第13話 打ち勝つ者と受け入れる者
人々を掻き分け街中を疾走する二人。急げ、速くと走る美咲を追いかける。予想以上に速く走る美咲に驚きながらも卓也は追い付いていた。
卓也は決して遅い訳ではないが、以前よりも足が速くなっているような気がした。
美咲と自分の身体能力に少し気を取られていたが、次第に人影が少なくなってゆくのに気付く。ビルの影、路地裏へと訪れていた。
「……この辺りね」
美咲はメールを確認し辺りを見渡す。
「藤岡君、自分の身は自分で守ってね。今回はキャリアーなんだから」
「わ、解った」
卓也の緊張に身体が強張る。
前に遭遇したネズミの怪人とは違う。ベクターと違いどんな生物の力を有しているか解らない。人の知性を維持しており、能力をフル活用し襲い掛かってくる。
ベクターは戦闘員、キャリアーは怪人。そう区別するのも納得出来る。
「こっち……。監視カメラに写っていたのは向こうよ」
腕輪を着け周りを警戒しながら路地裏奥へと歩き出す。どこから現れようとも対応出来るように身構えながら進み、卓也も後ろからゆっくりと歩く。
キャリアーやベクターは抗体を持つグローバーを探知する能力がある。つまり相手からはこちらが接近しているのが丸解りなのだ。それに比べ卓也達はそんな便利な能力は持っていない。
卓也が植物なのも問題だった。人間よりも優れた嗅覚、聴覚を有している生物ならば探知も可能だっただろう。
しかし今は自分の目と耳だけが頼りだ。周りを注意深く探りながら進む。
「…………ストップ」
「!」
角を曲がろうとした所で美咲に制止される。一瞬だが角の先に何かが見えた。
「高岩さん……」
「誰か倒れているわね」
見えたのは人の足だった。正確には下半身だろう。こんな場所で、しかも倒れているのならキャリアーに襲われたのかもしれない。
「助けないと」
「待って」
思わず飛び出しそうになった卓也を引き止める。
「何でだよ。誰か倒れているんだぞ」
「落ち着いて。感染している可能性もあるし、罠かもしれない」
「罠?」
卓也は思わず首を傾げてしまう。
確かに倒れている人が感染し、近づいた所で暴れ出す可能性もある。しかし罠と言われると疑問だ。
「よく考えて。キャリアーがもしわざと放置していたら? それに近づいた所、背後から襲い掛かるなんてあり得るでしょ?」
「確かに……」
「中には保護色で姿を眩ませたり、空から狙える能力を持っているキャリアーもいる。警戒して損は無いわ」
美咲の言う事は最もだ。自分も敵の立場なら、囮として利用していただろう。
それにキャリアーは様々な動物の能力を有している。もし鳥型キャリアーなら、今上空から狙っているかもしれない。カメレオン型だったら、今まさに背後に忍び寄っている所だろう。
ならばどうするのが最適か。卓也は顎に手を当て考える。
「……なぁ、俺が先に見てみるよ」
「ダメ、危ない」
「だけど俺の方が身体は頑丈だし再生能力もある。何かあっても俺なら耐えられるだろ」
美咲は少し考える。
そうだ、彼の言う通りそれが一番安全だ。キャリアーとしての生命力、蔦や根を利用した防御力。不意打ちだろうと生存するだけなら卓也の方が上だ。
「……わかった。後ろは任せて」
美咲がため息混じりに促くと卓也は前に進む。角を一歩踏み出すと同時に彼の身体を根や蔦が球体に封じこめる。
植物型キャリアーへと変身した卓也は倒れた人物に接近した。
それは黒いスーツ姿の三十代くらいの男だった。
「うっ……」
思わず後退ろうとしてしまう。
胸に刺さったストローのような褐色の針。泡を吐き白目を剥いたまま、男はそのまま死んでいた。この針は毒針だったのだ。
(っ! 来るか?)
怯んでしまったのは失態だ。しかしそ!は敵にとってチャンスでもある。
周りを見回すが何も起こらない。
「…………いない……のか?」
「そうみたいね、良かった」
振り向くと美咲がすぐ側まで近づいていた。彼女も辺りを警戒しつつも、外敵を察知していなかった。
「さてと……」
美咲は男の前にしゃがみ、ハンカチで針を摘まむ。
「なるほどね」
「何かあったのか?」
変身を解き卓也も美咲の側に寄る。
「これ」
美咲が見せたのは男に刺さっていた針だ。その針の真ん中から先は消滅している。緑色の粘液に変貌していたのだ。
卓也も知っている。抗体により溶けた発症者の身体と同じ反応だ。
「溶けてるって事は……」
「この人、グローバーみたいね」
針もキャリアーの肉体の一部、だからウイルスが含まれている。そしてそれが溶けている事は、この男が抗体を有している証拠だ。男の身体に刺さった際に血中の抗体が反応したのだろう。
しかし毒は別物。毒には耐えられない。
「キャリアーに見付かって、そのまま殺されたって所ね。折角ウイルスに打ち勝てたのに……」
美咲は悲しげに顔を伏せる。
助けられれば仲間に出来たはずだ。 残念だが気持ちを切り替えねばならない。
一方卓也はこの惨状に疑問を感じていた。
「なあ、この人が狙われたのはグローバーだからってのは解るけど、こんなに簡単にやられるか?」
グローバーは通常の人間よりも高い身体能力を有している。そう簡単にやられるとは思えない。
そんな卓也の疑問に美咲は呆れたようにため息をついた。
「確かに身体能力は高くなってるわ。けどね、事情も知らない人が襲われて対処出来るお思う?」
「あ…………」
「それ所か、何の装備も無い状態で戦える? 変身しないヒーローが怪人に勝てないでしょ」
何も反論が浮かばなかった。
主人公のように戦えはしないし、怪物相手に立ち向かえない。資格を得た所で都合良く武具を手に入れられるとは限らない。
自分は特別……否、身体の事等、状態が特殊だったから美咲相手に立ち回れたのだ。
それとも、自分の方が狂っているだけなのだろうか? こんな状況に慣れてしまったのだろうか? 気持ち悪い。嫌な気分になる。
「藤岡君?」
「ん? ああ、ごめん。ちょっと考え事してた」
「そう。処理班もすぐに着くから、一応警戒はしておいて」
卓也は軽く頷くだけで口を閉ざす。
こんなに簡単に人が死ぬ光景に頭がこんががる。この人が助かるにはどうすれば良かったか。
最近増えた失踪事件もヴィラン・シンドロームが原因だろう。こんな事件をこれ以上増やしたくない、この病を倒さなければならない。
もっと世間が知り、人類一丸となって立ち向かえば良いのではないだろうか。
「高岩さん。ヴィラン・シンドロームは何で公表されてないんだ? 皆が知っていれば感染を防ぐ事も出来るだろ。隠す方がおかしいと思う」
美咲は卓也の方を振り向き腕を組む。
「藤岡君の疑問も解るわ。けどよく考えてみて。人と変わらない姿で社会に溶け込み、人類に敵意を持っている。もし隣人がそんな怪物で、それを隠して生活していたら?」
「…………怖いな」
「そう。それこそ魔女狩りと同じような事が世界中で起きるかもしれない」
美咲の言う通りだ。人の姿をした怪物をあぶり出す為に何が起きるか。そんなの歴史が解りやすい例えを残している。
周りを疑いながら生活し、自分が怪物と思われないよう怯えながら生きる。そんな世界になりかねない。
「あり得る……な」
「私も考えた事があるわ。今の状況がもぐら叩きみたいなのも心苦しいもの」
発症者が姿を見せた所を対処するだけ。根幹そのものを叩けない現状に苛立つのも無理はない。予防するワクチンも無い、元の人間に戻る手段も無いのだ。
「だからこそ藤岡君が必要なのよ。新しい症例、感染者、そこから何か発見があるかもしれないんだから」
「…………だよな」
頭を掻きながら近づいてくるサイレンの音に耳を傾ける。
こんな事件は速く終わらせなければ、自分の役割を全うすべきだと己に言い聞かせる。自分自身も元に戻る為に。
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