Cosmos

「親父ぃ!」

「コスモォ!」


 白い照明に照らされているのは、殺し合う血の繋がった親子。二人の叫びは撮影スタジオ全体に響き渡るが、お互いに傷を与える事はできていない。


「このままじゃ埒が明かないな……!」

「奇遇だなコスモ。久々に意見が合ったじゃないか」

「全然嬉しくないよ……親父!」


 岩石を纏ったギャラクの両手。対してコスモの得物は機械で出来た、ピンク色に光る右足のみ。【ワイルド・ファング】によって生命の無い岩石の時間は停止させる事ができるため、打撃を受ける事はないがギャラクにも抜かりはなかった。

 時間を停止されたとしても、彼は【心の錆を我が愛に】自体を解除する事によって岩石を即座に消失させ、素手による拳撃を行おうとしている。しかし素手で戦う事には不慣れだったためか、コスモは回避または防御をとる事ができていた。


「なっ……40%の【心の錆を我が愛に】までもが消失した!?」


 すると突然ギャラクは動揺した。自身の両手を見つめながら歯を食いしばっている。『茶色』の能力さえも使えなくなったのだ。


「くそっ……また人類が犠牲に!」


 支持者の殺害が進行してしまった事に苛立ちを覚え、キッとコスモを睨んだ。



「それにしても……いつまで経っても警備部隊本部からの救援が来ない。お前達はまた何か仕掛けたというのか……?」


 不満の表情となったギャラクは撮影スタジオの白いテーブルに飛び乗り、カメラ付近に立っていたコスモを見下しているような位置関係に。


「それは多分、親父のせいだ……」

「なんだと?」

「親父はさっき、人造人間を殲滅しようと促した。でもそれによって爆弾は起爆させられ……大勢の人が死んでしまった!」


 同志による勝手な行動を止められなかった事に、コスモは自分にも苛立っている。


「つまり、親父の支持者ばかりだった警備部隊の人達も人造人間を責め立て……ほとんどが爆死したって事なんだ!」


 後悔と自責の念も篭った嘆きの声。だがギャラク本人に、その想いは通じていなかった。


「俺が原因だと……? そんな馬鹿な話があるか! それに、ほとんどと言っても誰一人来ないというのはおかしいだろう!」


 コスモの真意も汲み取らず、ただ怒るだけのギャラク。彼の疑問は真っ当であり、ウラヌスが設置した爆弾程度では警備部隊の全滅までは到底できない。




 *




 実際、残った警備部隊はモルドールに突入を仕掛けようとしていた。だが何者かが正面口で妨害をしている事によりそれもできていない。


「……私には、コスモを直接助ける資格なんてない。だからこうして……コスモの理想を、間接的に手助けする。これくらいしか私には……できないんだ」


 言い聞かせるような小さな独り言だった。彼女の名前はサターン。“十三神将”の『茶色』であり、ユニバースの助けをした後はこうして警備部隊と戦闘を繰り広げていた。無機質な茶色いフードからは長い茶髪がはみ出ている。

 銃撃はおろか戦闘機、戦車まで駆り出されたが、それらの攻撃は全て岩石によって防がれている。サターン自身は一歩も動く事なく、迫ってくる人間や兵器を見つめるだけ。その瞬間岩石が現れ、瞬時に防御を完了する。


「これが私の力……『神擊しんげき』グランド・インパクト……!」


 その掛け声と同時に大量の岩石が現れ、まるで雪崩のように警備部隊に降りかかる。呑み込まれた彼らは悲鳴を上げる暇もなく、ただ静かに下敷きとなった。

 残った人間など、彼女のそばには誰一人としていない。打って変わって静寂に包まれたサターンは、モルドールの三階を見つめただけ。


「…………ごめんなさい、コスモ」




 *




「元はと言えばと……お前が悪いんじゃないか! ユニバース!」

「え、僕……? それにって?」


 ギャラクが話した人造人間の事など全くもって知らないユニバースはただ困惑するのみ。しかし、ギャラクの迫害の原因となった理由とその人物を突き止めたいという思いはあった。


「うっ……!?」


 すると突然、ユニバースの頭がジンジンと痛みを刻み始めた。機械的な痛みで、一定のテンポで襲いかかるものだ。これがなんなのかは彼自身も予想がついていた。


「ヴィーナスさん……彼女の意識が戻るんだ!」


 うなじから来る痛みだと、直後にユニバースは察した。彼女の体から取り出したチップと、彼の体に潜んでいるヴィーナス。二つが共鳴し完全に意識を取り戻すまで、そう時間は無かった。


「ならばこうするまでだ……! 【ウェイクアップ・ラヴソウル】!」


 またしても氷塊が出現し、爆発の前兆として膨張が始まる。ギャラクの顔はまるで鬼。けれども人造人間に対する怒りや憎しみだけでなく、苦悩も混じった表情であった。


「俺には効かない、そうだろう親父?」

「ああそうだ! だからこれは……!」


 身構えたコスモだったが、唐突に目線がユニバースとロディの元へと切り替わる。ユニバースとロディは痛みに悶えており気づいていないが、コスモは勘づいていた。



「潰えろ!!」



 ギャラクの慟哭と同時に、コスモは二人の前へと走り出した。今度はギャラクの方を向いて正面から受け止めるつもりで。

 案の定、炸裂した氷のつぶてはコスモの体に突き刺さる。その瞬間【ワイルド・ファング】が発動させられ、彼の体には傷一つもつけられなかった。


 しかしこれも……ギャラクの作戦の内だった。


「かかったな! 【ひっぱり愛】!」


 ギャラクの背中の傷はまだ完全には治癒されていなかった。ウラヌスの双剣による深い二つの切り傷。“自分が怪我をした規模に比例して、自分が放つ風の威力が上昇する”力であり、ギャラクは自身の背後にその風を巻き起こす事で加速したのだ。


「なにっ……!?」


 驚愕したコスモは反応が遅れ、近づいてくる父親に抵抗もできなかった。蹴りをおみまいしようとはしたものの、その時には既に近づきすぎていたからだ。


「終わりだコスモ……!」


 なんとギャラクは両手でコスモの首を強く掴み、押し倒し床に叩きつけた。白い床に薄い青の髪の毛が押し付けられヘアスタイルは乱れる。


「うっ……がはっ」


 口の中から液体を吐き出すコスモ。彼も両手でギャラクの腕を掴み引き離そうとするも、力が強過ぎたためビクともしていない。少し伸びた爪が腕に食いこんでもギャラクの力加減は一切変わらない。


「これが、俺の答えなんだ……! 俺にしか背負えないものなんだ……!」


 ギャラクもまた、自分に言い聞かせるような独り言。彼の瞳からは涙が零れており、息子を殺す悲しみの感情を押し潰すためのものだ。


「ううぅっっあ」


 気道の確保が困難となり、ビクンビクンと体を跳ねさせるコスモ。身体が反れ、彼の顔は後ろの二人に向けられた。


「コ、コスモ……!?」


 右腕を抑えながら、ロディは小さな声を発した。今にも彼が死んでしまいそうな事に、今やっと気づいたようだ。



「あっああ」



 それが、コスモが口にした最後の喘ぎだった。泣きながら体の震えが増していくと、目は虚ろになっていき口からは泡が吹き出る。その光景を、ユニバースとロディは何も出来ずに見ているだけ。目の前で人が死ぬとなると、人間はこうして動けなくなるものだからだ。

 するとコスモの震えは突如止まった。同じように目の動きも止まり、撮影スタジオには少しの間、機材の音しか響かなかった。


「……殺した。俺が、この手で…………!」


 自分でも信じられない、というような表情を浮かべたギャラクは両手を見つめ呟いた。しかしその時の彼の目は死んだコスモと似たようなもので、虚無。



「あぁ……コスモ」



 親しい人間が目の前で死んだ。初めて手を差し伸べてくれた、生きる意味にもなっていた人間が死んだ。

 その事実を受け止められずに、ユニバースは頭を両手で抑える。






「コスモ、コスモっ……!」

 悲。




「コスモ…………」

 悔。




「コスモ嫌だよ」

 苦。




「コスモなんで」

 困。




「なんでこんな」

 嫌。




「なんでコスモが死ななくちゃいけなかったの……?」

 問。




「殺した、のは……お前だ」

 憎。




「ギャラク……!」

 怒。




「うあああっっっ!」




 先程のコスモとギャラクの叫びに比べると、ちっぽけな叫び声だった。しかしこの声は、彼の中に潜む彼女を目覚めさせるきっかけには、充分過ぎた。

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