第4章 まずいことに 第1話 バレたお


「こいつだよ、ママ!」

 ジャックは母親のローズに桜を告発した。

「こいつ、物置で何かしてた。泥棒だよ」

「・・・」

 ローズは冷たい目で桜を見つめている。

「ええっと」

「どうですか、エミリアさんの養育係の方」

 ローズはぴしゃりと言った。

「息子の言っていることは事実かしら」

「・・・物置にいたことは事実ですが」

 桜は内心冷や冷やしながらも平然と言った。 

「やましいことは何も」

「やましいことでなければ、あそこで何をしていたんです?」

「・・・迷い込んだんです。自分はこんなにたくさん部屋がある家は初めてですから。いいお屋敷ですね」

「・・・そう」

 ローズは鬼の面を張り付けたように、表情をぴくりとも変えなかった。

「一応あなたの言うことが本当であったとしても、とりあえずシャーロットおばあさまには報告をしておきますね」

「・・・ええ」

 桜は、ごくりと唾を飲んだ。

「かまいません」

「ありがとう」

 ローズは部屋の扉をぴしゃりとしめた。

 桜は胸をなで下ろした。

「・・・セーフ」

「セーフじゃない」

 櫛はじろりとにらむ。

「アウトよ。何怪しまれてるの。居づらくなったらどうするの」

「居づらくなっても、居られるからセーフだろ。この家の連中にどう思われても別にいいし」

「・・・」

 櫛は眉をひそめた。

「・・・どうしたの」

「別に」

 櫛はそっぽを向いた。

「エミリアは?」

「トイレだって」

「そう」

 櫛は、ベッドの上に広げてあった絵本を拾い上げた。

「何それ?さっき読んでたやつ?」

「・・・絵本よ。エミリアの好きな本なんだって」

 櫛は本の表紙を桜にも見えるように向けた。表紙絵になっているのは夜空に浮かぶ月で、その中に、優しい表情をした竜の子供が丸くなって眠っている。英語でも中国語でもない、桜の読めない文字で題名が書かれていた。

「風は止む」

 櫛は言った。

「読めるの?」

 桜は驚いた。

「いや、エミリアが口で教えてくれた」

「口で」

 桜は、首を傾げた。

「異世界に来てから、ずっと気になってたけどー何で僕たちはエミリアたちの言葉が分かるんだろう。向こうも日本語通じるし」

「・・・そういえば、不思議ね」

 櫛は軽くうなずいた。

「色々困ることがあるから、ヒクイドリが何とかしてくれてるんじゃない?」

「・・・そうなの?」

 桜はポケットの中の赤い球体に話しかけた。

「・・・ぐうぐう」

「ヒクイドリさん」

「・・・ぐうぐう」

「・・・」

 櫛は唖然とした。

「寝てる」

 桜はポケットからその球体をつまみ上げた。櫛はそれを奪い取って、ぱちんと叩いた。

「痛っ!」

「起きろ、ヒクイドリ!」

「・・・眠い・・・何であんた私の扱いがそんなぞんざいなの」

「うるさい」

 櫛は眉をひそめた。

「寝てんじゃないわよ、こんな時間に。子供か」

「眠いもん。ていうか何か怒ってる?」

 ヒクイドリは言った。

「何の用?」

「何で現地の言葉が分かるかって話」

「・・・・・・迷彩服のせいよ」

「櫛は着てないけど」

「そいつは、なんか・・・大丈夫なのよ」

「・・・なんかって何よ」

「もういいじゃん、そんなの」 

 ヒクイドリの機嫌は悪かった。

「それより、ガキと遊んでないで、あんたも聖体を探しなさい。以上。おやすみ」

「・・・おいこら」

「ぐうぐう」

 ヒクイドリの寝入りは素早く、もうしばらく起きる気配はなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る