第15話 差し伸べるのは手か爪か

 ホームルームを終え、帰り支度をしていた卓也達にいつものように井上兄妹が声を掛ける。


「帰ろうぜ卓也」


 本来ならこのまま三人で帰路に……となっていたが、今日は違う。この数日休んでいた間のプリント等を貰う予定があった。

 二人には申し訳無いが今日は断らせてもらう。


「すまん、これから先生に用があってさ。山本先生と後で職員室で待ち合わせてんだ。だから先に帰っててくれ」


「えー。すぐに終わらない?」


「無理だな。用意が終わるまで待っててくれって言われたし」


 時間になったら職員室で、そう言われていた。だからすぐには終わらせられない。


「仕方ないじゃないか。行こう二葉」


「むぅー。あ、そうだ。美咲ちゃんはどう? 一緒に帰らない?」


 呼ばれた美咲はゆっくりと振り向く。


「ごめんなさい。今から用事があって……。また今度誘って」


「うーん、残念だな」


 肩を落とし項垂れる二葉を一馬が宥めた。カップルにも見えるその姿に微笑ましさと羨ましさが入り雑じる。

 一馬に連れられる二葉を見送ると、準備を終えた美咲が立ち上がった。


「さよなら。ああ、あと……」


 周囲を見回し誰の視線も無いのを確認し、そっと耳元で囁いた。


「昨日の発症者……キャリアーが街中にいるから気をつけて。私や藤岡君は発症者に狙われ易いんだから」


「わかってる」


 自分が怪人となれるとしても、危険からは逃れるのが一番安全だ。

 しかし卓也自身は少しだけ……自分の力を奮いたい、人々の為に戦いたい、自分がヒーローのようになれるチャンスだと考えてしまった。頭の片隅に現れた気持ちに怒りが涌き出る。


「……何かあったら連絡する」


 昼休みに二葉だけでなく卓也と一馬も連絡先を交換した。緊急時は呼べば良いだろう。

 先日の事から時間も経ち今更と少し思ったが、連絡先を知っていて損は無い。

 美咲は無言で頷くと足早に教室から立ち去る。


「少し散歩してから行くか」


 時間になったら来てくれと言われている。教室で待つ必要は無いのだ。その辺を適当にぶらつき、時間になったら職員室に行けば良い。

 卓也はカバンを手に教室から出て行く。


 生徒達とすれ違いながら廊下を進み、靴を履き替え外に出ると校舎の周りを一周するようにぶらぶらと歩き始めた。

 校舎裏に引かれるように歩く。木が生え土のある場所は心地良い。


「こんど山にでも行ってみるかな。しかし、本当に好みが変わったな俺。木なんか今まで眼中に無かったのに……」


 ゆっくり歩きながら葉の臭いを堪能するように深呼吸をし、校舎の裏な事もあり人影も無くなってきた。

 角を曲がろうとした時、聞き覚えのある声が耳に入る。


「ごめんね高岩さん。わざわざこんな所に来てもらって」


 クラスメートの松田の声だ。卓也は校舎の影に隠れ声のする方を覗く。そこには松田と長髪の少女の後ろが見えた。その少女は美咲だった。

 松田の対峙するように立つ美咲の表情は伺えないが、松田は意地汚いにやけた顔で歩み寄る。


「…………話って何?」


 弱冠いらついているような、ドスのきいた声色に一瞬怯みかける。だが笑みを崩さぬま彼女に手を差し出す。


「僕と付き合「ごめんなさい」は?」


 告白、交際の申し出。しかしその言葉を言いきる前に美咲はバッサリと切り捨てた。

 影から見ていた卓也も美咲の即答にズッコケそうになる。


「付き合うとか恋愛する時間も無いし、そもそも興味無いの」


 彼女の言う通り、美咲はグローバーとしてヴィラン・シンドロームと戦っている。そんな彼女に恋愛を楽しむ余裕など存在しない。

 普通の人生や高校生活を犠牲にしているのは悲しいが、世界の為、人々の為に彼女は戦わねばならないのだ。


「ちょ、何故!? 君は何を考えてるんだ! 正気か!?」


「……何かおかしい? 私は恋愛をしない、だから松田君と付き合わない。たったそれだけの話じゃない」


 松田は断られた事を想定していなかったらしく驚いている。そんな彼を美咲は冷徹な声で突き放す。


「お前みたいな地味な女、僕が相手してやらなかったら誰とも付き合えないじゃないか。僕のみたいな優秀な男が付き合ってやるって言ってるんだぞ!」


 卓也は開いた口がふさがらなかった。

 松田の顔立ちは悪いとは言えない。成績も上位だ。しかし彼は美咲に好意が有ったからではなく、彼女を見下し簡単に付き合えると思っていたのだ。

 彼女と言うステータスか身体目当てかは解らない。しかし彼の下種な物言いに怒りが沸いてくる。

 しかしこれだけ好き勝手に言われながらも、美咲は何故か冷静だった。


「あら、残念ね。私みたいな地味女なら、こんな自分を好きになってくれるなんてーって簡単に食いつくとでも?」


「なっ……」


 完全に図星だったのか言葉を失い後退る。しかしそれでも彼は食い下がった。


「う、うるさい! いいから僕と付き合うんだ! お前だって……」


「あのねぇ……」


 焦っているように声を荒げる松田に対し、美咲は飽きれたように深くため息をつく。そして軽く頭を掻くと松田の背後、その先の木を一瞬睨む。


「そんな傲慢な態度じゃ女の子は振り向かない。それに私は怖じけて首を縦に振るような子じゃないの。それに……」


 美咲の声色が変わる。今までと違い少し落ち着いた、宥めるような声だ。


「松田君、無理矢理言わされているんでしょ」


「……っ!」


(は?)


 卓也も思わず声に出そうになった所、ギリギリで口を押さえ声を殺す。

 この告白は彼の本心ではなく、強制されたもの。何故? どうしてそう思ったのか? そんな疑問が頭を過る。しかしよく考えると納得はいく。

 彼を蔑む者はいる。クラスメートの佐久間のように。


「始めから解ってたの。ねえ、そこにいるのバレてるよ」


 そう美咲が睨んだ木へと話し掛ける。するとその裏から一組の男女が姿を現した。


「マジか。バレてたとは思ってなかったんだがな」


「ブスのクセにうざいなぁ。イラつくわー」


 クラスメートの佐久間と、髪を茶髪し制服を着崩した少年だった。そして佐久間の手にはスマホが握られ、どうやらこの状況を撮影しているようだ。


「おい、カス。折角童貞卒業する切っ掛けをくれてやったんだから上手くやれよ。てかお前みたいなキモいやつが付き合うのは無理か」


「じゃあさ、今やれよ。うわっ、キモ田とブス岩がやるとかゲロりそー!」


 嘲笑う佐久間達に松田は震えながら拳を握りしめる。そしてキッと美咲を睨み付けると、ゆっくりと彼女ににじり寄る。息は荒くなり、次第に頬を吊り上げにやけた笑みを見せた。


「…………本気?」


「抵抗しなければ少しは優しくしてやるよ。僕が相手してやるんだから、ありがたく思え」


 少しでも彼を庇護しようと思った事に後悔する。今までの傲慢な物言いも本心なのだと落胆する。


「馬鹿みたい」


 そう呟くがその声は松田の耳に届いていなかった。


「声を出すんじゃないぞ。君の為でも……」


 肩に手を置きそのまま押し倒そうと力を込める。流石に卓也もこのままでは不味いと飛び出した。

 その瞬間。


「ふっ!」


 美咲は即座に松田の手首と衿を掴む。そしてそのまま彼を背負い投げで地面に叩き着けた。


「がっ!?」


 松田も何が起きたのか解らなかった。気がついた時には自分は宙を舞い、背中に激痛が走っていたのだから。

 卓也はその光景に目を見開く。女子高生が自分よりも背の高い男子を投げたのだ。

 しかし美咲はグローバーだ。ただの高校生である松田が襲った所で返り討ちに合うのは当然の結果。

 よく考えれば心配する必要など無いのだ。

 ちょうど後ろに投げた事もあり、顔を上げた美咲は飛び出してきた卓也に気付く。


「…………あら、見ていたの?」


「あ、ああ……。たまたまな」


「そう。…………で、二人はどうするの?」


 卓也がいた事に興味は無いらしく、美咲は佐久間達を睨む。眼鏡の奥からギラつく鋭い眼光に佐久間はたじろいだ。


「松田君と私をくっ付けて何か企んでいたみたいだけど残念ね。それに、襲わせた所を録画して脅迫でもするつもり?  まあ、全部無駄だったみたいだけど」


 拳を握り構える。どこからでもかかって来い、そんな台詞が聞こえそうな威圧感を醸し出していた。

 只者ではない雰囲気に佐久間は驚き恐れた。美咲が武術を嗜んでいるのは彼女にも解る。


「ちょ……ヤバくね? ねぇ蓮司、どうすんの?」


 その力が自分に向けられそうになっている事に危機感を隠せない。地味な風貌だからと侮っていたが、想定外の出来事に佐久間は完全に怖じけずいている。

 しかしそんな彼女と逆に、蓮司と呼ばれた不良少年は落ち着いている。


「……いや、今日は充分な収穫がある。喧嘩しても旨味は無いからな」


 笑みを浮かべたまま彼はその場から立ち去る。


「残念だったな松田。やっぱお前はゴミのままって事だ」


「ちょ、蓮司待って」


「おい!」


 佐久間が蓮司を追い掛け、二人はその場を立ち去る。そんな二人を卓也は追い掛けようと走り出すが、美咲が腕をつかみそう引き止める。


「元凶が解ってるんだから、後回しでも問題無いわ。それよりも松田君から話を聞きましょ」


「…………ああ」


 倒れた松田に近づき、彼を起こそうと手を差し出す。


「松田、立てるか?」


「……チッ!」


 しかしその手に触れる事も無く立ち上がり、制服に着いた土を払う。苛立っているからか、制服を叩くように強く、鼻息を荒げている。

 そんな彼に美咲が話し掛ける。


「私は松田君を責めたりはしないわ。無理矢理やらされてたんでしょ? まあ、貴方の言動に問題もあるけど」


「なあ、俺これから先生に用があるからさ、一緒に…………」


 正直彼の行いは悪そのものだ。美咲を見下し邪な思いを持っていたのは事実。しかし、それでもこの事件は佐久間達が原因だ。二人が焚き付けなければこんな事は起きなかっただろう。


「ふざけるな……高岩も藤岡も、お前達みたいな下等な奴が僕を見下しやがって!」


 彼の瞳は激しい怒りを映していた。自分は悪くない、悪いのはお前達だと訴えている。


「高岩! お前が僕と付き合ってれば全部丸く収まったんだ!」


「「………………」」


 何を言ってるんだ? そんなツッコミを入れたくなるような態度に言葉を失う。

 彼のプライドが全てを台無しにしていた。被害者であったはずなのに、何が彼をこんな考えに至らせたのか、卓也達には理解出来ない。


「藤岡もだ。お前みたいなゴミが僕を助ける? 自惚れるなよ」


 悪態を吐きながら松田は何処かへと走り去ってしまった。

 彼の言葉にただ呆然としてしまい、気付いた時には二人だけが取り残されていた。


「…………あそこまで行くと職人魂すら感じるわ。周りを見下さないと呼吸出来ないのかしら。マグロみたいに」


「俺も訳わかんねぇよ」


 どっと疲れが出たような気がする。しかし卓也は職員室に行く時間な事に気付いた。


「高岩さん、俺これから……」


「行かない。呼び出しとかで仕事に支障を来すし面倒だもの。被害も無いし、私の事は言わないで」


「え?」


 そう言って美咲も足早に立ち去る。

 確かに美咲には被害も無く、またあんな事があっても返り討ちにするだけ。この事を話せば教師から呼び出されるし、それでグローバーとしての活動が阻害される可能性もある。

 理解はしていたが、卓也としては見逃せない。しかし立ち去る美咲に反論する時間も言葉も彼には無かった。


「どうしよう…………」


 卓也はただ一人、頭を悩ませ突っ立っている事しか出来なかった。

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