絶やしにされかねない勢いでした」

高倉さんが、役場に集まった人たちの方に目を向けた。

(「事実なんてどうでもいい。皆、誰かが処刑されるのが見たいだけだ」)

「幸い、我々には村の人に知られていないことがありました。男もヴァンパイアになるということです」

「与一さんは?」

「あの子は、小さなころから女の装束で育てられました。

ですからいつも可愛らしい女童の格好をしていました。

偶然それがよい目くらましになったのです」

 女装好きは血筋なのね。

ニーニーもウチの服着たがったからな。

ニーニーのセーヘキ、女装趣味。

フツー寝てる妹の服脱がして着ようとするか? マイメロメロのパジャマ。

「ホントに、可愛いらしいのです。あの子は。いまでもあの時のままなのが、せめてもの救いなのですが……」

 ため息ついてる。

「えっと、どこまでお話ししましたか。

そうそう、つまり、村の人がどんなに我々を贖罪羊にしようと、彼らが狩り出すのは女のヴァンパイアのみ。

400年しぶとくも生き残ることができたのは、男子が殺されることがなかったからです」

作左衛門さんも、お姉さんが殺されたから生きのびられた?

「時代が下って、宮木野と志野婦とは双子の女ヴァンパイア。

だからヴァンパイアになるのは女の双子という俗説が耳に入るようになって一番ほっとしたのは私でした。

弟や息子たちを守ることができると思ったからです」

それって。なんか。

「そうです。

それは間違いでした。

血筋を守るために女が犠牲となる。

おかしな話です。

ましてや、今は21世紀。

本当ならば、女性が大きく羽ばたく時代のはず。

けれど女性はいまだに虐げられている。

男はそれを知っていながら、知らぬふりで胡坐をかくか、気力をなくして引き籠るばかりです」

 ニーニーちゃんと聞いとけよ、って、いないけど。

「人は、誰かの犠牲になったり、遠慮して生きるものではありません。

あたりまえのことですが。

レイカ様、辛い思いをしている女性はたくさんいますよね」

ミワちゃん、ヒマワリ、ココロ、シオネ、セイラ、カリン、川田センセー、ユメカに宮木野さんも。そしてママだって。

でも、

「高倉さん、じゃなかった、宮木野さん。

ウチらはその分、メンタルが強くなってる! 

くじけないもん。

どんなことがあっても。切り抜けられる。

笑って明日を生きて行こうって思える!」

「レイカ様。いえ、我が娘よ。

あなたならそう言ってくれると思っていました。

だからこそ、私はあなたに頼みます」

 突然、巨大な爆発音が駐車場に響きわたった。

「与一を倒してください」

 高倉さんの後ろで、西棟と東棟が轟音と共に倒壊した。

ウチたちはそのもうもうと上がる土煙を呆然と見上げていたのだった。


 高倉さんが、ちょいちょいって手招きすると、ココロとシオネがゆっくり近づいてくる。

「この方たちの傷は、首筋に沿って穴が二つ」

 高倉さんが、セイラとカリンに耳打ちした。

カリンは立ち上がって、駐車場の紫キャベツに向かって走って行って、座席からバスケのボールと水平リーベ棒とを持って戻ってきた。

「ありがとうございます。ヒビキさん、お願いします」

 カリンが手にしたボールをオーバーヘッドパスで投げると、シオネが両手を上げてはっしとボールをつかんだ。

シオネをそのままにして、高倉さんが近づいて行ってカリンから水平リーベ棒を受け取ると、伸ばしたシオネの腋に押し当てて、そのままぐっと力を入れた。

びっくり。

水平リーベ棒が腋の下にずぶずぶと入っていく。

深さで言えば30センチくらい。

高倉さんはそれを引き抜いて、ウチらに水平リーベ棒を見せた。

半分くらいのところまで赤黒いものが絡みついている。

ウチはシオネのもとに行って腋の下を見ると、この間、柴草がついてると思った場所が傷口だった。


 今度は、セイラがココロの傍に立って、左の腕を持ち上げる。高倉さんはシオネにしたのと同じように、水平リーベ棒をセーラー服の半袖のすき間から差し込んで、ぐっと力を入れて押し込んだ。

こっちも30センチは潜ってゆく。

引き抜いた痕を見ると、シオネのとおんなじ傷があった。

「二人の致命傷はこの傷の方です。

首にある傷は、おそらく六辻会議に対する目くらましでしょう」

 どぃうこと?

「辻のヴァンパイアには、二種類います。

我々のような犬歯を牙とするもの。レイカ様もそうです。

もう一つは、前歯が牙となるもの。

前者は頸動脈に歯を立てて血をすすりますが、後者は牙を自在に操れるのでどこからでも吸血できます。

だから腋の下から心臓に直接牙を差し込むことも可能なのです。

その時傷はこのような鋭利な刃物で切り裂いたようなものになります。

いま辻沢にいるヴァンパイアでこの牙を持つのは、

与一だけです」

(「ぼく、とっとこネズたろーだお」(チュー))

「真犯人は与一だったんだ」

 それをミワちゃんのせいにするなんて、どんだけ身勝手な大人たちなんだろう。

「そうです。与一をかばうために六辻会議はミワさんを犯人に仕立てました。

女性が犠牲になるのが当たり前という思い込みのためです」

 非道い。

「ヴァンパイアとして、いいえ同じ大人として恥ずかしい限りです」

 でも、その大人の中にはママもいたんだよね。

ママがそんなことする?

ウチのわがままを厳しくしかったママが。

「レイカ様。これを、持って行きなさい。山椒の皮の毒が煎じつめてあります。普通のヴァンパイアなら一口で殺すことができるでしょう。これを与一に飲ませなさい」

これ、ウチの台所にあったペットボトル。

「((それはおまえのではない))」

 だ。でも、どうやって飲ませるの。ほれ、これ飲めや。って渡しても飲んでくれないよね。

「ヒビキさんは、レイカ様と一緒に行って、私が教えた義太夫をあの人に聞かせてください」

「え? まだちゃんと習得してませんけど」

 とカリンみは珍しくあせったように言った。

「大丈夫。義太夫を聞かせれば、きっとあの人は稽古を付けようとするでしょう。稽古を付けているあいだは集中しているので雑事は気にならなくなっています。

レイカ様は隙を見て、与一の右手の床にこのペットボトルを蓋を開けて置いてください。

義太夫語りは、高座でも右手の床に湯飲みを置いていて、演技中にそれでのどを潤す習いがあります。

与一も習いで必ずそれを口に含みますから、その時一気に飲ませてください」

「「わかりました」」

 とはいえ大丈夫なのかな。

これから行くとなると、ウチのアドバンテージ、ガン無視じゃない。ザ・デイ・ウォーカーなのに。

日が昇ってからじゃダメなのかな。

「与一は用心深いので、日中の居場所など探しても分からないでしょう」

 そういえば、高倉さんと観た映画のヴァンパイアって前歯型のやつだった。手強かったな、あいつ。

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