2章-63話 優先すべきは

「どうやら上野木はいないようだな」


「あ、ああ。あいつらなら数日は戻ってこない、だろう」


 ノエルの呟きに二人を置き去りにしたことを思い出し、ステラの背に冷たい物が流れる。水蛇竜を倒し、洞窟の魔物もそれほど多くは残っていない。とはいえ、怪しげな男がいる状況で置いてきてしまった事に今更ながら不安が込み上げてきた。


 問題なくこの里に向かってきていても、行きより時間がかかる。数日かかって里についたとしてその時には戦いは終わっているだろう。


 そう思えば逆に置いてきてよかったのだとステラは自分を納得させた。


「ここはじきに戦場になる。シンヤ達と合流したいのであれば山頂を目指せば出会えるかもしれん。すぐに向かうといい」


 多量の魔物と魔族。その襲撃に耐えれるほど鳥人の里には戦える人員はいなく。シンヤの仲間というこの男をかくまっていられるほどの余裕はない。


「ふむ。わかった。それでは私達はこれで失礼……」


「ちょっと待ってくれよノエルっ!」


 踵を返そうとするノエル、その背後から少女の声が聞こえた。どこかで聞いたことのある声だと首を捻るステラは、次の瞬間その眼を見開く。


「……クシュナ……か?」


 おずおずとした調子で室内に入ってきたのはステラにとっては見知った顔だった。


「ひさしぶり、ステラ姉……ぐえっ」


「生きていたのかっ!?」


 申し訳なさそうな表情のクシュナを飛び掛かるようにして抱きしめる。いきなりの抱擁にステラの腕をバンバンと叩き抵抗するもその締め付けは強くなるばかりだ。


「くるっ。苦しいってっ」


「ばかやろうっ! 生きていたならなんで帰ってこないっ! あたしはずっとあんたが死んだと思ってたんだぞっ!」


「わかったっ! わかったから一回放して、死ぬっ! ここで死ぬっ!」


 暴れるクシュナをひとしきり抱きしめ、ゆっくりと身を離す。


 クシュナは鳥人族だ。その腰から生える翼が同じ種族だと言う事を雄弁に物語っている。鳥人の里で生まれ、ステラとスレインの後をいつもついてきていた妹分。


 もうずいぶん前、母親に連れられ人族の街に行ったとステラはそう聞いていた。何年かして母親が死んだと人づてに聞き、近くの街を探したりもしたのだが結局クシュナの行方はわからなかった。


 大襲来もあり、彼女は死んでしまったのだと、そう思っていた。


「いろいろ聞きたいこともあるけど、時間も無い。お前はそいつと一緒にここを出な」


「そんな。じゃあ皆で逃げれば……」


「他の連中、逃げるつもりはないとさ……しょうがないからあたしが返り討ちにしてやるつもりだよ」


 クシュナが生きていてくれた事を嬉しく思うも、もうじき魔族の襲撃があるとわかっているのだから、間の悪いことこの上ない。ステラからすればノエルと共にここから離れてほしかった。


「では私達は失礼する」


「待って、って! ちょっとノエルこっち来て……」


 ステラの言葉にノエルは先程と同じように表情を変えずに外へと出ようとするが、クシュナは腕を引いて部屋の隅へ連れて行く。


「行っちゃうのか?」


「問題ない。我々の目的は上野木と合流する事だ」


 身長差のあるノエルを屈ませ、クシュナは小声で話しかけるが、見当違いな答えが返ってくる。それでも彼の言いたいことはわかった。


 聖都を脱出した際に助けた四人を湖畔の村に連れ帰り、シンヤ達の助けになろうとここまで来たのだ。目的が違うとそう言いたいのだろう。


「そうじゃなくて。このままじゃここの皆助からないんじゃ」


「そうだな。ここに来る前に見た彼等の中ではあの娘以外戦力にはならないようだ。ほぼ間違いなく全滅するだろう」


「っ!? ならっ!」


 クシュナにとって十年も前に出た里の人々の事だ。ステラを含めた数人以外覚えてすらいない。それでも同族が全滅するかもしれない戦いを放ってはおけなかった。


「私は私の目的と上野木を保護する事を最優先にしている。ここの鳥人達を助ける理由が無い」


「でもっ! ノエルは僕を助けてくれたよね」


「あの時は力も万全にあり、相手も強敵でなかった。今回は敵の数も多い。完全に回復していない私が手助けしたところで戦況は大きく変わらないだろう」


 言葉は正しく、それはクシュナにも理解できる。彼女自身は弱く、魔物数匹に囲まれれば殺されてしまうのだから。状況を正しく理解していればここから離れるのが最善なのだ。


 それでも……初めて出会ったクシュナをノエルは助けてくれた。


 野盗に襲われ、これで死ぬのだと思った時に、絶望の色に染め上げられた瞬間に、彼は何でもない顔をしてクシュナを助けてくれた。


 勝手な考えなのはわかっていても、同族を助けてほしかった。


「そろそろここを出よう。魔物に見つかれば上野木との合流が難しくなるだろう」


「……っ!? ノエルのばかぁぁぁっ! もう勝手にすればいい。僕は残るからねっ!」


 あまり時間が無い。そう言って立ち上がるノエルに向け、クシュナは眼に涙を溜めて叫ぶと、外へと飛び出して行ってしまった。


 首を傾げるノエルの肩に背後からステラが手を置いた。


「クシュナはああ言ったが、あんたが言ったように無関係なあんたが手伝う理由は無いんだ。あの子はあたしが説得するからあんたは先に行きな」


「……ふむ。了解した。君達も健闘を祈る」


 ステラの言葉にしばし顎を触りながら何か考えたノエルだったが、答えがみつからなかったのか、腑に落ちない様子で里を後にしたのだった。


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