第29話 なんつーか、ありがとよ

「るんるるーん」

 色素薄めの茶髪が夏風に揺れ、ピンクリボンのバレッタが陽光にきらめく。ペパーミントグリーンの薄手のパーカーと白いワンピースを翻し、桃園は表参道の大通りを歩いていた。ココアブラウンのスニーカーが軽やかにタップを踏む。少女のように愛らしい、というか少女にしか見えない姿に、オールバックの少年が声をかけた。

「おい薫、あんまはしゃぐんじゃねえぞオラァ」

「いいじゃーん! 勉強とお稽古でド忙しい夏休みで、久しぶりに遊びに行けるんだもん! 普通はしゃぐよー」

「目立つんじゃねェっつってんだよゴルァ」

 オールバックの少年――鹿村は、手をカーゴパンツのポケットに突っこんだまま大股で桃園の隣に並び、サングラスをずらす。眉間に皴を寄せたまま、囁いた。

「俺の正体がバレたらどうするっつってんだ。責任取れんのか? あぁん?」

「え、何か問題?」

「考えろよオルァ! お前、中身はともかく見た目は美少女なんだぞ? 熱愛報道とか出たら事務所的にも困るんだよ、何よりファンの皆が泣くだろうが!」

「自意識過剰ーん」

 鹿村の猛攻をあっさりと流し、桃園は鹿村の全身を眺めまわした。五分袖の白シャツに黒いカーディガンをなびかせ、白のカーゴパンツを合わせている。サングラスもブランド物を使い、首元や腕のアクセサリーにまで気を遣ったヤンキー風の姿は、どう見ても爽やかイケメンスーパーアイドル光ヶ丘夏輝とは似ても似つかない。

「だいたい、壮五がヤンキーぶってるのって、プライベートでアイドルバレするの防ぐためでしょ? ボロ出すほど壮五バカじゃないじゃん」

「まぁ、お前よりは頭いいわな」

「壮五ひーどーいー! いくら薫がバカだからってー!」

 両手をブンブンと振りながら反論する桃園に、鹿村は少し意地悪な笑みを浮かべてさらに続ける。

「つーかお前、幼稚舎から鶴天通っててその成績ってマジか?」

「うっ……仕方ないじゃん。薫、アタマのスペックはそんなに高くないもん……」

「芸能方面の才能は非凡なくせに。残念野郎だなァ」

「ねえそれ褒めてないよね? っていうか野郎じゃないーっ」

「へいへい。さ、行くぞ」

「うん! カップル限定スイーツすっごく楽しみー!」

 再び無意味にターンしながら、羽が生えたような足取りに戻る桃園。その単純さがバカみたいで、鹿村は彼を見守るように隣に並び立つのだった。



「この『カップル限定トロピカルパフェ』くださーい! 飲み物はえーっと、壮五は何にする?」

「俺はコーラで。薫、テメェはどうすんだァ?」

「んー、何にしようかなー……じゃあ、レモンティー、アイスで!」

「かしこまりました。カップル限定トロピカルパフェおひとつに、お飲み物はコーラとレモンティー、アイスですね。それでは少々お待ちください」

 店員がいなくなるや否や、鹿村はテーブルに肘をついた。眉間に皴を寄せたまま、問う。

「で? 山田の奴は最近、どうなんだオラ」

「んー……最近は全然構えてないよぉ」

 両の頬を手で包み、嘆息する桃園。ハニーブラウンのテーブルに視線を落とし、遠距離恋愛をしている少女のように呟く。

「薫が勉強勉強でグロッキーになってたのもそうだけど、山田くんも神風くんにばっかり構ってて……もー、どう見ても両思いだよあの二人ー! 薫の出る幕ないじゃーん!」

「ハハッ、そりゃ御苦労なこったなァ」

「笑い事じゃなーいー!」

 両手をブンブンと振りながら反論する桃園に、鹿村は水に口をつけつつ、呆れたように口を開く。

「大体よォ、お前男なのか女なのかわかんねーんだよ。身体は男、心の性も男、好きになる対象も男、でも見た目は女って、何がどうなってんだよ」

「いいじゃん女の子の格好の方が可愛いんだから!」

「俺はバイで雑食だからいいけどよォ、お前特殊すぎんだよ。普通のノンケも普通のホモも普通のバイもお前は対象外だろ。なんならレズも」

 その言葉に、桃園のこめかみでピキリと音がした気がした。ガタッと立ち上がり、鹿村を指さして叫ぶ。

「壮五サイッテー! この節操無し! ハーレムバイドル!」

「あぁん!? 言ったなゴルァ! この女装単純野郎が!!」

「あ……あのぉ、お客様……?」

 ヒートアップしかけた二人の論争に、控えめに水が差された。横を見ると、飲み物をトレイに載せた店員の姿。少し困ったように眉根を寄せ、二人を見比べている。

「他のお客様のご迷惑になってしまいますので……どうかお静かに……」

「……あ、すみません……」

「すんません……」



「お待たせいたしました。カップル限定トロピカルパフェでございます」

 そんな声とともにテーブルに置かれたパフェは、キウイやマンゴー、オレンジといった夏らしいフルーツで飾られていた。通常サイズのトロピカルパフェの2倍の量があるというそれは、窓から降り注ぐ夏の光にキラキラと輝いている。それが映る桃園の瞳も南国の太陽のように輝いた。

「うっわぁ……すっごく美味しそう……」

「ごゆっくりどうぞ」

 店員さんが下がると、鹿村は傍らのスプーンを手に取った。キウイごとホイップクリームを掬い、桃園に差し出す。

「……なにさ」

「見りゃわかるだろ。『あーん』だよ、『あーん』」

「えー……」

 あからさまに口を尖らせつつも、鹿村が差し出したスプーンを咥える桃園。半目のままで咀嚼し、口を開く。

「……美味しいけど」

「だろォ? いとこ様の『あーん』は格別だろ?」

「いとこ関係ないし。別に『あーん』じゃなくても美味しいし」

「はぁ?」

 鹿村を無視し、桃園は自分のスプーンを手に取った。ふと気になり、問う。

「ていうか壮五、写真撮んなくてよかったの?」

「分かってねぇな。カップル限定スイーツなんて食ったと知れたら週刊誌が飛びつくだろ。ファンの子たちを悲しませるわけにはいかねえ」

「とか言って、そのファンの子たちだって遊び相手でしかないんでしょ?」

「ざけんな。ちゃんと全員愛してやってるわ」

「本当に~?」

 無意味に胸を張る鹿村に疑念の目を向けつつ、桃園はキウイとクリームを口に含んだ。キウイの弾ける酸味が心地よく、クリームの甘さと爽やかなハーモニーを奏でている。思わず頬を押さえ、声を上げる。

「ん~、美味しいっ! 来てよかった~!」

「へっへっへ、いとこ様に感謝しろよなァ」

「うん! ありがとう壮五っ!」

「ったく、単純な奴だなァ」

 腕を組みつつ、鹿村は桃園を見つめる。その笑顔は本当の女の子のように愛らしく、まるでペチュニアの花が咲き誇るようで。


(……だから、だろうな。お前を見てると妙に安心するっつーか)

 無邪気な笑顔でパフェを頬張る桃園と、それを見つめる鹿村。その瞳に、どこか慈しむような光が宿った。幼い頃から変わらない、桃色の花のような笑顔。桃園はバカで単純で女装趣味の変人だが、それでも幼い頃から苦楽を共にしてきた、無二のいとこなのだ。彼を見ていると、仕事の苦労も俺ハーレム構成員へのサービスも何もかも忘れてしまえるようで、鹿村はカンパニュラの花束を差し出すように口を開く。

「……なんつーか、ありがとよ。薫」

「急に何ー? そんなこと言われても薫は落ちないよーだ」

 再び半目になりつつパフェを頬張る桃園。自分にだけ見せる呆れたような表情すらも愛しくて、鹿村はファンに与えるような言葉を、また一つ飲み込んだ。

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