症例二:翼を持つ者
第30話 少女の引っ越し
晴れた日の昼下がり、雲一つ無い明るく青い空。日曜日な事もあり街中には人で溢れ、車の走る音が辺りに響いている。
一軒のマンション、その一室である段ボール箱が積まれた部屋から一人の少女が外を眺めていた。
髪を一本の三つ編みにまとめた小柄な少女だ。身長は百五十あるかどうか。机に置かれた高校の教科書が無ければ中学生にも見えただろう。
彼女は細めた目で窓の外を見ながら口を開く。
「…………あっ、転んだ。もう、歩きスマホなんて危ないなぁ」
ため息を漏らしながら段ボール箱に手を伸ばし、中に入っている本を取り出し棚に並べる。
それは全て漫画だった。一冊ずつ作者事に五十音順に几帳面に丁寧に仕分けていく。
「この棚もいっぱいかも……」
そう呟きながら空になった段ボール箱を畳む。一枚の板になった段ボールは部屋の角に置かれ、次の段ボール箱を開ける。
中の衣類、小物等を出し片付けていると部屋の扉をノックする音がした。
「千夏、ちょっといい?」
「何、お母さん?」
外からは女性の声が聞こえる。千夏と呼ばれた少女は手を止め外の女性、母親に応えた。
「買い物お願いしたいのよ」
「お姉ちゃんは?」
「お父さんの手伝いで行っちゃったの。お母さんもちょっと出られなくて……。千夏、お願いできないかな?」
少女……千夏は部屋を見回し数秒考える。残りの荷物を確認し、スマホを開き時間を確認した。
充分今日中に終わる量だ。多少用事が追加されようと問題は無い。
「いいよ。今開けたのを終わらせてからでも大丈夫?」
「ありがと。リビングにいるから、終わったらお願いね」
「はーい」
母の足音が遠退き、千夏は片付け途中の段ボール箱の中身を机に置いていく。
ふと、何気なく窓の外を再び眺める。そして細めた目を少しだけ開け外を歩く三人の人影を見ていた。
三人の内の一人、少年が手を振り離れ残された一組の男女が千夏が住むマンションへと足を運ぶが見える。
本来なら気にもしなかった三人組だ。だが千夏は彼らから目が離せなかった。何故なら三人が彼女が週明けから転入する高校の制服を着ていたからだ。
同じ学校に通う、同じマンションに住んでる人物を見かけた。それだけで不思議な縁を感じてしまう。
そしてもう一つ気になった事があった。
「…………今の人かっこ良かったなぁ。やっぱり美男美女ってくっつくもんだね。それに比べて……」
部屋に置かれた姿見鏡を見る。
顔は不細工……ではないと思っているが、とびきりの美少女だなんて高飛車な事も言いはしない。ただこの小柄な身体には少なからずコンプレックスがあった。中学生に間違えられたのは数知れず、時には小学生扱いされた事もあるのだ。
母親似だと己に言い聞かせるも、年頃の少女としては気にするのは当然だろう。
「まっ、いっか。買い物行こう」
ため息をつきながら部屋から出て行こうとする。
彼女は知らない。先程見掛けた男女は同じ井上と言う名字を持つ双子の兄妹である事を。
そして井上兄妹も気付いていなかった。自分達の住むマンションから見られていた事を。その相手が地上から約三十メートル離れた十階の部屋から覗いていた事を。
「忘れ物、無いかな?」
部屋を見渡す千夏の目、大きく見開いた黒い瞳が揺れる。
一度だけ瞬きをした次の瞬間、眼球全体が黒く変色したような、瞳が巨大化したたような……そう、まるでグレイと呼ばれる宇宙人をイメージさせる目に変化する。
「って、お金とか貰うんだから大丈夫か」
もう一度瞬きした時にはその目に異変は見られず、千夏は目を細めたままゆっくりと扉を閉じた。
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