1章-58話 エピローグ① 世界の救い方

 草の上に倒れ込み、シンヤは思いきり息を吸い込む。


 朝日に照らされ、空は青みを帯び始めていて、先ほどまで聞こえていた屍人の唸り声も無く、風の音だけがシンヤの耳に響いていた。


『生き延びたの』


「ああ、逃げ切った」


 脳裏に響くアウラの声も心なしか嬉しそうに聞こえる。身体は出血こそ止まったものの、まだ強い痛みが残っていたが、逃げ切ったという達成感に満足し、シンヤはゆっくりと息を吐きだす。


「大丈夫?」


「身体中痛いし、まったく動けない」


「ごめんね。もう魔力が無いから治してあげられないの」


「いいよ。今は魔物でも来ない限りは安全でしょ?」


「うん」


 声の方を向くと、クロエが心配するようにシンヤを窺ってくる。その顔は未だ晴れやかとはいいがたく、どこか辛そうに、眉を寄せていた。


 シンヤと二人生き延びたとはいえ、失ったものが多いからだろう。


「全部……無くなっちゃった……」


「でも生きてる」


「……生きていいのかなぁ」


「いいに決まってるだろ。それに、生きてる方が大変なんだよ」


 村は壊滅し、たくさんの人も死んだ。研究資料のあった屋敷は破壊され、最愛の家族の生死はわからない。


 絶望するには仕方のないほどの状況だろう。それでも先ほどのクロエと違い、悲観的で無いその声音にシンヤは安堵する。


「でも、これからどうしたら……」


「考えればいいさ。時間はできたんだ。おれと違ってクロエは頭いいんだし」


「……」


 この世界の、この村以外の事をほとんど知らないシンヤは、どうすればいいかなど、気軽に言えるわけもない。だが一緒に悩み、考えることならできるのだ。


「それで、生きて、またやり直せばいいと思う。おれも手伝うからさ」


「でも、わたしは世界を滅ぼしたのよ?」


「魔族に騙されただけだろう? クロエが騙されなくても、誰かが騙されてただけだよ。だから、君のせいじゃない」


 話を聞いただけのシンヤだが、世界を滅ぼそうとしているのは、魔族でありクロエじゃない。それぐらいはわかる。


「貴方を助けたのだって、偶然だったし」


「別にいいよ。助けられた理由が何であれ、助けられた事実だけで十分だっ」


 偶然見つけて偶然助けられた。でも、クロエ以外の誰かであったのならシンヤは死んでいただろう。


「わたしのせいで皆が死んでるのよ……」


「言ったろ。クロエのせいじゃないって。悪いのは全部魔族だろ?」


 元凶はクロエではない。シンヤの出会った魔族は二人だけだが、そのどちらも話し合いの余地がないほどの性格だった。きっと、他の魔族も同じなのだろう。


「上手くいっても、また魔族に壊されるかも」


「そうならないように皆で考えよう。それに、おれがクロエを守るから」


 これからも魔族の妨害が必ずある。だからと言って何もしないでは、それこそ死んでしまうだけだろう。


 だから成さねばならないのだ。シンヤは世界を救うためにクロエを守る。


「そんなに弱いのに?」


「それを言われると……。でも、弱くてもちゃんと逃げ切れたろ?」


「うそよ。シンヤは強くなったわ。最初に会ったころとは大違いよ」


 クロエの言うようにシンヤは強くなった。


 この世界基準で言えばまだ弱者に入るのだが、その心が強くなっている。周囲の人々に助けられながら、死を乗り越えて強くなっているのだ。


「クロエだって強いよ。だから、きっとこれからだって世界を救えるさ」


「私一人じゃ無理よ」


「おれも手伝う。それに……」


「なに?」


 シンヤは言葉を切り、視線をクロエの背後へと向ける。彼女からは見えない位置、森の中から見覚えのある二人の人間が出てきたのだ。


「ほら、見てみなよ」


「え?」


 振り返ったクロエの目に映るのは、ぼろぼろの姿の兄と、その兄に肩を貸しながら、ゆっくりとした足取りでシンヤ達の方へ歩くノエルだった。


「兄さん……」


「な? 言った通りだったろ?」


 口元を両手で抑え大粒の涙を流すクロエの横顔は、小さいながらも確かな希望を見つけたようだった。


「みんなで考えてさ。戦って、生き抜いていこう。そうしたら、クロエが皆に教えてくれよ」


「……なにを?」


 投げかけられる言葉に、その顔をシンヤの方へと向けて聞き返す。


「……この世界の救い方をさ」


「……うん」


 クロエは微笑み、小さく頷く。


 世界を救う。


 言葉にしたら荒唐無稽に聞こえるような事を、この先、シンヤ達は成し遂げなければならない。


 世界の命運を肩にのせて生きる心優しい女の子を、シンヤは自分の命の限り守り抜くと、改めて誓うのだった。

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