第二章 【レイカ】(8/8)

 初出勤、じゃなかった初トーチョーです。てか、ここの皆さん帰るの早すぎるわ。定時きっかりだもん。まだ全然明るいってのに。もう、役場にだっれもいないんじゃね? ウチの上長にいたっては、定時十分前に机の上片づけだして、チャイムと同時にダッシュで退所されました。でも、ミワちゃんは暗くなるまでいてくれて、仕事の引き継ぎと注意事項を伝えてくれた。いろいろ言ってくれるんだけど、ミワちゃんのそばにいると、あんまり頭に入ってこないんだよね。すっごくいい匂いがするんだよ、ミワちゃん。そのせいかな。

「レイカ。聞いてた? いま大事なこと言ったよ」

「はーい。聞いてましたー」

「それから、ここではウチはなし。ちょっと子供っぽすぎだよ」

「はーい。ミワかーさん」

 懐かしいよ、この呼び方。女バスのころは、みんなのおかーさんしてたよね。


 一人になって2時間か。まいったな。役場の夜ってなんか怖い。誰もいないのにヒソヒソ声がする。蛍光灯が突然点滅し始めたよ。階段を昇る足音が。キャーって感じで楽しんでます。怖いの大好き。ゾクゾク大好き。映画とか怖いのしか観ない。一番好きなのが、ヴァンパイアもの。ウチが好きなのは、ちょっと前のやつだけど『ブレイド』。パパのコレクションにあったやつ。NBAの選手みたいにガタイのいい主人公はデイ・ウォーカーっていって太陽が平気な究極のヴァンパイアで、育ての親と一緒にヴァンパイアハンターをやってるんだよね。そいつが日本刀使いで、ヴァンパイアをメッチャメチャにやっつけるのが爽快なんだよね。その日本刀ってのが、超やばい。ひと薙ぎで10人くらいぶった切れるの。敵が知らずに柄を握ると逆に指を切られる仕掛けまでついてて、エグすぎ。


 やっと十時か。暇だなー。誰も来なさそーだから、ちょこっとの間だけ、そこのコンビニで買い物して来よ。さすがにこの時間になると外の方が涼しい。風に乗って田んぼの匂いがしてる。でも、カエルの大合唱聞こえないよ。夏だよね、今って。季節間違えたかな。あれ? おお! カップル熱愛中。駐車場の隅っこでわざわざゴクローサマです。ひゃー、女の子が彼氏の肩にシナダレかかっちゃってる。早速、勝手にキャプションターイム!

(蚊の鳴くよーな声)「ばか。ばか。マー君のばか。ウチの気持ち知ってるっしょ」

(太い声)「もちのんさ。ミキとにっしょにこの町出る決心がついたにょ。ミキのこと絶対、はのさないにょ。ズズー」(鼻つまってる)

(上ずった声)「う、うれしー。金ピー夫」(問題あるのでピー入れときますね)

なんてね。ん? あの女の子、バスケのユニホーム着てる。ウチのコーコーのじゃね? ふふーん。後輩だ。いーねー若い子は。って出歩くの遅すぎだろ。最近のJKってばまったく。

こんなこと言うってことは、ウチもついにオバサンだね。あーやだやだ。

「ピンポロローン。いらっすぁすぃー」

 お、オレンビーナ・スカンポあるよ。いつまで続くんでしょうね、雑草ジュースブーム。あとはっと、お腹すいた時用にドカ盛り白桃ゼリー買っとこ。

「すぷにれむぃすぃかー」

 え? あー、スプンね。お願いします。

「さえなくよにうえぬりすー」

 374円。レジ見りゃ分かるけど。あれ、やっべ、スマフォ忘れた。なに手ぶらで来てんだ、ウチ。まって、たしか、胸ポッケにゴリゴリカードが。あったー、あせったー。

「これで、お願いします」

「っれにくぁとすまねー」

 すでに理解ふのー。これにかざすっと。

ゴリゴリーン!

 よかった、入所記念のゴリゴリカード持ってて。てか、このカードのデザイン、制服女子ってどーよ。いったい誰の趣味? でも、これ成女工冬バージョンなんだよね。辻女の欲しかった。

「ピンポロローン。あいがっすぃー」

 あのお兄さんの日本語、きっとギャラクシー方言だ。あれ? さっきのカップルいないな。まいっか。オープンカーがもう然と駐車場から出きた。おっとっと、あやうく轢かれるところだったぞっと。カップルの片割れだ。外車乗って金髪でポニーテールって、ちゃらスギ。大学生かなんか? 後輩さん乗ってなかったみたいだけど、チャリかな。見当たんない。あ、いたいた。びっくり! 歩きだよ。オイオイ送るだろ、ふつー。彼氏はバカか? 後輩さん、よたよたしてないで早くお家帰んないと。大丈夫かな? おーい チャッチャと帰れー(小声)。やなこと想い出しちゃった。ヒマワリ、シオネ、ココロ。三人とも部活の帰りにいなくなっちゃったんだ。

……あの子大丈夫だよね。


 この町役場、無駄におっきいなあ。赤ちゃんのお鼻っていったのはテッカイします。どっちかーつーと、おっさんのちん(ピー)。大変失礼しました(レイカ反省)。

「トゥインタワーっての? トゥ、トゥイ、トゥ、トゥインタ、トゥインタワー。言いにくい」

 何階建てだろ。八階? 十階か。てっぺんに載ってるでっかい円盤、何だろあれ。町がピンチになったら、町長さんがあの円盤乗って逃げちゃうって設定?

 ふーん。ギジドーっていうんだ。なにするところかな? 持ち場に戻りましたっと。あれ? ミワちゃんが書いてくれたメモ用紙がなくなってる。ここ行っちゃダメの地図だったのに。どっかしまったんだっけ。まいっか。西棟と東棟って、このフロア以外全部のことだから。それくらいはおぼえてられるっしょ。


 ノビノビー。んー、キョダツー。もうすぐ夜明けだ。やっぱオールはつらい。はやく慣れないとね。ミワちゃん、今日は早めに来てくれるってから、あと少しのシンボーだ。しかし眠い。おっと、人が入ってきたよ。おはよーございまーす(小声)。入口遠いからこっちに気が付いてなさげだけど、誰あれ? こんな早い時間に。東棟にあがって行った。あ、また来た。あ、また。頭の薄いおじさんばっか。ウチには全然見分けつかない。まただ。おはよーございますー(無声)。セーラー服? 待って、今のおじさん、セーラー服着てなかった? まさかね、ウチもソートー疲れてるんだ。偉い人たちだね、きっと。こういうところの偉い人って早いんだね。ウチのイナカも捨てたもんじゃないな。


 そろそろ七時半だ。あ、ミワちゃんの車。早いー。うれしー。ありがたいー。視界から消えた。職員ってどこに車停めんだろ。あ、ミワちゃん来た。手、振っちゃお。ミワちゃーん。振りかえしてくれた。あの手提げカバン、ミッフィーだ。お弁当かな。

 あーあ、結局食べなかったよ、ドカ盛り白桃ゼリー。そっだ、きのう貰ったラテ・オオバコのお返しにミワちゃんにあげよっと。あー、ミワちゃん桃だめだった。まゆまゆはまだ2カ月だから、こういうの食べられないよねー。うーん。どぅしょ、これ。

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