2章-31話 魔法戦 後編


 炎の弾はシンヤばかりを襲い、その行動を制限していく。


クシュナが隙を見て上階に向かう出口に近づくが、辿り着く前に炎の雨が進路を塞いでしまう。


「シンヤばかり狙って、相変わらず性格が悪いのねっ! 『フリーア』」


 呪文がクロエの口から発せられると、彼女の掌から何本もの氷の矢が飛び出し、マグルスの放つ炎に当たり水蒸気へと変わる。


 マグルスの放つ魔法の炎は、その全てをクロエの氷の魔法に相殺されていく。


「さすがはクロエ様。ではこれはどうですかな。『ローシャ』」


 結果を見てすぐにマグルスは別の呪文を唱える。すると今度は拳大の岩が空中に生成されていく。


「くっ、皆、私の後ろにっ! ……『エスクード』っ!」


「ふふっ。行きますよ」


 幾つもの岩が生成されていくのを見たクロエが、シンヤ達の前に向かい両手を突き出し呪文を唱えると、彼女の前に薄っすらと紋様の描かれた透明な壁が構築された。


 壁が現れるのとほぼ同時にマグルスの周囲に生成された数百もある岩の群がシンヤ達に向け放たれる。


 襲い来る岩は魔法の壁に阻まれ、突破することは無く次々と砕けて行った。


「……素晴らしい。私はこの杖で魔力の底上げをしているのですが、それでも貴方の才能には及ばないようです」


「そう思うならここを通してっ!」


 すべての岩が無くなり、マグルスは杖を持ったまま手を打ち鳴らす。


 単純な魔法の戦いであればマグルスがクロエに勝つことは出来ない。


 だが、こうもクロエが防戦一方になるのは、背後にいるシンヤ達を守りながら戦っているからだろう。


 ここには詠唱をする間、守ってくれる兄がいないからだ。


「先ほども言いましたが、そういうわけにはいかないのですよ。特にクリス君とシンヤ君、と言ってもシンヤ君の場合は、その指輪に用があるのですがね」


 周囲に部下がいない状況であるのにもかかわらず、マグルスには四人を逃がすつもりはない。


 シンヤ達が脱出できる通路は二つ。

 

 しかし、元来た道を戻ったとしても地下から抜け出す事がさらに難しくなるだけ。かといって上階へ続く出口に向かおうにも、マグルスの魔法が飛んできくる。


 この場から逃げ出す為には教主を倒す必要があるのだ。


「……もう死んでもらった方が早いかもしれませんね……これで終わりにしましょう『シャーマ=フェローズ』」


 少し顎に指を当て考え込む様子だったマグルスは、顔を上げて呪文を唱え杖を持ち上げる。その先端からは先程とは比べ物にならない程の熱量が集まり始めた。


 杖を中心に空中に五つの炎が浮かびあがると、次の瞬間には全ての炎からシンヤ達に向け火炎が投射されたのだ。


「えっ、詠唱破棄?! くっ……『エスクード』」


 驚きの声を上げたクロエはすぐに盾の魔法を唱える。彼女の正面に先ほどと同じように透明な壁が現れる。


 詠唱の必要としない下位の魔法でも人間一人を殺すには十分だが、さらに威力が高い中位以上の魔法は詠唱が必要になるのだが、マグルスはそれを省略し呪文だけで中位の魔法を発動させて見せた。


「ここからが見せ場です……」


 魔法の壁は炎を防いでくれるが、マグルスはさも愉快と言わんばかりに笑みを浮かべたまま火炎を放ち続けている。


 炎は周囲の空気を焼きながらもクロエの盾を突破することは出来ないのだが、それでもマグルスは魔法の行使を止めず、さらに威力を高める為、握る杖に魔力を籠めた。


「……っ?! まさかっ!」


 息苦しく……上手く呼吸が出来なくなっている。

 

 それに気づいたシンヤは火炎を放ち続けるマグルスの意図を理解した。


「……はぁ、はぁ、くる……しい」


「息が……」


 酸欠……。


 いかな魔法で生じた現象とはいえ、炎は周囲の酸素を広範囲で燃やし続けている。それはシンヤ達の周囲に呼吸可能な酸素が少なくなることを意味していた。


 背後で膝を着くシーナとクリスを見て、シンヤはあまり時間が残されていない事を悟った。


「くそっ……まず……い」


「み、んなっ……」


 魔法も使えず、アウラの助けも無いシンヤには、目の前に広がる炎をどうにかする方法も、マグルスの魔法を止める方法も見つからず、徐々に近づいてくる死を待つことしか出来ない。


 それは苦悶の表情を浮かべながらも、炎を防ぎ続けているクロエも同じことで、魔力よりも先に酸欠による限界が近いのだ。


「どう、して……?」


「おや? 不思議ですか? 同じ室内で私だけが平気なのかと……知りたいですか? ふふふっ、あははははははっ。残念ですが教えません。教えたら面白くないですからね」


 朦朧となるシンヤに疑問が浮かぶ、室内にいる仲間は全員苦悶の表情をしているのに、なぜマグルスは平気そうな顔で魔法を使い続けれるのだろう。


 声が聞こえたのか、シンヤの顔に疑問が浮かんでいたのか、マグルスは酸素の少なくなっているはずの場内に響く声で高笑いをする。


「あはははははははっ……はっ?」


「お前の高笑いは昔から嫌いだ……虫唾が走るっ!」


 マグルスの笑いに被せるように、外へと通じる出口から聞き覚えのある声が届く。


 次いで突風が室内へと流れ込んだ。


 激しく巻き起こった風は、新しい空気を送り込み、場内に酸素が供給されると幾分か苦しさが緩和されていく。


「っ……?! ……ぐぶっ!」


 一瞬。


 突風が巻き起こる中、人影が一直線に戸惑うマグルスへと肉薄し、その胸を剣で貫く。


 勝利を確信していたのか、魔法を行使していた為か、抵抗する事も出来ず、心臓に刃を突きたてられたマグルスはその場で吐血した。


「な……っ?!」


「ここで死ねっ!」


「がぁっ……」


 差し込んだ剣を体内で抉るように捻ると、炎が収まり同時に突風も無くなる。視界が広がり、シンヤの眼には剣を抜き去るリュートの姿が映った。


 膝から崩れ落ちるマグルスは階段を転がり落ちると、訓練場に倒れ伏し、地面を赤黒い染みで汚していく。


「兄、さん……」


「……クロエっ! すまない、遅くなった……」


「……ありが、とう、兄、さん」


 観覧席から身を翻したリュートはクロエに近づくと、そのふらつく身体を抱きとめる。魔力の放出による疲れと酸欠で、彼女の限界も近かったのだろう。


「リュート、他の、皆は?」


「子供達を安全なところにまで送りノエル殿にあとを任せてきた……と言っても連れ出せたのは記憶の戻った子供達とソフィーの父親だけだが……」


「……そっか、助かったよ」


 荒く呼吸をするクロエを優しく座らせているリュートに、まだ少し朦朧とする頭を振りシンヤは問いかける。子供達の行方が心配だったのだが、それを察したのか彼はすぐに答えてくれた。


「……死んだ、のか?」


「ああ、確実に心臓を貫いたからな」


 シンヤは視線をマグルスの方へと向ける。


 背中に広がる血を見て、先ほど迄高笑いをしていた聖都の支配者、あまりにもあっけないその最後に、シンヤは実感の無いまま目を背け仲間達に向けた。


「あ~死ぬかと思ったっ! 前にどこまで飛べるか高く飛びすぎた時みたいだった」


 クロエはまだ座り込んだまま息を整えているが、少し離れたところでクシュナが背中の翼と両手をパタパタとさせながら騒いでいる。


 シーナとクリスの二人も辛そうにしているが、シンヤが思うよりは平気なようだった。 


「教主が死んだあとのグライストの行動が読めない……とにかく一度ここから出るぞ」


「父様は?」


「グライストの息子か。奴はまだ外を見回っているはずだと、途中で会った信者から聞き出した」


「こいつが死んだのなら父様はもう自由なんでしょっ。僕は父様のところに行くっ」


 剣の血糊を振り落とし鞘に納めるとリュートは出口へと向かおうと促すが、それをクリスが引き留める。

 

 悪の首魁がいなくなったのだから、自分の父親も解放されるはずだと、そう信じているのだろう。


「あいつがどういう反応をするかわからん以上、俺達は一度この街を出る」


「リュート、クリスが言う事ももっともだろ? 教主さえいなければグライストさんも話を聞いてくれるかもしれないし、おれはついていってあげたいと思う」


「お兄さん……」


 街を離れる意見を変えるつもりのないリュートに、シンヤも説得に加わる。父の心配をするクリスの気持ちを思えば、出来るだけ早く話をさせてあげたかったのだ。


「それに、他の村人や聖都の人達も何とかしてあげ……」


「シンヤさんっ! 危ないっ!」


「っ……?!」


 シンヤの言葉は最後まで続けることが出来なかった。


 名前を呼ばれ振り返ったシンヤをシーナが強く押し倒したのだ。


「シーナ、何を……っ?!」


 不意の出来事にそのまま地面に倒れたシンヤは顔を上げる。


 そこに立っていたシーナの腹からは異物が生えていたのだった。


 


   ◆     ◆     ◆




 紫のメイドは人の居ない通路を一人歩く。


 父に命じられた仕事の最低限を終わらせ、次の仕事をする為だ。


「無事でいてください……」


 聞いているはずの父に聞こえぬように、セラは口の中だけで言葉を零した。


 セラがシンヤ達を助けに入ったところで、その場しのぎにしかならない。


 教主を殺す事はできないのだから。


 だから今はシンヤ達の無事を祈ることしか出来ない。


 彼女は調べなければならないのだ。


 教主とこの街の謎を……。


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