Revenge

 高らかに拳を突き上げ、勝利宣言とも取れる発言を繰り出したギャラク。彼の白い髪はとっくに崩れており、威厳は無いが覚悟は感じられた。


「……ギャラク。貴方はやっぱり、一人で背負いすぎてる気がするね」


 僕の体を借りてヴィーナスさんは言ったが、悠長すぎる気もした。今にも殺されそうな雰囲気だというのに。


「私は貴方を止めたかったから敵対したの。……もう、言葉ではどうにもならないって分かったから。これ以上あなたが苦しむのを見てられないし……ここで、倒させてもらう」


 もはや僕の中でしか生きていない彼女なのだが、既に死んでいる人間とは思えないほど決意は熱く感じられた。おかげで、傷を負ったけれどなんとか立ち上がれそうだ。


「僕とヴィーナスさんの『復讐の意思』を同調させる、そうでしたよね?」


 ロッドを杖のように扱い、尚且つポセイドの死体に体重を委ねる事で、足はもつれたが体勢を立て直す事はできた。


「うん、プルートさんもそう言ってた。……本当は人類を犠牲になんかしたくなかったけど、プルートさんの話と私に埋め込まれたチップのおかげで、決心がついたんだ。これは人類全体に対する『復讐』なんだって」


 ヴィーナスさんの言っている事はいまいちピンとこなかったが、やはりプルートが鍵を握っている事に間違いはないようだ。

 僕は再度ロッドを右手で持ち上げ、ギャラクを見つめ恨みを募らせた。



「例えどんな理由があろうとも、人造人間を手にかけた事実に違いはない。人造人間もみんな、それぞれ意思を持った生物なんだ……! 『殺し』という重罪を償う方法は『死』! それしか見当たらない!」



 半ば言い聞かせるような感情で言い放った。だけれど本当の事だ。それに最初から決めていたはずだ、ギャラクを打ち倒すのだと。僕はポセイドの背中を左手で強く掴み、力み始めた。


「ああそうだな、償う方法は確かに死ぬ事くらいしか思いつかない。だが死ぬのは今なんかじゃない、もっと先……人造人間を殲滅した後だ。もう、人造人間が原因で人が死ぬのは……見飽きたんだよ! お前たちが一人残らずいなくなれば、その記憶と共に俺もこの世から消え失せるとしよう!」


 堂々とした自殺宣言の後、ギャラクはスタスタと歩き向かってきた。早歩き以下のスピードで遅いものの、威圧感は変わらず持ち合わせている。自分で命を投げ出したいくらい、『予見』という名の悪夢は辛いものだったらしい。


「……コスモ、見てて」


 小声でそう呟いたと同時に、左手を背後に隠し僕は走り出した。視界の奥ではロディがウラヌスへと近づいていた。


「こしゃくなぁ!」


 僕の小さな独り言がギャラクには聞こえてしまったのか、氷の弾丸が四つ創り出され発射される。今度はヴィーナスさんには任せず、僕自身が四つの弾丸をロッドで一つずつ叩き落とす事で対処した。


「今度こそ……!」


 先程は両手で防御されてしまったが、今回は横にロッドを振る形だ。十分に近づいてからギャラクの右腕を狙い振り抜くと、ある程度予想していた結果が待ち受けていた。

 ギャラクはあえて何もせず右腕でそのまま打撃を出迎える。


「これしきの痛み……っ! 20%の【ひっぱり愛】を!」


 力の限りを込めたんだ、骨にヒビくらいは入っているだろう。風の威力も強めてしまうが隙も発生している。僕がロッドしか武器を持っていないと思ったら大間違いだ。


「させない!」


 隠していた左手に持っていた武器で、僕はギャラクの黒いスーツに思い切り突きを繰り出した。心臓を狙った一撃だったが、寸前で彼も気づき左手でそれを庇った。


「なっ!?」


 左の掌を貫通し、先端が胸へと触れただけだった。銀色に光るその武器は、ポセイドが使っていたサーベル。目標を仕留め損なったため僕はサーベルを引き抜き、ギャラクの手の肉を傷つけながら血を浴びる。


「ぐおおっ」


 これは流石のギャラクも痛みによる喘ぎ声は我慢できなかったみたいだ。負傷した左手を慰めるように、右手で押さえ込み始めた。しかし同時に氷も空中に創り出されたため、迂闊に追撃することは叶わなかった。


「貴様……いつからそれを!」

「……僕、ポセイドの背中を掴んでたでしょ?」

「……ハッ! まさかあの時!?」


 珍しく間抜けな反応をギャラクは見せてくれた。今の僕は右手にロッド、左手にサーベルだ。常人なら一人の意識で二つの武器を操る事は至難の業だろう。

 しかし、僕には……


「ヴィーナスさん、右手とロッドの制御は任せます」


 彼女が居た。ヴィーナスさんに身体の一部を任せ、他は全て僕が担当する。この体を長く使っているのは僕の方だから、きっと上手くいくはず。


「やはりユニバース、お前は人を殺す事になんの躊躇いもないな……!」


 ギャラクの恨みが篭った声と同時に、僕の前世の事も改めて思い出す。生まれたばかりの妹であったドボラックが贔屓され、それに苛立った僕と使用人の四人が彼女を殺害しようとした……そんな内容だった。


「今の僕は、前とは違う……」

「だがお前は、俺が前に会ったお前とほぼ同じなんだ! 自身の理想を突き通すためには他者の意見など聞き入れず……襲ってきた以前のお前とな!」


 何も言い返せそうにない。僕は以前の僕の事なんて知らないが、ギャラクは実際に会い敵対していた。今の僕に弁明の余地なんてない。


「……確かに、ギャラクから見たら僕は変わっていないかもしれない。でもね、明らかに一つ違う所はあるんだ……!」

「なんだと?」

「前の僕はギャラクに負けたけど……今の僕は勝ってみせるんだ! それが、明らかに違う所だよ」

「貴様……!」


 挑発は効果的のようで、震える頭と体をギャラクは動かし始めた。氷のつぶては五つ創り出され、更にそれらの背後には緑色の風が漂う。一気に発射しスタジオの壁ごと蜂の巣にしてしまおうという魂胆だろう。


「消えろっ!」


 向かってきた氷達に対し、両腕が動き始めたのはほぼ同時だった。右手はロッドを回転させ、左手はサーベルを構える。


「やぁっ!」


 ロッドの回転を阻害しないように配慮しながらサーベルを振った。とは言ってもほとんどの氷は回転によりかき消されていた。

 きっとまたギャラクは、この隙を突いて不意打ちを仕掛けてくるだろう。だが今の僕はサーベルも装備している。


「喰らえぇっ!」


 予想通り、ギャラクが視界の左下から這い出てきた。氷が破壊され視界が安定せず、ノイズにもなったため足音も聞こえていなかった。両腕に氷を纏っており、右手によるパンチが向かってくる。


「嫌だね!」


 僕はサーベルを突き出し、氷の右手と相殺を狙った。二つの攻撃がぶつかり合うと金属音と似た悲鳴を上げられ、僕とギャラクは反動でよろめいてしまう。


「くっ……まさか30%の【ネイキッド・ラヴダンス】まで使えなくなるとは」


 だがギャラクは他の事について心配していた。『宇宙の白』の能力がまたしても消失したという事は、プルートの企みで大勢の人間が死亡したのだろう。爆弾と言っても全てを一気に爆発させるとは限らないだろうし、大怪我の状態から今になって死に至った者もいるはず。


「だったらその左手も治せないね……」


 不敵な笑みを浮かべ余裕を見せた。【ひっぱり愛】と【ウェイクアップ・ラヴソウル】はまだ残っているが、この調子なら確実に勝利を掴める。コスモの理想を、少し歪んだ形だけれど叶える事ができるんだ。

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