Each

 コロニー『ブレイズ』の巨大スクリーン前。尚もスタークとマーキュリーの戦闘は続けられていた。存在そのものが奇怪な人造人間であるスタークには疲労など見られなかったが、マーキュリーの呼吸は次第に荒くなっていた。


「おーっ動き遅くなってきたな」


 変わらない他人事の喋りは挑発も兼ねていた。ワン自身はそんなつもりは毛頭無かったのだがマーキュリーには効果がある。彼は盾を模した氷を右腕に装着していたものの、スタークの凶悪な左腕の攻撃にはただ受け止めるだけが精一杯。


「まずいな……」

「今なら私が加勢したら勝利は確実ッ」


 スクラップを詰め合わせた左腕が盾に衝撃を加えた瞬間、マーキュリーの盾は腕ごと一瞬だけ跳ね上がる。がら空きとなった胸部にはスタークの右の掌が向けられた。そこにあった発射口に灰色の光が集まり、エネルギー弾が瞬く間に発射される。


「終わりです!」


 勝利宣言を口にしたスリーは見守っていただけであり、ワンとツーだけでも充分だという事の証明でもあった。

 しかしエネルギー弾がマーキュリーの腹部へと駆け出し、最後の一撃が決まろうとしていたその時。マーキュリーの足元から吹き出した火炎が壁となるように防御をこなし、エネルギー弾は消滅を遂げてしまった。


「あー?」


 戦闘が終わらなかった事を面倒に思ったのか、ワンはため息にも似た声を発していた。彼らスタークの目線の奥には、座りながらも右手をかざしていたマーズが。


「これで大丈夫かマーキュリー?」

「ああ、これなら……【D&ドロップ】を使う!」


 今までマーキュリーは防戦一方で、盾で必死に防いでいた事にスタークらも違和感も覚えてはいた。だがワンは怠惰、ツーは傲慢な性格。スリーは嫉妬深かったものの、攻撃する暇も与えなければいい、と三人は考えていた。


「これが俺の【D&ドロップ】……“受け止めた攻撃を蓄積させ、追尾性能のある氷を精製する”能力だ!」


 叫びと同時にマーキュリーの盾は上に向かってすっぽりと抜け、スタークへと仕返しするように急降下を始めた。


「フッ……『紫色』の能力を忘れたか!? “生命の無いものに自我を芽生えさせ、思い通りに操る”力を! この【ミスター・トラブルメーカー】で氷を撃ち返してくれる!」


 だがスタークも怯まず、ツーの解説と共に左腕のアッパーによる迎撃が行われた。人造人間の精密な計算能力によって導き出された拳は、向かってきた盾の下腹部に見事直撃し跳ね上がる。更に衝撃によって粉々に砕け散り、スタークら三人は笑顔を浮かべた。


「この氷は全て僕達の思いのまま……さあ、蜂の巣になってしまいなさい!」


 上空に広がる無数の氷を見てスリーは命令を下した。しかし、それに従いマーキュリーへと飛んで行った氷はたったひとつまみ程度。それもマーズが放った炎にかき消されてしまっていた。


「あー!?」


 珍しく驚いたワンは首を傾げ、状況を呑み込もうとするが答えには辿り着けそうにもなっていない。


「氷を砕いてしまったな……? お前らの命令に従うのはだけだったみたいだな!」

「なっ……貴様!」


 ツーと同様、他の二人にも困惑が広がる。【ミスター・トラブルメーカー】の能力が氷全体に行き渡る前に砕け散ってしまった事で、スタークは自分の首を自分で絞めてしまう結果となった。

 先端が鋭く尖った氷は真下のスタークへと再び舵を切り降下を開始する。


「……これで時間は稼げるはずだ。今のうちに退くぞ!」


 マーキュリーは時計回りで振り向き、後ろで座っていたマーズと並ぶようにしゃがんだ。肩を貸してくれるのかとマーズは勘違いしたが、実際はおんぶへと移行する途中。抵抗する気力も残っていなかったため、マーズはまるで子供のようにマーキュリーの背に乗った。


「あ……すまない」

「礼は後だ、まだ氷が向かってくるかもしれないから後ろ見といてくれ。ちっさいから気を抜いた炎でも溶かせる」


 素っ気ない態度だったが、信頼して背中を預けている事も解り口答えする気には彼もならない。言われた通りにスタークの状況も確認していた。


 能力を使っても大して意味が無いと考えたスタークはひたすら防御に徹している。しかし迎撃をしようものならまたしても氷は増殖し攻撃の勢いを高めてしまう。出した答えは、収まるまでただ耐えるだけ。


「くっ……このまま逃がしてしまうんですか」


 自身への反省と諦めも含まれた呟き。機械の体はそう簡単に壊れるものではないが、一発一発は貧弱でもそれが重なれば話は別。装甲が厚い左腕で出来るだけ多くの氷を防いでいた。




「多分、もう追ってはこないな……」


 安堵し呼吸のペースも通常へと戻りつつあったマーズはマーキュリーの耳元で報告した。


「ありがとな。お前がいなきゃあのままエネルギー弾腹にぶち込まれて俺は殺されてた」

「いや俺の方こそ……」


 予想外の感謝にマーズは数文字の反応しかできていない。彼はこれまでコスモの他に人とはここまで密着した事などは無く、どう返せば良いかなんて分かってもいなかった。


「いいかマーズ、俺がこれから移そうとする行動は『復讐』と似たようなものかもしれない。大切な人が殺されて、それに対する復讐……本当はそんな事、したくはないが」

「……それの何が気に入らないんだ? プルートを恨むのは当然な気はする」


 自己を満足するための復讐を肯定するようなマーズの発現。それを聞いたマーキュリーは走る速度を少し下げ、まるで言い聞かせるように話し始める。



「俺は『復讐』自体を否定する気はない。ただプルート……あいつの思い通りになりたくないだけなんだ。だから俺は利己的な『復讐』じゃなく、大義のための『復讐』を実行する。嫁を殺された恨みなんかじゃない、これ以上犠牲者を増やさないため俺はプルートを倒す……! 全てプルートの思い通りになんて嫌だ……」



 口ではそう言ってはいたが、やはり残っていた悔いはマーズも感じていた。しかし同時に、自分たちを踊らせていたプルートに対しての恨みは少し薄れ、マーキュリーと同調していく。


「そうか……マーキュリーはすごいな。俺も着いていって良いか?」


 マーズは自分との器の差を実感していたが、彼に近づく事も決心した。同じにならなくていい、良い所を真似るだけでいいと。


「とりあえずお前の屋敷に行って後の事は考えるぞ、良いな?」

「あーいや……俺の家、今燃えてるんだよ。ちょっと消火も手伝ってくれないか?」

「…………は?」




 *




 コロニー『カロン』にある刑務所は、度重なる人造人間の爆発によって混沌を極めていた。更に近くで起爆された事で拘束を解かれた、または牢から脱走する囚人も続出した。


「なんでオレサマは出れないんだよ〜!?」


 しかし独房に叩き込まれた一人の女性は嘆いている。十三神将だったドボラックだ。ベージュ色のパーカー、その下には黄緑色のシャツを着用しておりズボンは緑色。彼女はつい先程この厚い扉の向こうに閉じ込められたため服装は捕まった時そのままだ。右の膝裏には包帯が巻かれている。


「スキンクァ~……ウラヌスって奴が言ってたけど、プルートに倒されたって……あぁ早く行かねぇと! でもカプセルも押収されちまったしどうすりゃ……」


 扉に両の拳でもたれかかり、自身の無力さを痛感していたその時。唐突に鉄の扉は開かれた。


「うおぉ!?」


 内側に動いた扉に突然衝撃を与えられ、部屋にあったベッドまで吹き飛ばされたドボラック。そのまま入り込んできた男性三人は彼女を見つめ大きく頷いた。


「な、なんだお前ら……悪いけどオレサマにはスキンクァっていう心に決めた女が!」


 性的な目的で侵入してきたと盛大な勘違いから、ドボラックは慌てた言動を繰り出した。しかし男の一人は黙ったまま右手を差し出す。掌には緑色のカプセルが乗せられていた。


「俺らはポセイド海賊団の船員だ。船長は一人でモルドールに行って、その結果……」


 理解できない自分語りをし始めた男に困惑はしたものの、ドボラックはさっとカプセルを奪い取るように受け取った。


「……よく分かんねぇけどありがとな」

「礼は後でしてくれ。今はとりあえずこのコロニーから出て……スキンクァって人と合流しないか? 人造人間はきっと俺達人類を殲滅させようと目論んでるはずだ。船長はあいつらに従ったけど……もう死んだ。俺達も用済みだって事で始末されるかもしれない」


 ポセイドがウラヌスに着いて行った事しか知らない船員達は“人造人間が人類に対し反旗を翻し、ポセイドはそれに巻き込まれて死亡した”と推測していた。コスモやユニの共存の意思は彼らには伝わっていない。


「と、とにかくスキンクァのとこまで行けばいいんだよな? 『ブレイズ』の屋敷まで……!」




 *




 同じく『カロン』、撮影スタジオがあるモルドールのゲート前。灰色の壁に『茶色』のサターンは無言でもたれかかっていた。相変わらず俯きながらフードで顔を隠しているため表情は伺えない。


「……! それ以上近づかないで」

「かなり冷たいね、反応が」


 焦土と化したモルドール周辺の様子に躊躇いもせず、内部へと足を踏み入れようとしているのはプルートだった。彼はサターンの5メートルほど前方で立ち止まり、固い表情は変えず淡々と話す。


「通してくれないかな……」

「ダメ。コスモの邪魔をさせたくない」

「コスモ? へぇ……へぇそうなんだ」


 サターンの返答を聞いたプルートはニヤリと笑みを浮かべた後、手で口を抑え笑いを耐える。彼を不気味に感じたサターンは苦虫を噛み潰したような顔になってしまう。


「何が可笑しいの?」


 勇気を振り絞り彼女は問いかけた。ただでさえ心配なコスモの名を出され動揺しているのは明らか。



「もう死んだよコスモは」



 食い気味で放たれたその一言は、サターンの口だけでなく身体を震えさせるには充分だった。


「え……?」

「君のせいだね、簡潔に言うと。君は本気を出せばギャラクくらい簡単に殺せる実力を持っているのに……まさか顔を見られたくないって理由で助けにもいかないなんて」

「う、嘘……コスモが死んだなんて、信じない…………」


 サターンは震えを抑えようと自分の体を両腕で締め付けるが、その隙にプルートは近づいた。そしてタブレット端末にあの場面の画像を映し出す。


「これを見ても嘘だとまだ言えるかい?」

「え、あ…………」


 素直に目線を誘導されてしまった彼女の目に映ったもの。それはユニバースの目線から見たコスモが殺された直後の光景。目は虚ろであり口からは液体が流れ出ている。


「あっああ……コスモ、私のせいで……?」

「そうだね、じゃあ通らせてもらうから」


 膝から崩れ落ち気力を無くしたサターンの横を、プルートは感情の篭っていない言葉と共に通過していく。まるで死んだ時のコスモと同じ顔色となってしまったサターンは、ただ宇宙そらを見つめるのみ。


「ごめんなさい、コスモ……私が勝手に“会う資格がない”だなんて決めつけて……私が駆けつけていればっああ…………嫌ぁぁぁ」


 小さい声と涙はほぼ同時に溢れ出した。

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