第3話 こわい夢

 夢の中、桜は自分の部屋にいた。部屋のベッドで横になっていた。電気も消して、カーテンも閉めて、猫の抱き枕を抱いて、ただ布団にくるまっている。

 そのときだった。

「やあ」

 誰かの声がして、電気がついた。桜は起きあがった。そこには、どこかで見たような若い男が立っていた。

「やっと、この部屋に来れたよ」

「西条敦」

「ああ」

 彼は強くうなずいた。

「それが私の名前だ」

「・・・何をしに来たんです?」

「旅に出る前に、君の部屋に来たかった。君のビシクルに」

「ビシクル・・・?」

「ああ。私たちの中にある小さな世界のことだよ」

 彼の言葉は、まったく分からなかった。

「それにしても、ひどい部屋だ。明かりが無ければ分からないが」

 彼は部屋をじっくり見回した。落書きだらけ、ぺんきまみれの壁と床。落として壊れされた写真立て。焦げ付いたアルバム。そして。

「こんなものまである」

 部屋の中央にあった、ライフル銃を拾い上げた。

「弾はコルクか」

「・・・もう、帰ってください」

「君は僕の中に入っただろ?」

「・・・そうですけど」

「何を見た?」

 彼は微笑んだ。

「君は、真実を見たんだね。僕がたどり着いた」

「・・・」

 答えない桜を見て、彼はまあ、いいか、と言った。

「私も君の中に入ったんだ」

 桜はどきりとした。

「・・・」

「君の人生とその心象風景すべてを見た。君がそんな姿になるのも理解できる」

「・・・え」

 桜は自分の手を見た。それは人間の手ではない。何かネズミのような。被っていた布団を見ると、それは自らの体の突起によってずたずたに引き裂かれていた。

「まるで、ヤマアラシかハリネズミだ。君のこのビシクルも周りはそうなっていた」

 西条は笑って、桜のベッドを指さした。

「驚いたよ。こんな異常なことになっているとはね」 

 桜はぎょっとしてベッドの隣を見た。そこには血だらけの村崎櫛が横たわっていた。

「うああああああ!」            

 桜は悲鳴をあげて、ベッドから落ちた。

「かわいそうに。君が抱いたばかりに」

「嘘だ」

 桜は首を振った。

「こんなの、嘘だ・・・ああ・・・」

「君を救えるのは、あれだけだよ」

 カーテンが開いた。白い太陽が遠くに神々しく光っている。桜はうつろな目でその光を見た。

「あれが、プロトコンシャス」

 彼は言った。

「無限に積み重なる、意識の階段だ」

 西条は、窓を開けた。そして、そこへ飛び込んでいく。

「さあ、旅に出よう。あの中へ、我が母の元へ行くんだ」

 さようなら、と彼は言った。窓から、部屋の中に、ピンクの液体が流れ込んでくる。動物の臭いがする液体だ。それが小部屋を満たしていくのを、危機感もなく焦燥もなく、桜はただ呆然と見ているだけだった。


 息が止まりそうになって、夜中に目が覚めた。

「はあ・・・はあ・・・」

「・・・桜、どうしたの?」

 ヒクイドリが球体の中から呼びかけた。

「・・・はあ・・・はあ・・・」

 桜は頭を押さえた。

「ねえ、桜?どうしたのよ?」

「はあ・・・もう、嫌だ・・・」

 桜は泣いていた。

「僕の中に入ってくるな・・・」

「桜!大丈夫?」

 ヒクイドリのあわてた声がする。

「ねえ!」 

 しばらく過呼吸みたいな状態が続いた。息が苦しく、動悸とひどいめまいがした。

 しばらくして、桜はなんとか落ち着いた。

「はあ・・・・・・はあ・・・・・・」

「・・・・・・桜」

「大丈夫・・・。ちょっと、怖い夢を見たんだ」

「もう、朝よ」

 ヒクイドリは静かに言った。その言葉は、思わず礼拝したくなるほど、ありがたいものだった。

「朝・・・」

「今日は、やることがあるんだから」

 ヒクイドリは言った。

「しっかりして」

 桜はうなずいた。

「ああ、早く聖体パンを見つけよう。櫛には昨日、頼んであるから」

「あの子、大丈夫かしら」

「ああ」

 桜は眉を潜めた。

「櫛ちゃんは、強いから」

 

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