第35話 夢、幻、Nightmare
更に進み、大きな交差点に着く。
「じゃあ俺はここで」
いつも井上兄妹との待ち合わせ場所にしている信号。三人と違うマンションに住む卓也は同行するのもここまでだ。
立ち去る三人の背を見送り、卓也はふと学校の事を思い出す。
先月の事件、卓也のクラスメートと担任教師がキャリアーとなった事件だ。
その事件で一番被害者が多かったのは卓也のクラスだった。他のクラスにもコウモリキャリアー、松田を虐めていた生徒はいた。だがその大半が同じクラスの佐久間を中心としたグループだった事もあり、被害者は決して少なくはない。黄川田千夏がこのクラスに編入したのも、人数調整も理由なのだろう。
「本当、人間ってのは…………」
嫌な奴。そんな言葉が頭を過る。
彼らがいた頃は松田を嫌悪し、彼が虐められていても影で嘲笑っていた。その反面不良グループも迷惑がり、彼らが亡くなったら悲しむふりをしながら喜ぶ。
更に転校生が来れば沸き上がり、彼らの死を忘れさる。中には佐久間がいたら虐めそうだから死んで良かった……等と言い出す生徒もいた。
卓也はそんな声に嫌気を感じながらも、彼自身も自分に不快感があった。
彼は松田や佐久間達不良グループの死を喜んではいない。そもそも彼らの最期となったのは自分だ。キャリアーやベクターとなった彼らに治療と言う名の止めを刺したのだから。
喜んではいない。だが悲しんでもいない。
心が動いていないのだろうか。文字通り、植物のような心になってしまったのかと考えると恐ろしさに締め付けられる。
(止めよう。こんな事考えても…………)
考えれば考える程悪い方向に思考が向いてしまう。それが元々なのか、この身体になったからかは解らない。
だが余計な思考は確実にマイナスの方向に向いてしまう。
卓也は軽く頭を振ると自宅へ向かい歩き出す。その足取りは重く引き摺るようだった。
一方三人は同じマンションへと向かい歩いていた。二葉が話し掛け千夏が応える。そして一馬は途中で相槌を打ちながら二人の間を繋いでいた。
ふと千夏が足を止める。彼女の視線の先にあるのは一軒のペットショップだ。朝、登校する時はまだ開いていなかったが今は営業している。
そのショーケースの中、ハムスターの入ったガラスケースを千夏は無言で凝視する。
「………………」
ペットショップには何の異変も無い。だが中のハムスターは様子がおかしかった。何かから必死に逃げるように壁をよじ登ろうとしている。もしくは、壁を壊そうと引っ掻いているようにも見えるだろう。
「…………ゴクリ」
千夏は無意識の内に唾を飲み込む。
ペットショップの中、そこにいたハムスターやモルモット達、小動物が騒がしくなる。店員は少し騒がしい程度にしか思っておらず、動物達の様子にめんどくさそうにため息をついている。
(…………あれ?)
何故だかとても引かれる。無性に、吸い込まれるように、今まで感じた事の無い感情。
何かが自分の中でざわついている、心の奥から沸き上がる。
「…………千夏ちゃん?」
声が聞こえるが頭に入らず、言葉を認識できない。完全に意識が別の方向を向いている。
「千夏ちゃん!?」
「っ!」
肩を叩かれ千夏は我に帰る。意識が身体に戻り、覗き込んだ二葉の顔が視界を埋め尽くす。
「どうしたの、ボーっとして。なにかあった?」
「あ、いや……」
言葉を詰まらせながら目が泳ぐ。どうにか頭を動かし言葉を選らんだ。
「ハムスター…………可愛くて。つい……」
「ああ、成る程ねぇ」
二葉も納得したようにペットショップの方を見る。彼女が見た時には動物達は静まり、何時もの店内へと戻っていた。
「おーい、行こうぜ」
一馬の呼び掛けに二人は再び歩き出す。千夏も先程の事を忘れるようにするも、一度だけペットショップの方を振り向く。
何かがおかしい。
マンションに着き、エレベーターに乗る。井上兄妹が先に降り、千夏は一人で上に昇った。
十一階にある一室。黄川田の表札が書かれた扉を開けて中に入る。
「ただいま」
「お帰りなさい」
リビングに入ると一人の女性がテレビを眺めていた。千夏に似た小柄な中年女性、彼女の母親だ。
「学校どうだった?」
「うーん…………上手くは、やってけそうかな? 同じマンションのクラスメートもいたし」
「あら。それは良かったわね」
「うん」
千夏は軽く頷くと鞄と上着をソファーに置く。そして急ぎ足で洗面所に向かった。
袖を捲り手を洗おうと蛇口から水を出す。水がシャワーのように流れてくる。
(何でだろう…………)
手を洗いながらふと先程の事が思い浮かぶ。
(何で……何で可愛いいじゃなくて………………美味しそうって思っちゃったんだろ)
あの時、彼女が抱いた感情。それは食欲だ。
ハムスターは基本的に愛玩動物。愛でる事こそあれど、食用では無い。
なのに何故かそう感じてしまったのだ。
「疲れてるのかな? あー、でも漫画でネズミ食べてたからそう感じた……っ!」
手が止まる。
何時ものように家から帰ったら手を洗う。そして手をタオルで拭き、捲った袖を戻した。
たったそれだけの事、日常の一部。だが、彼女は己の手を見て驚愕する。
「何……これ?」
手首から先、それが人間の手ではなかった。
黄色いしわくちゃの肌、鋭く伸びた黒い爪。まるで鳥の足のような手がそこにあった。
「え…………え?」
何が何だかわからない。人間ではないモノへとなっているのか、理解が追い付かなかった。
フラフラと壁にもたれ掛かる。
「ハァハァ…………あう」
ふと何かに気付く。
「う…………そ」
鏡だ。洗面所なのだから当然ある。だがそこに映されていた物が問題だった。
丸い灰色の羽毛に包まれた頭、嘴のような鼻、黒い白目の無い目。フクロウのようでありながら口元は食い縛った人間の髑髏のようだ。
「これ…………私?」
首から下は学校の制服だ。フクロウの化け物が学生服を着ているかのような、アンバランスな風貌をしている。
「何? 何なの?」
後退りながら尻餅を着く。
痛い。心臓があり得ないくらいの速さで鼓動する。
何が起きてる? 何故? この姿は何なのだ?
自分が自分でなくなっている。その感覚が全身を這いずり回る。
「千夏?」
「っ!」
ドアが開けられ母親が覗き込む。
ダメだ、嫌だ、見られたくない。そう思っても遅かった。既に母と目が合っている。
「…………あんた、何してんの?」
「え?」
よく見ると手は元に戻っている。立ち上がり鏡を見ると自分の顔がそこにあった。
今のは何だったのだ? ただの幻か、はたまたただの見間違いか。
ただ彼女はある事が頭に思い浮かぶ。一月程前、高熱で寝込んだ日から目がやたらと良くなり、夜目がきき日中が眩しく感じていた事を。
そう、それはフクロウのような目だと気付いたのだった。
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