EPISODE 5『訪れた決戦の地』
Charon
「……う、うぅ?」
目が覚める。ソファの上で朦朧とする意識をなんとか抑え、自分が今居る場所を確認した。
ガイオスの船の一室。僕とウラヌスがくつろいでいたあの部屋だった。
「あぁ、起きた? 今ちょうど『カロン』に着いたところだったよ」
タイミング良くウラヌスが扉を開いた。僕も体を起こし、ソファから離れ彼へと近づく。
確かドボラックの攻撃から、ウラヌスは僕を庇ってくれて……。その後、僕はコスモの母親の記憶を共有した。でもコスモに助けられたあの女性……邪魔をしないでって、なんだったんだ?
「大丈夫? 肩、怪我してたよね?」
彼の右肩が大破した瞬間を、僕ははっきりと見て記録している。きっとデータにも残っているはずだ。
ウラヌスの右肩を凝視する。しかし想像していた破損など、オレンジ色のパーカーが破れている事しか見受けられなかった。既に修復は完了しているらしい。
「ほんと、この体すごいよ……プルくんが改造してくれたんだけど、どうしてこんな技術を持っているのか。教えて欲しいんだけどね~……」
確かに彼の素性は把握していない。コスモが『人造人間保護派』に加入させた理由も詳しくは不明。……今の一件に決着をつけた後で詳しく聞きたい。
「ああそうだ、さっきプルくんとも連絡とったんだけど……『ベージュ色』の“剛体神将”スキンクァも倒せたんだって」
「ドボラックも言ってたね、スキンクァがプルートとマーズを狙ってるって。二人とも無傷だったらいいんだけど……」
船から降りると、僕達を待っていた光景は予想外のものだった。
今までのコロニーとは違い、排気ガスの臭いが無機質な住宅街に充満している。ゴミなんてものは全くと言っていいほど見当たらないが、道を歩く人造人間からは感情を感じられない。
「ここがコロニー『カロン』……ギャラクの本拠地で、オレっち達人造人間の……生誕の地でもあるんだよ」
「えっ……ここで人造人間は生まれたの?」
そんな知識なんて無かった。ギャラクによって消された可能性は充分すぎるほどあるが、まさかこんな基本的な事まで知らなかったなんて。
「自分はあのドボラックとかいう人を刑務所に連れていくつもりだよ」
船首に座っているガイオスがそう言うと、僕の右隣のウラヌスが反応する。
「だったらオレっちも着いていきます! ごめんユニくん、先に行ってて。……さっき番組を確認したけど、もうコスモは問い詰められてた」
「そっかじゃあ早く……って、コスモ達はどこにいるんだっけ?」
肝心の場所を確認し忘れていた。番組のスタジオは外の風景なんて映っていなかったし、急ぎすぎていてそれどころではなかった。
「あそこのおっきい建物の中! 『モルドール』って名前で、確か最上階の三階だったはず。それに多分……ロディも危ない」
ウラヌスが指さした先には、灰色に銀、それに白を貴重とした建造物。窓ガラスは太陽の光に当てられ、激しく眩しさを見せつける。
あそこの中にコスモとロディが……。コスモはまだ戦えるからともかく、ロディは僕と同じく色の力なんて持っていない。まずはロディの安否を確認しよう。
「絶対後で合流するから。……前に言ってた、ある意味秘密兵器って感じの人も、連れてくるからさ。安心してて」
ウラヌスはそう告げると、ドボラックを荷物のように肩に乗せたガイオスと共に刑務所の方へと歩いて行った。僕の目的地とは逆方向で、合流するにしてももう少し後になりそうだ。
*
「ここが『モルドール』か……」
いざ目の前に立つと、今まで遭遇した事のない規模の建物だったため圧倒される。ここまで大きいと、威圧感まで肌に染みるようだった。
正面の黒いゲートは厳重な警備で、ここを突破するなんてできそうも無い。警備員は見当たらなかったが、ゲートの左右には監視カメラがある。
「……どこか、裏口でも探さないといけないか」
モルドールの裏に回り込み、侵入できそうな箇所を探す。しかし見たところそんなものは見当たらない。駐車場へ繋がる通路はあるが、そこにも監視カメラや防犯センサー等が設置されていた。
「どうしよう……このままじゃ何もできない。コスモを、助けられない……!」
自身の無力さを痛感する。こういう時コスモは【ワイルド・ファング】で監視カメラやセンサーの時間を止め、突破する事ができたはずだ。
「僕は……どうしたらいいんだ? 何ができるんだ?」
灰色の壁の前で、歯ぎしりをしながら必死に思考を組み立てようとするも、それはすぐに序盤で砕け散る。どう考えても、僕なんかじゃモルドールの中に入る事なんかできない。
しかしそんな時、自分を責めている僕の右隣に、何者かの気配を感じた。瞬時にその気配の方に体を向けると、全身を茶色いコートで覆った謎の人物が壁の方を向いて立っていた。
「え……? 誰?」
コートのせいで体つきは詳しくは分からないが、フードから腰まではみ出た茶色い髪の毛と、次に放たれた声で女性だと判明した。
「……ちょっとどいてて」
次の瞬間、女性は壁に右手を張り付けたかと思うとその部分にヒビが割れる。続いて右手首を左手で掴み、一気に力を入れたようだった。
すると壁は壊れ、人一人が入れる穴が開く。
「わ……すごい」
音なんてほとんどしなかった。破片がポロポロと落ちた音だけ。力加減がとてつもなく上手いのだろうか。
「早く行って。じきに気づかれる」
確かに周りには警備員はいないものの、人造人間が通りかかる危険性はある。
僕は穴の向こうに足を踏み入れ、同時に女性の方に振り返った。
「ありがとうございます、あのよければ……名前とか教えてくれませんか?」
「……ごめん、それはできない。だけど一つ」
今まで彼女はうつむいていたため表情は確認できなかったが、この瞬間顔を上げてくれた。
整えられたまつ毛にぱっちりとした瞳。小さい口や茶色の頭髪も相まって、やや儚げな印象を受けた。
「コスモに会ったら……『ごめん』って伝えておいて」
それだけ言って、彼女は背を向け去っていく。コスモと知り合いなのだろうか。僕を助けてくれたんだし、このお願いは果たさなければならない。
「やっぱり……私には直接会う資格なんて無い。でもコスモ、これが私なりの償いだから。私が、貴方の足を……傷つけてしまっから」
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