第36話 ムカゴのガリバタ炒め

「…そろそろ話さなきゃな」


11月ももうすぐ終わる金曜日の夕方。男は職場の帰り道で溜息をつきながら言った。

話す、というのはスーパーのレジ打ちの女性とのことだ。先々週何かの拍子に女性を傷付けてしまった、と男は考えている。実際その際に女性は暗い顔をした。


「暗い顔してたし謝らないとな」

その理由は分かっていないようだが、しっかりと話を聞いて謝ろうと思っているようだ。

男はスーパーに早足で向かった。



スーパーに入り、レジの方を見るといつもの女性がレジに立っている。レジ前に列はできていない。いつものように暇そうだ。

男は今だ、と女性に声をかけた。


「あの…この間はすみませんでした。私、何かやっちゃいましたかね…?」

男が女性に声をかける。

瞬間男は、急に声をかけた上に何を言っているんだ、と考えた。が、後の祭りだ。

しかし、


「あぁ、この間の。気にしないでくださいよ。私だって、あなたに気にさせちゃっている様子だったので申し訳なかったんですよ」

いつもの朗らかな表情と口調で女性が答える。

しかし、自分が暗い顔をした理由は上手く言わないようにしている。


「そうですか…それでしたら何か埋め合わせさせてください。できる事ならやりますよ」

男が言う。

女性は"埋め合わせ"という言葉に、瞬間、「デート」という言葉を想像した。しかし、すぐにそれを振り払い、慌てて答える。


「えと、埋め合わせですか…そうですね…。今度新しいポップを書くんですよ。それを手伝ってもらえませんか?」

女性は以前も商品のポップを書いたことがある。食材の売り文句やオススメレシピを書いたものだ。


「ほら、あそこに豆っぽいのが入った袋がありますよね?あれのオススメレシピとか知りたくて」

女性が野菜コーナーの方を指差す。

男もそちらの方を見てみると、確かに土色の豆のようなものがある。それは…


「ムカゴですね」

男が言う。

ムカゴとは山芋の葉の根本が肥大化したものだ。

種のような役割を果たす他、食用でもホクホクして旨い。


「そうなんです。私も一回買ってネットのレシピを真似してみたんですけど、土臭くて…」

どうやらこの女性はムカゴに明るくないらしい。


「ムカゴの臭いが気になるなら下拵えが必要ですね。簡単ですよ」

と男が教える。


「それです!そう言うのが知りたいんです。こうすれば美味しくなるとか、どんな料理にオススメとか」


「そうですね。でもお仕事の邪魔は悪いですし…」

店内は相変わらず閑散としているが、それでも片手で数えるくらいの人はいる。

男はそちらを気にしているのだ。


「うーん…ならメモ書きで良いので簡単に書けますか?下処理の仕方とかオススメレシピとか」

と言いながら、女性はレジの下からメモ帳とペンを取り出した。


「それくらいでしたら良いですよ。少し書くのに時間がかかるので、買い物しながら書いてきますね」

と男はメモ帳とペンを受け取り店内に消えた。

5分経って、男がムカゴとビールを持ってレジに戻ってくる。


「書いてきました。あと、お会計もお願いします」

男が言う。


「ありがとうございます!今日のおつまみにも使うんですか?」


「その通りです。メモにもおつまみレシピとして書いておきましたよ」


「へぇ…後で私も試してみます!」

と朗らかに会話しながら二人は会計を済まし、男は家路についた。


その一部始終を見ていた店長が男が去った後に女性に近寄り、

「…連絡先交換しなくて良かったの?」

と聞く。


へ?と女性が答えるので、

「いや、メモじゃなくてさ、『後でレシピ送ってください』とか言って連絡先交換できたでしょ?」

と店長が言う。

あ、と声を上げ、その手があったと言わんばかりの表情で女性は溜息をつく。


「ま、良いけどね。ちなみに彼氏彼女いない子は今年もクリスマスに出勤してもらうからね」

追い打ちをかけて、店長は店の奥に入っていった。



一方男は家に着き、ビールを冷蔵庫に入れていた。

そして食材を台所に並べる。

・ムカゴ

・バター

・おろしニンニク

・醤油


男が今日作るのは、ムカゴのガリバタ炒めだ。

土臭さを取るために下拵えしたムカゴを、バターとニンニクと醤油で炒めるだけの実に簡単な料理だ。


まず、男はムカゴの下拵えに入る。

ムカゴ200g程度をザルに入れ、軽く水洗いする。

ザルのままぐるぐるとかき混ぜてムカゴ同士とザルとで擦り合わせる。

手に茶色の皮が付いてくる辺りでボウルに移して汚れをすすげば完了だ。


そして、調理。

すすいだ後の濡れたままのムカゴを皿に移してラップをかけ、500Wで3分ほどレンジにかける。

その間に鍋にバター20gを溶かしておく。レンジからムカゴを取り出したら、強火にして溶かしたバターで炒める。

バターがムカゴ全部に馴染んだら、大さじでおろしニンニクを1、醤油を2入れ、更に炒める。

全体に馴染み、ニンニク、醤油を伴った香りが立ってきたら、皿に移して、完成だ。


ビールと共に食卓に並べる。

バター、ニンニク、醤油の旨いぞ、と主張するような香りが鼻腔をつく。

男は早速、ビールの缶を開けた。


「カシュッ…んぐ…んぐ…っぷはぁ」

買ってきたのは男がよく飲むビールだ。

大手の何処にでもあるビールだが、このつまみに合うであろうことは一目瞭然だ。

男はムカゴを一つ器用に箸で摘んで食べた。


「プチッ…むぐ…むぐ…んぐっ…」

少し固めのムカゴの皮をプチッと噛み潰すとホクホクとした食感が口に広がる。それはこの小ささでも間違いなく芋なのだと感じさせるものだ。

そこにバター、ニンニク、醤油の過剰且つ単純明快な旨さが口腔内を満たす。

これはもうビールを飲む他ない。


「んぐ…んぐ…んぐ…っくはぁー!」

ビールによって次の一口の準備ができる。

過剰な旨さはビールの炭酸によって喉奥へと流れていく。香りもまた、ホップの苦くも爽やかなものによってリセットされる。

男はすかさず二口目のムカゴを口に入れた。



食後、ほろ酔い気分で男はぼんやりと考えていた。

「そう言えば理由を聞くのを忘れていたな」

男は女性が暗い顔をした理由を聞いていないことを思い出した。


「まあ、言いたくなかったのかもしれないしな」

男は一人納得しつつも、これからも彼女が困っていたら助けてあげよう、とうつらうつらとした頭で考えた。

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