第5話 ヒーロー対怪人

「ちょっ待っ! 物騒なもんはしまって、話を!」


 このままではどうなるか、火を見るより明らかだ。おそらく彼女は卓也の身に何が起きたか知っている。そして怪人の討伐が目的だ。


「問答無用!」


 駄目だ、会話の余地も無い。このまま何もしなければ殺される。

 彼女の手には刃物。それも普通の武器ではない。赤い光を放つ刀なんぞ聞いた事が無い。当たれば命の保証は無いだろう。


「ハッ!」


 迫り来る美咲。何がなんだかわからないが、卓也も大人しく切られるつもりは無い。

 赤い刃が弧を描き、卓也を頭から真っ二つにしようとする。その瞬間、卓也は前に踏み出し、刀を握る手を抑えた。


「っ!」


「この……」


 美咲の手を掴み力の限り引き寄せ投げ飛ばす。

 予想外の動きに美咲はバランスを崩し、前のめりに倒れそうになるが、踏みとどまりすぐさま振り向く。


「おらっ!」


 間いれず卓也は拳を握りしめ殴り掛かる。

 狙いは刀を握る手。彼女自身を殴る事は出来ない。あくまで武器を落とし対話に持ち込むのが目的だからだ。

 しかしその狙いも読まれていた。左手で防がれ、乾いた金属音が響く。

 拳を受け止めた事で卓也の動きが止まる。その隙を狙い、美咲は刀を突出す。


「危……!」


 身を反らし避け、続けて振り回す斬撃を避けた。一回、二回とと振るわれる刃を潜り、刀身の側面を殴り軌道を反らす。

 自分でも信じられない。身体が反応し動くのだ。こんな早く振るわれる刃物に対応出来る自分に驚きを隠せない。


「ちょこまかと……っ!」


「そらっ!」


 斬撃の間を抜けて反撃の拳を繰り出すが防がれる。しかし卓也は止まらない。止まれば美咲に攻撃の機会を与えてしまうからだ。

 武器と言う圧倒的なアドバンテージを取られている以上、懐に潜り込み刀を振るわせないのが最善の手段だろう。


 こんな状況なのに不思議な位に身体が思ったように動く。

 確かに卓也は父から格闘技を学び、一般の高校生よりかは鍛えてはいるだろう。が、あくまでスーツアクターを目指し、殺陣の勉強としての格闘技だ。もし本格的に鍛えている格闘家と試合をすれば勝てる見込みは無い。

 命の危険といった状況なのに、冷静に刃物の対処を行い、教えられた通りに拳を振るえる。不気味ではあるが、今はそれに頼るしかない。

 卓也は身体を大きく捻ると、勢いに任せ回し蹴りを繰り出す。


「はぁ!」


 右足が美咲の顔をギリギリの所で掠めた。彼女は一歩下がりながら避け、その隙を狙い即座に踏み込む。

 しかし卓也は勢いを止めず、続け様に右足を軸に左足で逆回し蹴りを放つ。


「なっ!?」


 予想外の動きに驚きも、美咲は済んでの所でガードする。だが卓也の身体能力は人の力を超えている。

 美咲の身体は大きく蹴り飛ばされた。


「くっ」


 地面を転がり衝撃を逃がしながら距離を離し体制を立て直す。


(こいつ、格闘技でもやってた? 動きが素人じゃない……けど)


 彼女が今まで戦った相手とは動きが違う。身体能力や怪人としての力に頼るような戦い方ではない。そしてその体術に違和感を感じていた。

 明らかに格闘技の心得がある。しかし先程の回し蹴りといい、相手の挙動一つ一つが大袈裟なのだ。

 確かに大きな動きは当たれば威力がある。しかし実戦を考えれば隙が大きいだけで、この動きは魅せる事を意識した型のようだ。


「そうか、俳優か」


 これは殺陣の動き。見栄えを重視した体術と見抜く。

 そうと解れば恐れる必要は無い。


「けど、ごめんなさい。貴方の最後の舞台に、私は出演する気は無い」


 刀を握る手に力が入る。


「違う、話を聞いてくれ高岩さん!」


「!」


 何故名前を知っている? その疑問に美咲は構えを解きかける。


「…………貴方、誰?」


「こんな見た目で信じられないだろうけど、藤岡だ。隣の席の藤岡卓也だよ」


「え?」


 美咲は驚きのあまりに言葉を失う。目の前の怪人の正体がクラスメートだなんて思ってもみなかった。

 だがそれならこの体術に納得出来る。スーツアクターを目指している彼なら、格闘技を学んでいても不思議ではない。


「なあ教えてくれ。俺に何が起きているんだ? 高岩さんは……それを知っているんだろ?」


「………………」


 美咲は押し黙り視線を下げる。

 数秒の沈黙が流れるが、美咲は意を決し刀の切っ先を卓也に向ける。


「ごめんなさい藤岡君。でも貴方も感じているのでしょ? 私への嫌悪感を」


「……?」


 何かがおかしい。お互いの話が噛み合っていない。まるで卓也が美咲に敵意を抱いていのを前提としているようだ。

 確かにこんな風貌の怪人と対峙し、クラスメートと言われ信用出来るか? 答えはノーだろう。だがそれだけが原因とは思えない。


「高岩さ……」


「さようなら藤岡君。せめて、クラスメートとして……私が貴方を倒す」


 彼女の声色から心苦しさを感じられる。しかしその敵意は決して衰えはしなかった。

 何が彼女を戦いに駆り出すのかわからない。だがこれだけはわかる、彼女は使命感により卓也を殺そうとしている。そしてその事に罪悪感を抱いているのも。

 これ以上言葉を交わすのは絶望的だろう。

 駆け出す美咲から発せられる敵意に恐ろしさを。話の通じぬ現状に憤りを感じる。


「やるしかないのかよ!」


 赤い斬撃を必死に避け、少しずつ後退する。

 この状況でも、美咲を傷付けずに済む方法を卓也は必死に考えていた。

 一番良いのは距離を離しなが移動し、全力で逃げる事だろう。しかし逃げ出した所を背後から切られる可能性が高く、美咲の方が速ければ無意味だ。


(考えろ、何か打開策は無いのか?)


 公園へと移動しながら距離を離す。息も途切れかけ、集中力も尽きかけている。このまま避け続けられるかも時間の問題だ。

 美咲はそれを察してか、追撃の手を休めない。


「逃がすか!」


「ぬぅっ?」


 振り下ろされた刀を手を掴み受け止めるが、卓也は膝を着きジリジリと刃が眼前に迫る。


(何か……俺に無いのか?)


 自身は植物の怪人。それなら植物としての力があるだろう。残念な事に、植物の能力は主人公として少ない。花はヒロイン向けだし、木は賢者や老年の仲間のイメージがある。

 それでも必死に今まで見てきた特撮怪人を思い出す。木や花。動物より少ないが、確かに存在しヒーローと戦ってきた植物怪人達、その能力を。

 植物の強靭な生命力と寿命から得る知恵。根や蔦、葉を武器とし、中には毒を使う者もいる。

 使える保証も無い、使う感覚がわからない。しかし今は自分の肉体を信じ、そのイメージに希望を託すしか道は無いのだ。


「やってやる! こんな所で、死んでたまるか!」


「!」


 右を離し手の平を美咲の顔に向ける。手の平からは花が咲き、黄色い花粉を撒き散らした。


「ぶっ? 目潰しか!」


 視界が塞がれ突飛ばされる。

 怯みはしたものの、バイザーを拭い刀を構え直す。


「次!」


 卓也が地面に手を置くと、美咲の周囲に何本もの太い蔦が生えた。一本一本が鞭とも蛇とも言えるように動き彼女に襲い掛かる。


「本性を見せたか、キャリアー!」


 四方八方から迫る蔦を避け、切り払い的確に裁く。


「いける……イメージ通りに、力が使える!」


 何故使えるのかはわからない。これはまるで手足のように、直感的に、本能的に能力が使える。少なくとも、美咲に対抗する術がこの手にあるのだ。

 喜ぶのも束の間。蔦が一本、また一本と切り落とされ、美咲の包囲が解かれた。

 美咲は切っ先を卓也に突き付け叫ぶ。


「ウイルスが藤岡君の夢を汚すな! これ以上……藤岡君の身体を弄ばせはしない!」


「ウイルス?」


 卓也の手が止まる。

 ウイルス。つまりこの怪人となった現象は病気なのか?

 心当たりは……あった。今日の高熱、体調不良。これがその兆候だったのだろう。


「今だ!」


 卓也の動きが止まった隙を美咲は見逃しはしない。

 注射器を取り出し左手の手甲、そのスロットに差し込む。


『オーバードーズ』


「え……」


 何が来るのか瞬時に理解する。美咲が必殺技を放とうとしているのだと。

 今までで一番の大技、当たれば即死。必ず殺す技と書くのだ。考えただけでゾッとする。


「喰らえ!」


 全身から蒸気を吹き出しながら刀を凪払う。その軌跡に添うように、赤い巨大な光の斬撃が放たれた。

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