第17話 調べられる側
翌日、いつものように登校した卓也は教室を見渡し松田を探す。だが彼の姿は見えなかった。
(まだ登校していないのか?)
彼の机には何も置かれていない。だから外にいる訳でもなく、まだ登校していないのが解る。
自分の席に向かうと、その隣には既に美咲が座っていた。彼女はいつものように読書中であり、卓也に気付いてはいないようだ。
「おはよう」
卓也の声に美咲は本から目を離した。
「おはよう藤岡君」
卓也も座り、カバンを机に置く。
「昨日、先生に相談したよ。ただ、高岩さんの事は話していない」
「そう……」
美咲は興味無さそうに返事をする。いや、本当に彼女は興味無いのだろう。美咲の都合も理解しているが、人々の為に戦う彼女がこんな態度をするのが解らなかった。
「少し冷たくないか? 一応クラスメートだぞ」
卓也の言葉に美咲は本を閉じこちらに振り向く。
「そうね。私も心配だし、佐久間さん達の事は快く思っていないわ」
「なら……」
「けども私が対処すべき事じゃない。私達は本来ただの高校生なのよ。勿論、私も彼女達を放置したくないけど……」
一瞬躊躇うように言葉を詰まらせる。そして周りを気にするように見回し、声を小さくする。
「こんな事言いたくないけど、私達が本気で喧嘩でもしたらどうなるか……想像出来るでしょ? グローバーである私も身体能力は高いし、藤岡君ならもっと不味い事になるわ」
美咲の言い分に押し黙る。
万が一怒りに身を任せてしまったら、自分はキャリアーとしての力を振るってしまうかもしれない。そうなれば何が起きるか、想像に容易い。
それは美咲も同じだ。
「うぐっ……」
彼女の言葉に反論できなかった。このまま自分が関わり続ければ、佐久間達ともめ事に発展する可能性は高い。それ程彼女達に憤慨しているのだ。
卓也も松田を守る為、暴力に走る事は否定出来ない。あんな連中を自由にするなんて許せないからだ。
卓也は自分の手を見る。
今は普通の高校生として対応しなければならないら、植物のような青臭い身体に、力を入れれば掌から花が咲く。それが今の卓也だ。
感情のままに動けばボロを出す可能性もある。そうなれば今の生活は確実に失う。
そんな言葉の出ない卓也に、美咲は少しだけ笑みを向ける。
「けど、先生に話したのは間違ってはいないわ。教師に頼るのが一番だもの」
「まあ……。そうだけど」
いまいち納得しきれなかった。頭では解っているし、自分の選択は間違っていないとも思っている。しかし元来持ち合わせていた正義感のせいか、自分がやらねばといった感情が残っている。
卓也は机に突っ伏したまま頭を掻く。
「高校生らしく対応するしか無いのか…………」
常人を超えた力を手に入れようと、それを正しく使わねば意味は無い。卓也はため息をつきながら松田が登校するのを待った。
しかしいくら時間が経とうとも彼は登校して来ない。寧ろ、遅刻ギリギリで佐久間達ギャルグループが現れ、その数秒後に山本が教室に入って来る。
「はい、皆さん席に戻ってください。ホームルーム始めますよ」
彼の呼び掛けに応じ、生徒達は自分の席に戻って行く。その中に松田の姿は無い。
「では、出席取りますよ。井上一馬さん」
「はい」
一人、また一人と呼ばれ、卓也や美咲も返事をする。
(やっぱり……来るのが辛いのかな)
昨日の事のせいで登校し辛いのかもしれない。そんな言葉が頭を過る。
充分あり得る話だ。暫くは学校に来ないかもしれない。そう考えると彼と話すチャンスは無いだろう。
卓也はモヤモヤした気分のまま、ホームルームを終え教室を出た山本を追う。
「先生!」
「藤岡君、どうしましたか?」
振り向いた彼はいつものような笑みを浮かべたままだ。
「松田は、今日来てないんですか?」
「ああ……。松田君ですね。実は……」
山本の表情が変わる。いつも笑顔な彼と違い、眉間に皺を寄せて顔をしかめている。そんな表情を見たのは初めてだ。
「ご家族に連絡をしたのですが、家にいないようでして。お昼にも電話してみますが……」
そう言う彼は困ったように頭を掻く。
「一応佐久間さん達は、今日放課後しっかり話します。藤岡君は気にしなくて大丈夫ですよ」
「はい……」
「じゃあ、授業も始まるから教室に戻ってください。私も仕事があるので」
「あ……」
いまいち負に落ちないが、このまま話していても意味は無い。授業だって始まる。
そそくさと急ぎ足で立ち去る山本の背を見ながら、卓也は肩を落としながら教室に戻るのだった。
その日の夜。学校を終えた卓也は病院を訪れていた。卓也の身体、ヴィラン・シンドロームの調査の為だ。
「………………ふぁ」
卓也は欠伸をしながらベットに寝転がり、身体中に電極を着けている。しかしその姿は植物人間、キャリアーに変身した状態だった。
琥珀のような目はだろう開いているのか閉じているのかは解らない上、食い縛ったような口も微動だにしない。感情を見せない、人形のような印象を与える。
そんな彼を観察する医師、特に間近で検査機器を操作する技師はビクビクしながら卓也のデータを取っていた。
「遠藤君、そんなに怖がっては卓也君も困るだろう。それに美咲君がいるのだから心配は無用だよ」
「は、はい……」
医師達の中心には博幸がコーヒーを片手にパソコンを眺めていた。彼の態度は余裕綽々といった様子で、機材から送られるデータを満足そうにチェックしている。
そんな彼の向い側には、美咲が教科書片手に勉強していた。腕にはあの変身用の腕輪が着けられている。
「しかし、君の身体は不思議だ。変身前まだ人間に近い肉体だったのに、今では植物その物なんだよね」
「自分でも驚いてます。血だって、変身したら透明になってましたし……」
卓也の身体は見た目通り、動物ではなく植物として形成されていた。生やした花からは蜜が取れ、血液は透明になり、樹液のような琥珀色の粘液も採取された。
正に今の身体は一本の樹木と言えよう。
こんな身体であろうと、この数日で慣れてきたせいか悲愴感に浸る事も少なくなってきた。その慣れが良い事なのかは判断出来ないが、精神的に楽になっているのは確かだ。
卓也は勉強する美咲に視線を移す。
「あー。俺も宿題やらなきゃ」
「今日はこれで終わりだから、もう少し待っててくれ。折角だから、美咲君も手伝ってあげたらどうだい?」
「…………考えておきます」
美咲は一瞬顔をしかめるものの、直ぐに自分の勉強に戻ってしまう。
彼女の集中力は凄まじい。授業中も眉一つ動かさずにノートを取り、必死に講義の内容を頭にたたき込んでいた。
それもそうだ。美咲は所謂ヒーロー活動をしながら学校に行っている。いつ現れるかも解らないキャリアーやベクターと戦い、影ながら人々を守っていたのだ。
以前、何かの映画で見た事があった、ヒーローと日常の両立の困難さに悩んでいた主人公を思い出す。美咲の大変さは相当なものだろう。
「ヒーロー…………か」
卓也は寝そべったまま真上を向く。
自分は何をしているのだろうか。確かに病気の解明の為にこうして検査に協力している。しかしこの身体には美咲達グローバーと同じ、発症者に有効な抗体が流れている。それをただの検体としているのは勿体無い気がしてきた。
(俺は…………このままで良いのか? 俺だけが……)
この病気の解明の為に協力している自覚は有る。しかしそれだけだ。美咲のように誰かを、この病気から皆を守る為に行しているとは思えなかった。
美咲だけではない。グローバーは世界中にいて、彼らは今も発症者と戦い続けている。
丁度検査が終わり、電極を外され身体が自由になる。そのまま卓也は変身を解き、ベットから降りた。
(…………よし)
何か決意したように拳を握る。そして博幸の所へと向おうとした瞬間、部屋に備え付けられた電話が着信音を鳴り響かせた。
「私だ」
博幸が電話をいち早く取る。軽い相槌をうちながら頷くと、彼の表情か険しくなる。
「美咲君、キャリアーだ」
キャリアー。以前遭遇したネズミ怪人とは違う、もっと力を持ち人間の知性を残した怪人だ。
それがこの近くに現れたのだ。
「了解。直ぐに対処します」
教科書を閉じ、机に置いて立ち上がる。彼女の瞳もまた、鋭く刃物のような眼光を放っていた。今の美咲は一人の戦士だ。
「卓也君はここに残ってもらうよ。キャリアーが君を狙う可能性があるからね」
「…………」
卓也は頷かずに数秒間口を閉ざす。視線だけは下を向き、拳を強く握り締めた。
「俺も行かせてください。俺も、戦います」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます