第5話:LIKE A TURNTABLE(陰謀の街・レフトフィールドの全て!)

PART-A

 レフトフィールド中央特区、タンジェリンエリア。

 未来都市レフトフィールドの中心地点であり、この都市の最重要地点だ。


 内郭エリアと呼ばれる2から6番までのドームシティはそれぞれがかつての地球国家の首都に匹敵する規模と繁栄を享受し、圧倒的な「輝き」を放つ地上の星だ。

 その中央に坐する1番ドーム――つまり、中央特区・タンジェリンエリアは、それ一つでその他すべてのドームシティを凌駕する「富」を持つという。その最たるものが、レフトフィールドを建設したコングロマリット・雷電ライディーンの本部が入る「御柱」、クラスタービルだ。

 全高は推定1200メートルに達し、それより上は対隕石用フィールドバリアと電磁投射天球によって視認する事が出来ない、あまりにも巨大なビルだ。

 その内側には、もう一つのタンジェリンエリアと呼ぶべき・インターナルシティが広がっている。

 インターナルシティは地上100階までを商業地区とし、その上150階がオフィス、更にその上は雷電ライディーンのプライベートエリアとなっている。


 栄華を極めるレフトフィールドの中心地点。クラスタービル。

 そこに足を踏み入れるのは何年ぶりか。勿論プライベートで来た事なんかない。俺達タイトゥンアップ・タイムズの本社がタンジェリンエリアにあるってだけで、出社以外の理由でタンジェリンエリアに来ることもないんだからな。

 貧富の格差――。そんなものが無くならない。

 いいやそれすらも、この街のが、雷電ライディーンが仕組んだものなのかもしれない。



「――祝賀会が開かれるのは地上180階、専用パーティ会場だね。ここなら何度か行ったことがあるよ。最初に行ったのは確か…… アフター・サーヴィスの内定式の時だったかな。眺めが素晴らしいんだ。このレフトフィールドを見渡すことが出来る場所だ」

「やっぱりエリートは俺と住む世界が違うな…… 俺なんか、ここまで高いところに上がるのさえ人生で初めてだよ」


 ビルの壁面に設置されたガラス張りのエレベーターから街の景観を見下ろしている。上昇する速度たるや尋常じゃないが今更そんなことは気にならない。

 一週間前の事――ルビコンでの一件があって以来、こいつアーヴィングとの距離感は微妙な位置で固定されてしまった。アフター・サーヴィスの恐ろしさ、その片鱗を味わったからだ。

 こいつらがその腹の底で何を考えているか。考えたくもない。

 だがそんな関係性も今日で終わる。


 その祝賀会が、今の俺たちの目的地だ。


「――全く、高ければいいってものじゃない。雷電ライディーンの上層部はあまり頭が良くないね」

 不満そうに言葉を吐いたの遊馬だ。

「はははは、痛烈だね」

「移動だけで一苦労です。雷電ライディーンの連中は直通の転送ポートでも使ってるんでしょうけど」

「瞬間移動ならお前も使えるだろ?」

「クラスター・ビルの内側では無理です。妨害フィールドが張られています。最も、遊馬亭にも同じ力場を発生させていますが。雷電ライディーンの事です、それを回避できる裏道を持っているんでしょう」

「質量テレポートか。それはあり得るね。ただ、彼らはそもそもこのビルからほとんど出る事はないんだ。全てこのビルの内側で完結してしまうから」

「そんなの引きこもりだね。全く――」


 遊馬は相変わらずこの調子だ。だけど最近になってこいつの事も掴めてきた気がする。口は悪いが根はそんなに悪い奴じゃない。本当に腹が黒いのはアーヴィングのほうだ。

 エレベーターが終点に着き、そこからはエスカレーターに乗って更に上階を目指した。空中にせり出した巨大な吊橋が如く伸びるエスカレーターからは吹き抜けになった内部が見える。ここから落ちればどうなってしまうのか、考えただけでゾッとする。

 やがて俺達一行は専用パーティ会場に到着した。プラスという会場だった。


「さぁ、行こうか――」


 アーヴィングが意気揚々に言った。

 雷電ライディーン主催の、ショーン・ハント事件解決祝いパーティだ。



***



「――それでどうだったの? ヴィンセント」

「ええ。まぁ、ボチボチですね」

「どういう事? 今話聞いてなかったでしょ?」

「ああ、まぁ。すんません」

 それから数日が経ち、今こうして昼休憩を迎えていた。ダコタとの外回りも久しぶりだ。ショーン・ハントの一件があり、俺は新聞記者としての本業を忘れかけていた。ホッとしている反面、少し物寂しくもあった。

雷電ライディーンの頂点、フローリアン・ヒュッター総統主催のパーティなんて滅多にない事よ。少しくらいは自慢げに話してくれてもいいんじゃない?――」



 そこは天空の園。クラスタービルという天を貫く巨大樹の一角に設けられた眺望のテラスだった。

 会議場ではなく、超高級リゾートホテルの野外パーティーラウンジみたいな場所だ。

 趣味がいいのか悪いのか、正直甲乙つけがたい。


『―—本日は遠路はるばるお集まり頂きありがとう。私は雷電ライディーンのCEOを務めるフローリアン・ヒュッターです。前口上を述べる前に、先ずはそちらのお三方に感謝を伝えたい』


 フローリアンはそう言って俺達三人に身体を向けた。その眼光は俺に刺さり、なんとも言えないオーラを肌で感じ取った。

 こいつが、目の前にいるこいつが雷電ライディーンの代表、フローリアン・ヒュッター。そしてこの街の、そのものだ。

 俺たちは拍手で出迎えられ、フローリアンの言葉で締めくくられる。


『彼らの尽力によってこの街の平和は保たれた。ありがとう、この街のヒーロー達――』



「――ダコタ係長、一つ聞いていいですか?」

「どうぞ」

「ショーン・ハント事件を追ってハイパーボレアに行ったじゃないですか。あれが全ての始まりだった」

「ええ、そうね。よく覚えているわ」

「あの事件は元々俺が担当していた。でもあなたは、俺よりも深く詳細を調べていた。どうしてですか?」

 ダコタは頬張ろうとしていたサンドイッチを止めた。

「……ヴィンセント。それ、本当に聞きたい?」

「はい?」

 聞き返すと、サンドイッチを口に運んだ。やや時間があって、

「今更、お前に変な嘘をついても意味ないわね。……実はね、私にはどうしても忘れきれない一つの思い出があるの」

 お前とは俺の事だ。前にも言ったがダコタの口調は男勝りだ。

「忘れきれない思い出? なんすか、それ」

「私は子供の頃、この街のにいたのよ。うんうん、そんな気がするだけ。私は家庭の事情で、幼少期の記憶が曖昧なの。それすらも今となっては可笑しな話だけど。イマジナリーフレンドだっていたわ……」

 それを語るダコタは、普段のはつらつとした印象とは違うどこか弱々しい声色だった。

「イマジナリーフレンドの名前はサイファイ。彼女に連れられて、私はこのレフトフィールドに来たのよ。それは私がまだ4歳の時だった。街に着いた途端、サイファイは私の前から消えたの。彼女が消えてしまう前…… 私にこう言ったのを今でも覚えているの。


「――“見ている世界を信じないで”、と……」


≪Don't believe in the world you see≫


 ―—見ている世界を信じるな。

 ショーンの部屋に書かれていた言葉だ。


「今となっては、それが本当の記憶なのかは分からない。虚偽記憶かもしれないわ。でも、どうしてもそれが捨てきれない。忘れられないの」

「なるほど。段々と話が読めてきました。……から来るカイジュウ。それを呼び寄せていたショーン。あなたの関心は、街のに向けられていたって事ですか」

 ダコタはストローで紙パックの野菜ジュースを飲んだ。

「今のお前なら、この話を信じてくれると思ったの。いい? 誰にもこの事は話さないでね。絶対よ、これは上司命令なんだから」

「ええ。——はははっ」

「何よ?」

「係長、割と純粋なんすね」

「ふん、バカにして――」


 知らないダコタの一面を見た。人にも街にも裏面がある。それを肌で感じた。

 何はともあれ、俺の日常は元通りになった。

 パーティーを最後に遊馬やアーヴィングと会う事はなくなった。平和な日常に戻って来れたんだ。



***



 それから一週間が経ち、休暇を迎えた俺は久しぶりに行きつけのレコード屋に行く事にした。

 場所は同じく5番ドーム・ツァイトにある。その第一階層エリア、リクショの外れに店を構えている。

 店の名はスーサイド・ジャズレコード。

 なんでも、そのむかし、店の前に広がる美しい巨大な人造湖で入水自殺騒ぎがあったらしい。古い伝説では、この人造湖は「外の世界」と繋がっているとか何とか。

 それを信じてかどうか。この湖に身を投げたのだそうだ。

 

「――そいつはぁ、ジャズマンだったんだ。ピアニストだった。名前はフクイといったけなぁ。この湖が、遠い故郷を思い出させるって言ってなぁ。おかしな話だよ。気がふれちまったって専らの噂でなぁ。まぁ、俺も気持ちは分からんでもないぜ。郷愁を感じたんだろうよ。それは記憶じゃなく、遺伝子に刷り込まれたものさ」


 話の長い店主・ライアンがカウンターに凭れかかりながら喋っている。この話は既に何度か聞いたが、その度はじめてのフリをして聞き流す事にしている。


「それで今日は何をお探しかい? ヴィンセント・マッコイ」

「風の噂で“アローン・イン・サンフランシスコ”をストックしたと聞いたんでね」

「ッチ。もうお前の耳に入りやがったか。正直売り物にはしたくねぇと思ってたんだがよぉ」

「あんたらがてちゃだめでしょう。ルートを持ってるなら流通させなきゃな」

「まぁ、そうだがよぉ」


 スーサイド・ジャズレコードの店内は狭い。縦長の店内に、三・四人分のスペースしかない。実に「密」だ。

 「ちょっと待ってな」と言ったライアンは暖簾の奥に姿を消し、少し時間があってそれを片手に戻って来た。お待ちかね、セロニアス・モンクのアローン・イン・サンフランシスコだ。


「野郎、後ろに隠してやがったな。ほんとに売らない気だったのかよライアン」

「あたりめぇよ。俺だって久しぶりに拝んだんだ。それなりに楽しんでから店に並ばせようと思ってたとこだ」

「信じらんねぇなほんとに。あんたの汚ねぇ汁が付く前に早く俺に売ってくれ」

「まぁそう先を急ぐなよ。もう少しおっさんの世間話に付き合えや」


 店内には他に客はいない。口では文句を言いつつも、こんな時間も醍醐味の一つだ。


「お前さんも大変だったらしいなぁ。このところ、店にゃあ顔を見せなかったしな」

「まぁな。ここ一ヶ月くらいはずっとドタバタしてたよ。やっと落ち着いてあんたの店に来れたんだ」

「そいつはどうも。――俺はこの街でカイジュウ騒ぎが起きるたびにいつも思うんだ。貴重なレコードが、争乱に巻き込まれて失われてやしないかってな。俺らが扱っているレコードってのは、実体としては全てが中古レコードだ。いろんな人間の手垢に塗れてるわけだが、俺が言いたいのそういう事じゃない。そいつらは遥か昔、数十年も数百年も前に作られた貴重な財産なんだよ。不可逆なんだ。失われてしまえば、もう二度と手に入らないものばかりだ」

 ライアンは咳ばらいをして続けた。

「この街はこと音楽には狭量だ。ミュージシャンにも肩身が狭い。お前、確かオービット405へ行ったんだろ? あれがこの街の音楽の縮図さ。科学は進んだが、音楽は進歩していない。その証拠が、お前の欲しがっているこのアルバムだ。レコードはターンテーブルだけでなく、この街の上でも絶えず回り続けているんだなぁ。だから大切に扱ってくれよ。それは俺たちの共有財産だ」

 鼻を鳴らしたライアンだが、

「あんたがこの話をする時は決まって、本当にレコードを手放したくない時だ。ありがとうな、この話を土産にありがたく貰うぜ」

「風情がねぇなぁ、全くよぉ」

 ライアンはカウンターにジャケットを置いた。どれどれと手に取るが――。

「ッ!? おいちょっと待て、この値段本当か?!」

「あぁ、適正価格だよ」

「せ、千ドルってマジで言ってんのかよ? そんな持ち合わせないぞ……!」

「じゃあ仕方ねぇなぁ。土産話だけ持って家に帰りな。金は天下の回りものって言ってなぁ」

 カウンターからすっとジャケットを引き、手前のラックにしまった。

「金がねぇ奴が手に入る代物じゃねぇ。残念だったなぁ」

「おい冗談だろライアン……?!」

「まぁ落ち着けよ。同じピアニストなら、お前にお似合いなのはこっちだろぅ?」

 そして別のLPをラックから取り出した。

「マッコイ・タイナーのフライ・ウィズ・ザ・ウィンドウだ。こっちなら……二百ドルでいいぞ。どうだ?」

「ああ。“マッコイ”ね……――」


 会計を済ませて店を出た。

 結局、マッコイ・タイナーを買ってしまった。確かに欲しかったアルバムだが、あのオヤジ……


「外の世界に繋がった湖、か……」


 スクーターを走らせ、俺は家に帰った。

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