2章-30話 魔法戦 前編

 階段を上り切り、扉を開くと先ほどと同じような通路に出る。


 今度は真正面に続く一本道。


 今のところ人の気配は無いが、誰かが通ればすぐに見つかり逃げ道も無い。


 それでも、戻ったところで捕まる可能性が上がるだけ、シンヤ達には進む以外の選択肢がなかった。


「クリス、あとどれくらい上がれば外に出るんだ?」


「この次が最後だよ。ここは地下二階、この階にあるのは訓練場だけなんだ」


 通路を走りながらクリスと話をしていると、先に強い明かりが見え、そこから微かに人の話声が届いてくる。


 慎重に進み室内を伺うと、そこは天井が高く、部屋というよりは闘技場のような作りになっており、その中心にはクロエとクシュナがいた。


 二人は訓練場の外周、観覧席を睨みつけている。その視線を追っていくと、豪華な椅子に座るマグルスの姿が見えた。


「……おやおや、シンヤ君ではないですか……それに、クリス君と……もう一人は覚えがありませんね」


「……マグルスっ!」


 シンヤ達に気づいたマグルスは、大げさな身振りをしながら話しかけてくる。その甲高い声で、シンヤは牢での拷問を思い出し、恐怖と共に怒りが心を支配していくのを感じた。

 

「シンヤっ!」


「兄ちゃんっ!」 


「……良かった……二人とも無事だったんだ」


 シンヤの声に気づいたクロエとクシュナが声をかけてくる。


 無事な姿を横目で見てシンヤは安堵の声を漏らすが、マグルスから視線は外さない。


 あの狂人はどんな行動をとるかわからないのだ。


 マグルスの見た目は五十代は過ぎているように見え、全盛期はとうに過ぎているのだろう。だが、ここは異世界、見た目で強さがわかるわではない。


 シンヤは警戒したまま周囲を見渡す。


 訓練場は円形、出口は二か所。


 シンヤが入ってきた箇所と上階に向かう為の出口のみ。マグルスの座っている観覧席には人は誰もおらず、どこかに人が隠れているとも思えなかった。


「クリス君、君が協力していたのですね……お父様に怒られますよ」


「うるさいっ! お前が父様をおかしくしたんだろうっ!」


 周囲を窺っていると、煽るような口調でマグルスが口を開く。


「クリスっ! 待てっ!」


「離してよお兄さんっ! あいつが父様をっ!」


 飛び出しそうになるクリスの肩をシンヤが慌てて引き留める。不用意に近づいては何があるかわからないのだ。


「いえいえ、私は彼に何もしていませんよ。むしろ協力関係、いや共犯者ですかね。……ふふっ、私と彼の目的が一致したので、お互いに協力しているだけですよ」


「お前の言葉なんか信じないっ! 僕がお前をやっつけて父様を救うんだっ!」


「落ち着つけクリス、何かおかしい……」


 腑に落ちない。


 もしシンヤ達の脱出計画を知っていたとして、なぜマグルスは一人でこんなところにいるのだろうか。


 この聖都の支配者ならば、それ相応の部屋に居るのが普通ではないのか。


 共の一人も連れずにここで座っている理由はなんなのか。


 シンヤはマグルスがただの狂人で無い事を知っている。冷静に物事を判断し、時に大胆な行動もとれる正常に狂った男だと言う事を、身をもって知っていた。


 だからこそ、今の状況がおかしいと感じるのだ。


「しかし、中々どうして……。すっかり騙されましたよ……おかげでグライストを含めほとんどの信者達は、外の抜け道を抑える為に出払ってしまいました」


「……なんの、話をしてるんだ?……」


 脱出する為に動いてくれたクシュナも、協力者のシーナもクリスもここに居る。マグルスの話と聞いていた作戦とのずれをシンヤは感じた。


「ん? 貴方達の仕業なのでしょう? ここから逃げ出す為に火をつけ、リュート殿下が抜け道を使って外に出る。その情報を彼等が牢から出てすぐに教え、人手が減っている内にシンヤ君を逃がす。実にいい手でしたよ」


「……その割には余裕がありそうだな」


 ぺらぺらと現状を教えてくれるマグルスに、懐疑の眼を向けるシンヤだったが、全員が牢から逃げる事が出来ていると聞き、心の中で安堵する。


 たとえ何か罠があるのだとしても、クロエ達と合流出来、リュート達の安否も一応は確認が取れたのだ。


 あとはここから逃げ出すだけ。


「いえいえ、ここで貴方達に会えたのが僥倖だと思いまして……」


 話の内容とは裏腹に、余裕の笑みを張り付けたままのマグルスは、豪奢な椅子から立ち上がると椅子の脇に置いてあった杖を握り締めた。


 その動きにシンヤは身構える。


 杖を見て真っ先に思い浮かぶのは、物語の中であれば魔力の増幅だ。あの杖にどんな効果があるのかはわからないが、今のシンヤ達の中でまともに戦えるのはクロエだけなのだ。


 警戒するに越したことはない。


「一人でわたし達に勝てると思ってるの? 素直に逃がした方がいいわよ」


「そうしたいのは山々なんですが、グライストが来るまで足止めくらいはしないと、彼に怒られてしまいますからね……」


 戦力と数えれるのはクロエくらいなのだが、頭数ではこちらが上。


 それでもマグルスは引くつもりも、見逃すつもりもないようで、薄ら笑いを張り付けたまま杖を構える。


 杖に力が籠められ、訓練場の空気が重くなっていく。


「では、行きますよ。『シャーマ』」


「危ないっ!」


 前に傾けた杖から生み出される炎の弾は、迷うことなく一直線にシンヤ達を襲う。


 目の前に迫る炎の弾に反応できたシンヤは、クリスとシーナを抱えて横に飛ぶ、遅れて着弾した炎は地面の上で燃え上がり、土を焼き焦がす。


「……ありがとうございますシンヤさん」


「ごめんお兄さん」


「いいから二人は下がってて。あんなもの食らったら一溜りも無い」


 シンヤがそう言っても、訓練場の中に逃げ場は無い。


 遮る物の無い開けた場所で、距離をとること以外に出来る事は少なかった。


 焼け焦げた跡を見て戦慄する。


 あの炎を一発でも受ければ焼け死んでしまうだろう。


「あのおっちゃん魔法使いなのかっ?!」


「ええ、マグルスはかつての女神教団の司祭。魔力も高いしほとんどの属性に適正があったはず……でも、昔よりも強くなってる?!……」


 マグルスの魔法を目にしてクシュナも驚きの声を零す。実用出来るレベルで魔法を行使できる人間は希少なのだ。


 その上、昔のマグルスを知るクロエでさえ、魔力の高さに驚いていた。


「当たり前です。私自身この破滅の世界を生きてきたのですから。……さて、魔法合戦と参りましょうクロエ様」


 シンヤ達の反応に気を良くしたのか、上機嫌のマグルスはさらに杖を振るうのだった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る