第50話 末永く爆発してこい
早朝の冷たい風が吹き込む東京駅の一角には、ベージュのブレザーの、あるいはセーラー服姿の鶴天生徒たちがひしめいていた。スーツケースを転がしながらその中に紛れ、神風は見知ったブルーブラックの髪の少年に微笑みかける。
「おはよう、スターライト」
「……ん」
スマホから顔を上げ、短く返す。ソフトショートの黒髪を揺らし、その隣から御門が顔を出した。さらにその横にはクラレンスもいる。
「おはよ、爽馬。これで四人だね」
「うん。……あとは桃園だけ?」
「だな」
赤髪を揺らしてクラレンスが頷き、これで四人。十月の早朝、冷たい風の中で神風は口を開く。
「それにしても、もう修学旅行かぁ……早いものだね」
「そうだねー。ま、折角の修学旅行なんだから、色々忘れて楽しもうよ」
「だな。折角の非日常なんだ」
「……そうだね。ありがとう、二人とも」
修学旅行が終わったら受験に向かってまっしぐら、という事実が脳裏をよぎらなかったわけではない。それを察したのか、大切な幼馴染と大好きな恋人はそんな言葉をかけてくれる。つくづく自分は幸せだ、と神風は目を閉じた。と、遠くからぱたぱたと足音が近づいてくる。目を開き、振り返ると、色素薄めの茶髪にピンク色のバレッタをつけた姿。
「おっはよー! 今日も元気な薫、登場! いぇー! みんな元気ー?」
「朝からテンションおかしくない?」
「元気だぜー! Yeah!」
「一番おかしいのクレアじゃん」
「What!?」
早朝だろうが何だろうが平常運転のクラレンスを押しのけ、御門は半目で桃園を見やる。ニコニコと愛らしい桃園だが、神風にはその笑顔がどこか引きつっているようにも見えて。
「……桃園、なにかあったの?」
「べ……べべべ別に? なんにもないよー?」
「わざとらしっ」
翼竜のように両手をパタパタと動かす桃園に、御門は興味なさげに吐き捨てる。と、その後ろから別の影が近づいた。桃園の肩に手を置き、オールバックの少年が声をかける。
「おい薫、朝からずっと言ってっけど、様子おかしいぞ? 本当に何か……」
「壮五は黙っててよ。しつこい」
その手をピシャリと跳ね除け、冷たく言い放つ桃園。鹿村は打たれた手を見つめ、唇を噛んで俯いた。そんな彼に別の声が投げかけられる。
「そこの芸能科。こんなところで油売ってないでさっさと並べ。点呼始まってるぞ」
「あぁん? ……あ、あぁ、悪ィ」
キャラを保つ程度の余裕はあったのか、ガンを飛ばした先には――生徒会長となった犬飼の姿。見ると、周囲では既に点呼が始まっているようだ。後ろ髪を引かれるように桃園を見つめ、顔を背けられる。再び唇を噛み、鹿村は彼に背を向けた。
◇
「おーい、神風ー」
「うん……って、
投げかけられた声に顔を上げると、面長ベリーショートヘアの少年の姿。彼、矢作はトランプを取り出し、お手玉のように投げ回す。
「なー、席代わってくれよ。オレ、
「うん、いいよ」
そう言って席を立つ神風に、矢作は小さく肩を叩いた。その耳元で悪戯っぽいささやきを残し、ニヤニヤと笑う。
「……あ、オレの隣、山田だからっ」
「え、ええっ!? ちょっと待って、どういうこと……いや、名簿順だからなんだけどさっ!?」
面白いように顔を赤く染める神風に、矢作はニヤニヤと笑いながらその肩をバンバンと叩く。
「つーわけで末永く爆発してこい!」
「ええっ!? ちょっと待って、それどういう意味!?」
「いいからいいから!」
「あっ、ねぇ……!」
神風を山田の隣まで追いやり、矢作はさっきまで神風がいた席に収まった。満足げに息を吐き、トランプケースでお手玉を始める。その隣で柿原が茶色のウェーブヘアを揺らし、その肩を突く。
「粋なことするねぇ、矢作クン」
「いやいや、これ趣味と実益を兼ねてっから」
トランプケースでお手玉しながら、矢作はニヤニヤと、されど爽やかに笑う。
「オレこう見えて腐男子じゃん? だから後ろの席でイチャついてんの、マジ供給。ありがたやー、ありがたやー。末永く爆発しろー」
机をセットしてトランプケースを置くと、矢作は両手を合わせ、斜め前の席を拝む。
◇
「……スターライト、何見てるの?」
「Gogleマップ」
淡々と吐かれた言葉に若干こけつつ、山田の隣に腰を下ろす。地図上のマーカー、というかマーカーを中心に地図の方が高速で動くさまを眼鏡越しの瞳が追う。横からそれを眺め、しばし静寂を味わう。会話は特になく、触れ合うわけでもなく。五分ほどが経った頃、神風は何気なく呟いた。
「……飽きない?」
「飽きるな」
「いや、飽きるなら何でやめないんだい……」
そう言いつつも微笑みを浮かべる神風。スマートフォンの電源ボタンを押しつつ、山田は目を伏せたまま口を開く。
「……その割に、爽馬もずっと見てた」
「いや、まぁ、そうなんだけど……なんていうか、さ」
彼もまた俯き、淡い微笑みを浮かべた。それはまるで、スミレの花が風に揺れるように。顔を上げる山田に、神風は綿毛に息を吹きかけるように口を開いた。
「……こうして君と一緒に、何もしない時間って……好きだな、って思って」
「……」
黄色に輝く花のような言葉に、山田はふっと俯いた。その表情は変わらないけれど、どこか嬉しそうであることは雰囲気から伝わってきて。思わず相好を崩す神風に、山田は口を開く。
「……今更、だな」
「ちょっ!? だったら何で言わせたのさ!?」
「言わせてない。爽馬が勝手に言った」
「え、今のそうなるの!? ……い、いや、今更な自覚はあったけどさ……」
相も変わらず山田は平常運転であった。
◇
「……んー」
通路を挟んで向こう側の席を見つめ、桃園は
「なーに悩んでんの? どーせ山田がどうのこうのとか?」
「なっ、なんでわかったのさっ!」
慌てて顔を上げ、ぐるんっと御門に向き直る桃園。当の彼はスマホから顔を上げることなく、眠そうに問いかけた。
「べっつにー? なんかそんな気がしただけ。……あ、もしかして看護科の長髪くんのこと?」
「っ!?」
はっと目を見開き、桃園は細かく震えだした。御門はスマホの画面から手を離すと、ようやく顔を上げた。黒い瞳を細め、口を開く。
「……北条嶺介だっけ? あいつとは手を切った方がいいと思うな。ろくな予感がしないんだよ。最悪破滅するよ?」
「……でも……」
臙脂色のスカーフをぎゅぅっと握り、桃園は俯く。その脳裏によぎるのはブルーブラックの髪色と、背中で一括りにした黒髪の少年。妖艶な笑顔が脳裏を満たし、桃園はレモンを搾るように言葉を吐く。
「北条くんはきっと、薫のこと、好きになってくれてるから……応えたくて。北条くんのためにも、幸せになりたくて……それに、薫……」
握りしめたスカーフが、皴になる。細かく震える指を見つめ、御門は桃園の手の甲をつねった。一瞬、電撃のような痛みが走る。
「あ痛っ! ……なにすんのさー!」
「なんか知らないけど、マジメにやめた方がいいよーって話。あんな奴頼ってもろくなことないよ。それに……」
ちら、と通路の向こうの席を見やる。特に何をするわけではないけれど、やわらかな日差しに包まれているような二人の姿。苦い感情が浮かばないわけではないけれど、それを飲み下し、御門は口を開く。
「……あの二人の間に割り込むことは、できる気がしない」
絵画の中のように暖かくも怜悧な光景を見つめ、御門は嘆息する。
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