2章-20話 最強の人種
一合一合に気迫を乗せて剣を振るい。
一撃一撃に全霊を籠める。
精霊剣は長時間使用する事は出来ない。
手にする得物は、比べるべくもなくレベルが違う。素人のシンヤでさえ二人の持つ刃の良し悪しがわかるほどのなのだ。
精霊剣の効果が切れれば、すぐにリュートの剣は折れてしまうだろう。
先ほどセラの口から人種最強の男と聞いたのだが、シンヤの眼には伯仲。拮抗しているように見え、むしろリュートが押しているようにも思えた。
二本の剣を巧みに扱い、グライストへと打ち込む。先ほどまでと違い、リュートの剣を捌ききれなくなっているように見えたのだ。
「ここまでとは……。元から才能のある方だと思っていましたが、この破滅の世界でさらに腕を磨かれたようですね」
「お前に褒められるとはな、だがその余裕そうな表情が気に入らん。……ここで最強の称号をもらうぞっ!」
「私を倒すことが出来ましたらご随意に……」
「ぬかせっ!」
切り結ぶ中でリュートの成長に舌を巻くグライストだったが、その表情からは焦りなど微塵も感じず、むしろ師が弟子に向け賛辞を贈るような物言いだった。
二人の剣は、言葉を交わしながらも止まらない。
的確に切りかかるリュートの剣は、合わせるのがずれれば、グライストを両断出来る程に鋭い。それを寸分の狂いもなく弾き、打ち払う。
それを何度繰り返しているのだろうか、達人同士の戦いを初めて目にするシンヤは呼吸をするのも忘れ、その姿に見入ってしまっていた。
「シンヤ様、今のうちに他の村人にも処置を……」
「……止めた方がいいぞ。グライストが止めたからこそ、我々は彼を信じて待っている。君達が強引に行動するつもりなら、私の家族が黙ってはいない」
「……っ!!」
放心するように戦いを見ているシンヤに、セラが耳打ちをしてくるが、その動きを見た教主マグルスは、言葉で牽制してくる。
まだ四人しか記憶を戻せておらず、他の九人は全員大人。取り押さえて無理矢理抑えつけていれば、信者達は無防備なシンヤ達に襲い掛かってくると、そう言っているのだ。
「中々見れないですよ。このような戦いは……大人しく見ていてください。……それか、手助けしたいのであれば構いませんよ。何人がかりだろうと、彼を倒す事は出来ませんから」
穏やかな表情を浮かべる教主は、グライストに絶大な信頼を置いているのだろう。何人がかりだろうが、誰が相手であろうが、最強の騎士は打ち破れないと、そう思っているのだ。
リュート一人でも拮抗出来ているのだから、クロエ、ノエル、セラ。そしてアウラの力を使ったシンヤが加勢すれば、すぐに勝負はつくのではないかと脳裏をよぎる。
『馬鹿な事を考える出ないぞ。あの二人の動きは、お主がいくら強化したとしても、ついて行けるものではない』
「でも、手助けくらい……」
アウラの言葉にシンヤの反論は尻すぼみになっていく。目の前で繰り広げられる激しい剣戟に手を出すどころか、邪魔になる想像しかできなかったからだ。
『無理じゃ。……それにあの男、まだ本気を出しておらん』
「……っ!? リュートが押してるように見えるけど」
『良く見てみい。あやつまだ一度も剣を振るっておらんっ』
言われて見れば、グライストは自身の剣を、リュートの剣を弾くことにしか使用していない。それでもシンヤからすれば、攻め手の動きが鋭すぎて防戦一方になっているように感じられた。
「それは、リュートが強いからじゃ……」
『それだけであの動きを捌ききれるわけが無かろうっ。あの男は様子を見ておるだけじゃ』
「それなら……」
『あの小僧でも勝てんじゃろう』
「……っ! なら、なおさら手を貸さないとっ!」
アウラの言葉に声を荒げ、二人の戦いに視線を戻す。
その瞬間、ガラスが割れるような音と共に、リュートの右手に握る剣が砕るのがシンヤの視界に映った。
「がっっ!!」
「確かに剣技のみであれば、あと少しで私に届きうるものです。……ですが、まだ私には届かない」
自身の剣が砕けた事で隙を見せたリュートの腹に、剣の柄が押し込まれる。衝撃で数メートル後方へと吹き飛び、檀上の壁に激突してしまう。
「ぐっ……がはぁっ!」
「兄さんっ!!」
「あとは武器の差。……精霊の力は強力ですが、効果が切れる前に元の剣がその力に耐えきれなかったようだね」
「……まだ、だっ!」
血を吐き、床に崩れ落ちた兄の姿に、クロエは悲痛な叫びを上げる。
武器の差、それもあるのだろう。だが、リュートの精霊剣は短時間とはいえ確実に剣の性能を押し上げていたのだ。
達人と呼べる程の実力を持つリュートだったが、グライストはそれを上回っていた結果なのだろう。
「……その怪我では、先ほどのような動きは出来ない。もう、投降してください。命までは取りませんので」
「馬鹿な事を言うなっ。そう言って記憶を改竄し、死ぬまで結界に命を吸わせるのだろ……」
震える身体を叱咤し、剣を支えに立ち上がるリュートに向け、降伏を迫るグライスト。その言葉通り殺しはしないのだろうが、この聖都の生贄として生きるという選択肢は死と同義なのだろう。
「いいえ。貴方程の方でしたら私と共にこの街の平穏を守っていただきたいのです。記憶は多少いじらせていただきますが、儀式はしません」
「ふざけるなっ! ここで、お前達を……殺すっ!」
「……貴方は知らないのですよ。本当の孤独と絶望を……」
「絶望なら乗り越えてきたっ!」
「……そう言うのであれば、全力で向かってきてください。教えて差し上げますよ。どうにもならない現実をね」
グライストの言葉に反応するかのように、今一度リュートはその足に力を籠め、踏み抜く勢いで床を蹴る。一気に加速するその動きは、端で見ているシンヤでも、目で追うことすら出来なかった。
「アウラっ! 合図でいつでも力を使えるようにしておいてくれっ」
『わかっておる。じゃが、お主が十数秒強くなったところでどうにかなるのかの?』
「何もしないでやられるよりはましだろ? それにクロエとノエルもそのつもりみたいだしな……」
視線を移すとクロエはリネットの横で詠唱をして、ノエルも拳を握りしめ、動きに備えているようだった。
シンヤの唯一の強みである身体強化は、あの化物じみたグライストを倒しうる事は出来ない。ならば、やれる事は、クロエとノエルの一撃をいかに当てさせるかにかかっていた。
視線で合図を送ると二人は頷き、シンヤが何をするのか理解してくれたと信じる。後はリュートの動き次第で一気に飛び出し、グライストを倒しきるのだ。
「シンヤ様、何をなさるつもりかはわかりませんが、リュート様が次に距離を取った時を狙いましょう。私が先行しますので、後をついて攻撃してください」
「はいっ! セラさんも一撃で離脱して下さい」
空気を感じ取ったセラも、戦況の打開を考えていたシンヤに声をかけてくる。
目の前ではリュートが一本になってしまった剣に力を乗せ、グライストへと追随していく。激しく壁に叩きつけられたのだ。怪我は軽くないはずなのだが、それを感じさせない程の気迫で剣を振るっていた。
だが、それでも届かない。
両手で握る剣が、限界を迎えたのだ。
だが、リュートは砕ける事がわかっていたのか、砕けた剣を捨て、上段で剣を構えたままのグライストを全力で蹴り上げる。蹴りは腰に当たり、全身鎧で身を包んだその身体を数メートル後退させた。
「はぁぁぁぁっ!」
「今だっ!」
『行くのじゃっ!』
瞬時に飛び出すセラを追いかけるように、アウラの力で全身に魔力を巡らせたシンヤも飛び出す。
現状武器らしい物は何も持っていない。無いのであれば、出来る事はその右手を握り締め、全力で殴りつけるだけ。
最強の人間を相手に、シンヤは無手で走り出すのだった。
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