第42話 オレを好きになればいいんだよ
「あー、いたいた! このタツヤ!」
「名前を罵倒後に使わないでくれない?」
――三日目。紅葉しかけの桜の木の下で平和に競技を観戦していた御門たちのもとに、赤髪の少年――クラレンスが騒がしく現れた。自販機で買ったらしきブロック菓子を豪快に齧りつつ、ビシィッ! と御門を指さす。
「昨日のサッカー! タツヤがいつまでも来ないから負けちまったじゃねーか!」
「知らないよ。僕にも外せない用事があったし」
どうでもよさそうにクラレンスから視線を外し、御門はラグビー場で行われている徒競走を眺める。その横から神風が顔を出し、困ったように口を開く。
「だから言ったじゃないか……辰也はサッカーの方に行った方がいいって」
「いや、たかが体育祭だよ? 大事な幼馴染とどっちが大事かなんて、考える間もないじゃん」
「ああ」
「いや何でキミまで頷くんだい……」
更にその隣で山田も頷く。そんな二人を交互に見つめ、クラレンスはぱちぱちと目を瞬かせた。
「てか、タツヤ。そいつら知り合い?」
「うん。こっちが幼馴染の神風爽馬。そっちがそのクラスメイトの山田
「スターライト……変な名前だな!」
「い、いや、それは酷くないかい!?」
「ごめん、こいつ多分悪気ない。思ったことそのまんま言うやつだから……」
こめかみを押さえる御門と、太陽のように豪快な笑顔を浮かべているクラレンス。そんな彼を一瞥し、山田は興味なさげに口を開いた。
「よく言われる。気にしてない」
「そ、そうなのかい……?」
「そういえば爽馬、昨日、さり気に俺のこと“スターライト”って呼んでくれたよな」
「え……えっ!? 嘘!?」
何の前触れもなく吐かれた言葉に、神風は思わず心臓を押さえた。沸騰しかけの思考の中で、必死に昨日の会話を思い出し――……
「無意識だったのか?」
その思考すらもへし折られ、無駄に高鳴る鼓動が止まらない。もう片方の手で熱を持つ頬を押さえ、神風は必死に口を開く。
「
言いたいことはすべて高鳴る鼓動に溶かされて、何一つ言葉にならなくて。思わず山田から視線を逸らし、俯く。そんな彼の頭に手を伸ばし、山田は彼の茶髪をそっと撫でた。
(……うん、かわいい)
「……えーっと?」
「気にしないで。割といつものことだから」
すっかり置いてけぼりのクラレンスに、御門は呆れたように息を吐いた。
「でもこれ僕の出る幕なくない? 好きな人のもとにようやく帰ってこれたら、その好きな人には彼氏がいました、だなんて残酷すぎるよ。ただの幼馴染ポジションに甘んじちゃいそうなんだけど……僕どうすればいいんだろ」
呟き、小さく溜め息を吐く。クラレンスが見つめるその表情は黄昏に泣く少女のようで、どうにも放っておけない色気があって。ごく、と唾を呑み、クラレンスは彼の肩を叩く。
「解決策なら知ってるぜ?」
「……何さ。またろくでもないことじゃないよね?」
「オレを好きになればいいんだよ!」
「なんでよ」
太陽のようにうるさい笑顔から顔を逸らし、御門はただ競技を見つめる。
◇
「郁君ー」
かけられた声に、犬飼は思わず目を見開いた。振り返ると、半目で彼を見つめる昴小路の姿。
「……またお前か」
「また、って何ですかー。そんなことより、手が止まってますよ」
「……っ」
スコアの記録用紙を前に、犬飼のシャーペンは止まっていた。慌てて計算を終わらせ、息を吐く。そんな彼の隣の椅子を引き、昴小路は悪戯っぽい笑みを浮かべつつ座る。
「郁君、もしかして緊張してます?」
「そ、そんなことはないッ」
「郁君って一つのことに気を取られると他が見えなくなりがちですよねー」
「何が言いたいッ!」
記録用紙に皴をつけ、犬飼は叫んだ。昴小路はテーブルに頬杖をつきつつ、目を細めて微笑む。
「……やっぱり郁君には僕が必要だなー、って思うんです」
「はぁ?」
思いっきり眉根を寄せて睨み返してくる昴小路に、昴小路は穏やかに微笑んで続ける。
「ほら、僕って視野が広いじゃないですか?」
「自画自賛か?」
「事実を述べたまでですよ。そんな僕だったら郁君のサポートも十分できるんじゃないかなー、と思ったんですけどどうですかね?」
「……知らん」
無邪気に笑う昴小路から視線を逸らし、犬飼はグラウンドで行われている綱引きを見つめる。ぎゅっと目を閉じ、もう一度開いた。そんな彼を見つめ、頬杖をついたまま昴小路は笑う。
「まぁ、勝てると思いますよ?」
「いや、他科の連中もポテンシャルは高い。何なら俺達以上の実力者だっている。一歩でも間違えたら特進の面目まるつぶれだろうが……負けるわけにはいかない」
長テーブルの上で犬飼の拳がかすかに震える。小さく息を吐き、昴小路はその手に丁寧に触れた。少し低めの体温が伝わってくる。はっと見返してくる犬飼に微笑みかけ、彼は丁寧に口を開いた。
「郁君は何にでも全力投球ですよね」
「……は?」
「そういうところ好きですけど、たまには肩の力抜いたほうがいい時もありますよ。力が入りすぎると、全力を出せないらしいですよ」
「……そうなのか」
昴小路から視線を逸らし、深呼吸を試みる犬飼。その手の震えが少しずつ収まっていくのを感じ、昴小路は向日葵のように笑った。立ち上がり、彼の背後に立つ。
「なんなら肩揉んであげましょうかー?」
「要らん、づ、痛だだだだっ! 勝手に揉むなッ!」
「あはは、郁君凝ってますねー」
「いいから離せッ! づっ! やめろッ!」
昼休みを前に、生徒会のテントに悲鳴が響き渡った。
――そして、それを見つめるカマキリ顔の白ジャージが一人。
「あいつらァ……こんな時にイチャイチャしやがって……」
長めの黒髪がカマキリじみた顔を覆う。犬飼たち同様、生徒会の腕章をつけた少年は、そんな二人の様子を苦々しく見つめる。一つ舌打ちし、綱引きに視線を戻す。
「あんな奴らに生徒会を任せられっかよ……やっぱり俺様が会長になるしかねえようだな……!」
――普通科2年B組、
彼もまた犬飼同様、鶴天生徒会長の座を狙う男子だ。
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