1章-34話 帝都



 交互に見張りをして夜を越す。


 といっても、よほどの大声や大きな物音を出さない限り、屋内に屍人が入ってくることはない。その為、何かあった時の為に一人が起きていれば問題なかった。


 ちょうど早朝の番をしていたシンヤは、昨夜と同じように二階の窓から外を見る。日の光が当たると屍人は、苦しむでもなく霧のように消えていき、そこに存在などしていなかったように、街は静寂の廃墟へと戻っていった。


「おはようシンヤ」


 階下に向かうと、すでにクロエ達は起きて準備を始めている。


「おはようクロエ、リュートも」


「先に行っているぞ」


 挨拶するシンヤを一瞥すると、リュートは扉を塞いでいた机をどかして扉を開ける。


「リュートっ」


「……なんだ?」


 外に向かう背中に声をかけるとリュートは足を止め、シンヤに向き直った。


「……昨日は、ありがとう。少し落ち着いた」


「はっ。別に礼を言われることは何もない。俺はお前を笑いに行っただけだからな」 


「それならそれで、勝手に礼を言っとくよ」


「好きにしろ」


 相変わらずのぶっきらぼうな物言いだったが、昨夜はその言葉に救われた。シンヤは今も眉間に皺をよせているリュートに改めて頭を下げると、自身も荷造りを始めた。


 少し意外そうな顔でシンヤを見ていたリュートだったが、すぐに表情を消すと荷物を持って荷車に向かった。


「昨日兄さんに何か言われたの? ひどいこと言われたならちゃんと言ってね」


「大丈夫だよ。リュートに助けられたってことだから、ちょっとむかつく言い方するけどね」


「ふふっ、兄さんは素直じゃないから」


 やり取りを見守っていたクロエが心配して声をかけてくれる。実際は悪態をつかれて馬鹿にされたわけだが、シンヤはすんなりとリュートの言葉を飲み込むことが出来たので、本当に悪い感情はわかなかった。


    

   ◆       ◆       ◆



 旅程は初日の野盗以外、特に問題もなく進み、6日目の昼前には帝都に到着することが出来た。道中で小型の魔物には遭遇したのだが、その全てをリュートとクロエが撃退しているため、シンヤはほとんど何もしていない。


 少し荒れ始めている道を進み、丘を登ると帝都の全貌が見えてくる。


 これまでの道のりで通ったどの街よりも大きく、まだ距離があるのにも関わらず、視界に入るその姿は、万単位の人が住むことのできるほど巨大な都市だ。


 中心に立つ城の堂々たる姿は、シンヤの記憶の中にある現代建築にも劣らないほど偉大な姿でそびえ立っている。


「すごい……」


 巨人でも通れるのではないかというほど巨大な門と、数十メートルはある塀を見て、シンヤは息が詰まるほどの威圧感を覚える。


 しかし、近づくにつれ見えてきたその門も、扉は打ち破られ、塀も所々が崩れており、シンヤにも5年前に魔族の侵攻によって崩されたのだと推測できた。


「誰も、住んでいないんだよね……」


「わからないわ、5年前にここから落ち延びてからは一度も戻っていないもの……」


 こんなにも巨大な都市に人が一人も住んでいないという。信じられずに言葉が漏れる。そんなシンヤの呟きに懐かしき故郷の、変わり果てた姿を見て、唖然とした表情でクロエは答えた。


 門をくぐると、街並みはさらに悲惨な状態になっている。目に見える家々の、そのほとんどが焼け落ち、倒壊し、瓦礫の山と化していたのだ。

 

「ひどいな……」


 普段無表情なリュートも想像以上の惨状に顔をしかめる。 


 大通りも道は抉れ、瓦礫が飛散し、なんとか鳥車が通れる、といった道をゆっくりと進み、坂を登ると城に辿り着いた。


 城内も外と似たような状態で、壁も床も破壊された後が今も残っている。


「それじゃあ、あまり時間もないし宝物庫を探しましょうか」


「探しましょうかって、場所知らないのっ?!」


 多少なりともショックだったのだろう。


 無理に明るく振る舞うクロエの発言だったが、疑問を感じてシンヤはすかさず声を上げた。 

 

「ええ、でもほら、こんなに広いし……」


「この城で育ったんだよねっ? リュートは?」


 生まれ育った城の内部を理解していなかったクロエをおいて、リュートに話を振る。


「知らん」


「おいっ、次期皇帝様だったんじゃなかったのかよっ?!」


 即答だった。


 宝物庫といえば王族が管理しているというシンヤのイメージを裏切り、リュートは顔を背けて答える。


 次期皇帝だったとはいえ、自分の城でも知らない場所があるということなのだろう。


「行く必要が無かったからな」


「わたしも、あまり興味なかったから」


「まじかぁ、ちなみにこの城どれくらいの部屋があるかはわかる?」


 外から見ても巨大な城だ。


 二人が当てにならないと分かった以上、シンヤが全体を把握して探し出すしかない。そう思い、部屋の数を確認する。


 部屋の数がわかれば大きさも把握しやすいだろうと考えたからだ。


「たしか部屋だけで800くらいあったと思ったけど……」


「はっぴゃくっ?!」


「大部屋を入れればもっとだ」


 シンヤの想定以上に城内は広いようで、驚くシンヤにリュートが追い打ちをかける。


 通路も広く一部屋が広い、目指すのは宝物庫なので部屋を探す必要はないのだが、それでもどこから手をつけていいものか。


「で、この巨大な城の中を三人で探せと……」


「がんばろうねっ!」


「時間もそんなにはない、手分けするぞ」


 理解しているのかしていないのか、余裕そうな二人を余所にシンヤはその場で頭を抱えるのだった。



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