第48話 僕にやらせてよ

「さて、お前ら、今日の議題は――」

「修学旅行だよなッ!」

「食い気味に言うな、雨宮」

 明らかに雨トリオの瞳の輝きが違う。教壇に立ち、犬飼は派手に溜め息を吐いた。三連ガチャのごとく縦に並んだ席で大はしゃぎする三人に背を向け、黒板に大きく

『修学旅行』と記す。

「修学旅行!」

「特進にとっては唯一まともに楽しめる学校行事!」

「広島! 大阪! 奈良! 京都!」

「私語を慎め、私語を」

 三人まとめてチョークで指し、犬飼はクラスメイト達を睥睨する。

「今日やることは修学旅行の班決めだ。最低でも四人、最大人数は特に設けないそうだ。同学科内であればクラスまたいでの班組みも可能。自由にやれ」

「いぇー!!」

 早速立ち上がり、騒ぎ出す雨トリオ。彼らの喧騒がクラスに響く中、犬飼は小さく息を吐いた。

「俺は今からB組に行く。お前ら、くれぐれも問題起こすなよ」



「班決めかぁ……」

 呟き、神風はちらと隣に視線を向ける。その視線が山田のそれにぶつかり、頷き返される。神風も微笑み返し、頷いた。その隣に御門が立ち、猫がすり寄るような声を出す。

「ねー神風、僕と組まない?」

「いいよ。スターライトもいいよね?」

「……まぁ」

 屈託のない笑顔に、曖昧に頷く山田。御門は周囲を見回し、んー、と口元に指を当てた。

「でもってあと一人、誰かいないかなー……」

「タツヤーっ!」

 唐突に後ろの扉が開き、その向こうで人目を惹く赤髪が揺れる。明るい笑顔のクラレンスはずかずかと教室に侵入すると、御門の手を取った。

「な、な、タツヤ! 一緒に班組もうぜ!」

「なんでよ。B組の連中と組めばいいじゃん」

「オレはタツヤと一緒がいいんだよ! な、組もうぜ!」

「……しょうがないなー」

 深く溜め息を吐き、御門は二人に視線を向けた。疲れ果てたように口を開く。

「ごめんね、こいつ一回言い出すときかないし、入れてもいいかな?」

「勿論。スターライトもいい?」

「ああ」

「さっきより歯切れいい返答なのなんでよ」

 即答する山田に、御門は呆れたようにツッコミを入れる。クラレンスは機嫌よく赤髪を揺らし、御門に向き直った。

「京都ったらトップクラスに日本っぽい街だろ? 一度行ってみたかったんだぁ。嵐山! 金閣! 伏見稲荷!」

「勝手に行ってりゃいいじゃん」

「つれないなー、お前と行くから意味あるんじゃねーか」

「知らないよ」

 もはや相手をするのも面倒で、御門はクラレンスから視線を外す。と、視界の中で色素薄めの茶髪が揺れた。冬用セーラー服姿の桃園が山田の腕に絡みつき、撥ね退けられる。それでもめげずに四人に近づき、桃園は満面の笑みで口を開いた。

「ねー、皆一緒に班組むの? 薫もいーれてっ!」

「なんでよ。桃園は雨トリオとでも組んでてよ」

「えー!? 御門くんひどいー! 薫は山田くんと一緒がいいのー!」

「懲りないね……どうすんの、爽馬?」

 呆れたように息を吐き、御門は神風に視線を向けた。それを受け、彼は少し考え、山田の方を見やる。

「……スターライトはどう思う?」

「どうでもいい」

「そんなぁ!?」

 きっぱりと言い放たれ、盛大にのけ反る桃園。スカートから伸びる脚をかすかに震わせつつ、床に膝を突く。

「うぅ……ひどいよ山田くん……薫はこんなにも」

「で、班長誰にするんだ」

「オレがやるよ!」

 桃園の言葉を途中で遮る山田に、応えたのはクラレンスだった。そんな彼を一瞥し、御門はバッサリと言い放つ。

「却下」

「Why!?」

「クレア単にやりたいだけでしょ」

「……流石タツヤ。わかってるじゃねーか」

 苦々しい笑顔で、人形のような声を絞り出すクラレンス。床に突っ伏す彼から視線を逸らし、御門は悪戯っぽく笑った。

「ってわけで、僕にやらせてよ」

Whatなんだって!?」

 バネ仕掛けの人形のように起き上がるクラレンスを無視し、御門は得意げな表情で胸を張る。全員の視線が集まる中、彼は指を一本伸ばした。

「だってそうじゃん? クレアと桃園は論外としてさ」

Huhはぁ!?」

「それひどくない!?」

「山田は爽馬のことしか考えてないから向いてないし」

「……」

「待ってスターライト、頷かないで」

「で、爽馬はまとめ役には向いてるけど、ここは僕に任せて思う存分楽しんでほしいからさ。ってわけで僕が班長ってことで。ハイ決定」

「強引だね……」

 口を挟む間もなく決まってしまった班長こと御門に、神風は案じるように口を開く。

「っていうか辰也こそ、いいのかい?」

「大丈夫大丈夫。面子メンツ面子メンツだから苦労するだろうけど、根っこがツッコミ気質な爽馬よりはマシだよ」

「……遠回しにけなされてる気がするのボクだけ?」

「何でも言い合える関係ってことで許してよ。ね?」

 笑って流し、御門は班員名簿を取りに行こうと歩き出す。



「……よし、班は全員決まったようだな」

 いつの間にかB組から戻ってきていた犬飼が、教壇の上で班員名簿を検分する。A組40名、全員の名前がそこにあることを確認し、顔を上げた。

「それじゃあ、行先を確認するぞ。まず、1日目は新幹線で広島。まず平和記念資料館で平和学習ののち、千羽鶴奉納のセレモニー。その後移動し、フェリーで宮島へ。厳島神社を巡り、1日目終了。2日目は宮島を出て新幹線で移動、大阪USJを観光。オフィシャルホテルに宿泊。3日目は奈良に移動し、薬師寺、法隆寺、東大寺を巡る。その後京都のホテルに移動し、宿泊。この晩は夜間外出が可能だ。4日目は自主見学に1日費やし、同じホテルに宿泊。そして5日目は北野天満宮で学業成就の祈祷を受け、清水寺を観光、新幹線で東京に戻る。東京駅で解散。以上、質問はあるか?」

「部屋割りどうなるんだよ。あと新幹線の座席表」

 声を上げたのは雨谷だった。犬飼はこめかみに手を当てて数秒記憶をたどり、口を開く。

「座席表は確か、名簿順だったはずだ。部屋割りは四人もしくは八人単位で、班を基準に組まれるそうだ。まぁ先生方の裁量次第だな。ただし桃園、お前は一人部屋だ」

「えー!?」

「えーじゃない。恨むなら自分の性別を恨め」

「薫、男の子だもん! 可愛い格好が好きなだけで男の子だもん!」

「その見た目で言っても説得力ないからね?」

 御門の的確なツッコミに、むすっと頬を膨らませる桃園。犬飼はクラスメイトを見回し、こつこつとチョークで机の端を叩く。

「そうそう、これだけは言っておくが、修学旅行は遊びじゃない。学習の一環だ。それを忘れず、鶴天特進生徒として恥じぬ行いを心掛けろ」

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