PART-B

 白い巨人・シューベルトは一歩づつU7に接近する。想像を絶するほどの大質量物体による歩行はそれ一つが震源地となって街を揺さぶった。

 全高40メートル程の巨体を揺らして目指す先は、無防備にも立ち尽くして見せる黒い巨人―—ウルトラ・ヘヴィーウェイト・U7だ。

 それは圧倒的に不遜な態度で「いつでも好きなところから殴ってみればいい」そう言わんばかりの余裕を見せつけていた。


『流石は本物のブリッジビルダーだね。偽物ごときに狼狽るような腰抜けじゃないってぇぇ?』


 テレパシーのようなショーンの声が遊馬光太郎の脳内に反響する。球体状のコックピットから見下ろし、思わず舌打ちが出た。


「うっせぇな。焦ってる奴ほどペラペラとお喋りになるんだよ」

『ふーん、あっそう。でも中身ペラッペラのハリボテは果たしてどっちかなぁァ? そっちはウルトラなヘヴィーウェイトなんでしょ? たーのっしみぃー』


 そして二体の巨人はお互いの打撃の間合いへと到達する。


『―—薄っぺらいね。ほんとに薄っぺらい。まるでこの街と一緒だ。華やかで小綺麗な装いだけがあって、その実は風船みたく脆くて軽い。“本物”があると装っているだけだ。こんな感じで―—ねぇェッ!!』


 シューベルトは右腕で高速のストレートパンチを繰り出す。その初速は極超音速を超え、周囲に強烈な衝撃波と爆音を轟かせた。だがそれが最初の爆発であるなら、二回目の爆発はU7の胸部で。

 しかしそれは全くの無表情でもろともしない。


『——ッ。やるねぇ……ッ!』


 まるで地球が一発の核爆発では傾かないように。

 ウルトラ・ヘヴィーウェイトの超大質量は攻撃面だけでなく防御面でも圧倒的なのだ。

 それこそが【ウルトラ】たる所以だ!!


「こと格闘技じゃ、重量差は絶対的なのさ。どちらがより重いか、その重量をコントロールできるか。最終的にはこれしかない。――さて、お互いの手札を見せ合ってこそフェアというものだね」


 ―—ゾクリ。

 ショーンの心臓に悪寒が走る。

 U7は右腕を力を込めた弓のように引き絞り、右手の拳をグッと丸めた。大砲のような剛腕、後は点火のタイミングを待つだけだ。


「力比べしようか。僕は逃げも隠れもしないよ。交互に一撃づつ殴り合う。先に倒れた方の負けだ」


 そして遊馬光太郎は悪魔のように微笑み、必殺技の名前を叫んだッ!!


「重力制御、右腕の質量を20パーセント解放。ア・モーニング・エクスキューズ!!」


 地を割る剛拳が射出される。より巨大な爆発を伴って、衝撃波は周囲の高層ビルの窓ガラスを粉々に叩き割った。全てのモノを【一撃ワンパン】の内に沈めてきた最強の右。


 だが、


「なに……ッ?!」


 圧倒的な破壊力で常にワンパンの内にカイジュウを沈めてきたあの剛腕が相対するシューベルトの胸筋に――しかし、びくともしない。


 アーヴィングが運転するジャムズモービルが巨人の姿を目撃したのは、まさにその瞬間だった。

 まさか、あの遊馬光太郎がここまで押されるなんて思ってもいなかった。それは明らかに「成長」していたんだ。


「遊馬君、苦戦しているようだね……! まさか、ウルトラ・ヘヴィーウェイトの一撃を耐えるなんて」

「この前よりも強くなってるっていうのか? なんてこった……!」

「だけど僕らは彼の心配をしている場合じゃない。ヴィンセント君、君を呼ぶは聞こえるかい?」


 声は、まだ俺の事を呼んでいる。


 ―—そうだ、来たまえ。ここだ。


「ああ。上から聞こえてくる――どこか、この光景を見渡せる展望の場所から」

「ここは摩天楼だ、心当たりがありすぎる。何か、他に手掛かりはあるかい?」

「ん、んなこと言ったって……」


 ――行き過ぎたものはいらない。常に身の丈にあったものを選び取るのだよ。


「どういう意味だそれは……?」


 ――目線の違いが、人の違いだとは思わないかね?


「目線の、違い……?」


 車窓に映る街の景観。

 地を走る俺たちは巨人を見上げ、高い摩天楼は巨人を見下ろす。じゃあ、同じ目線からはどう見える? それらと同じ高さからなら――。


「――この光景を見渡せる、ヘヴィーウェイトと同じ高さのビルだ。この声の主はそこにいる筈だ」

「なるほど、それは酔狂だね。目星は――」


 十字路の手前、十階建ての高級マンションが見える。その屋上なら絶好の場所だ。


「全部勘だけど、あそこかもしれない。アーヴィング頼んだ!」



『——どうしたのどうしたのぉ?! ねぇ、一体どうしたのぉ?! 全然効かないよそのハリボテみたいなおパンチくんさぁ!!』

「なんでもおをつければお上品ってわけじゃないよ、おバカなクソガキ君さ。手加減してあげてるのが分からない残念なおつむじゃまだオムツは取れないだろうね。ドMは、欲しがりだ」

『その手には乗らないよ。今度は僕が狩る番だ。やるばかりでやられる事には慣れてないクソッタレがどんな悲鳴を上げるのか、見ものだねぇ!!――』


 熾烈な口喧嘩から再び殴り合いの大ゲンカへ。

 シューベルトは右手を丸め、大きく振りかぶった。フック気味の軌道が振り下ろすようにU7に迫り、受け答えるようU7は右のアッパーカットを放った。

 拳と拳が正面からぶつかり合う。パワーは拮抗している。


「――こっちのセリフさ。いじめられっ子が牙を向いたところでどこまで出来るのか、見ものだね」


 塞がった右腕。となれば次の手段は左腕だ。両者は左手の拳を固めると、無防備なお互いの顔面へと拳を放った。


「——ッツゥ!!」

『——アハァ!!』


 それはお互いに「もらった」ようだった。右腕の鍔迫り合いが解かれ、バランスを崩すように背後へとよろめく。


「ッチ、調子に乗るなよドM。派手にシバかれたいから手を上げたんだろ? なら思い通りにしてやるよ!」


 先に態勢を立て直したのはU7だった。次に繰り出すのは足技だ。左足を軸に、大きく身体を捻った回し蹴りをシューベルトの首元に放った。先ほどの拳よりも重たく、咄嗟に防御したシューベルトだったがノーダメージはありえなかった。

 肘を立てガードするが体は力の流れる方向にズズズと滑った。


『お前ェ、反則だろぉそれはぁァ!! 順番にやり合うって言い出したのそっちでしょォ? もしかして焦ってるのかなぁ? キャハハハハッ!!』

「違うね。同じタイミングで殴り合ったんだ。順番はこれでチャラだよ」

『——あっそう! じゃあ、次は僕の番って事だねぇェ!!』


 受け応えるように繰り出した技は、思い切り伸ばした足の裏で突き上げるように蹴り倒す技「ヤクザ蹴り」だ。単純な技だが、重い肢体を生かした強力な攻撃でもある。

 やせ我慢かガードはしなかった。思い切り胴体へと直撃し、U7は大きく背後に仰け反った。


『よゆーぶっかましてんじゃないよッ!』

「ノーガード戦法ってやつさ。こいつは――!」


 ヘヴィーウェイトとカイジュウ。その殴り合いが続いている。

 ジャムズモービルは高級マンションの入り口に停まり、足早にエントランスへと向かった。マンションの名前はハロ・ガロという。

 豪華なエントランスにはコンシェルジュの女性がいた。アーヴィングが爽やかに声を掛ける。


「どうも、お嬢さん。私はアフター・サーヴィスの連邦捜査員・アーヴィング。こちらに緊急の要件があって訪ねました。訳は後程詳しくお教えしますが、このハロ・ガロの屋上へ行きたい。無理を承知で聞いています。案内をお願いいただけますか?」


 なんだか傍から見ていると口説いているようだった。そういえば今の俺たちはフィリッポの一件でバーに行ったままの恰好をしている。決め込んだパーティウェアで警察を名乗るのはどうかと思うが、サマになっている上にコンシェルジュも満更じゃない表情を浮かべていた。


「で、ですが……」

「大丈夫。僕は連邦捜査員だ。私といれば貴方に危害が加わる事はありませんよ。その時は、私が命を賭けてでも貴方をお守りします」


 ニコッと笑い、ポッと赤くなる。

 クソが。やっぱりいつかぶん殴ってやる。

 それからコンシュルジュの案内で最上階までエレベーターを昇り、非常階段に繋がる分厚い防火扉へと到着した。


「ロックが掛かっています。今、解除しますので――」


 コンシェルジュの女性が内ポケットから解除キーとなるパスカードを取り出し、取っ手付近のドアロックにタッチした。ピッという音を立てて施錠が解除されると「ありがとう」と言ったアーヴィングが、


「それじゃあ眠っていて下さい――」


 そう言ってコンシュルジュの首元に小型の麻酔銃を撃った。


「お、おい!」


 それは即効性で、ガクッと膝をつくとその体を優しく抱いて地面に寝かせた。何でもありだとは思っていたが、何の躊躇いもなくすげぇことしやがる。


「ここから先で起きる事は、この人に見せるわけにはいかないだろう。知らない方がいい事もある」

「だ、だからって……」

「これは蚊の針みたいなものだ。体に傷も残らない。今は安らかに眠っていてくれ……」


 眠る顔を見つめるアーヴィングは悲哀に満ちた表情を浮かべていた。それはまるで何かの「信奉者」のようだった。それがだとするなら、雷電ライディーンの事だろう。


「行こう、ヴィンセント君。君だけが頼りだ」

「あ、ああ――」



 ――この街には、見知らぬの秩序が渦巻いている。いいや、それはではない。を語る、矮小なるペテン師だ。



「この先が屋上だな。声はここから聞こえている」

「そうか。ここか――ヴィンセント君」

「え?」

「――ご苦労さま」


 ――バン。

 それは何度目かの銃声だった。

 ファストドロウ早抜きのピースメーカー回転式拳銃

 弾丸が俺の腹部に命中し――それは文字通り「死ぬほど痛い」。

 野郎、やっぱりヤリやがった。最初からそのつもりで――。


「すまないねヴィンセント君。君に手紙を出していた主こそ、僕らの追うの主犯格なんだ。君を利用したことを詫びるよ。だけど今は安らかに眠っていてくれ……――」



 ――この街には、信じるにたるなどいない。これで君も分かっただろう。ヴィンセント君、それがこの街の真実だ。



「この扉の先に――」


 そうしてアーヴィングは屋上への扉を開いた。

 そこは摩天楼が照らす隠された園。

 緑化された、手入れの行き届いた屋上庭園だ。

 その目線の高さは地上40メートル。U7とシューベルトの激闘が眼前で展開されていた。


 そして、


「――おや。これは“招かれざる客”だね。君には私の声など聞こえていなかっただろう」


「……なるほど。貴様が」


 そこには黒いコートを着た高身長な男のシルエットがこちらに背を向けていた。その頭には黒いハットを被り、風をはらむマントが優雅に舞っている。

 影はこちらに向けていた背をゆっくりと翻した。

 顔には、人の顔を模した黒いマスクを被っている。禍々しくも奇妙なその風貌は、一言で表すならば――。


か、貴様は。ふざけた真似を」

「――いかにも。その目には怪異と見えよう。最も、私の目に映る君たちこそ怪奇そのものだがね」


 風に舞ったマントの内側には「青空」を彷彿とさせる光のうねりが見えた。――恐らくは光学迷彩の一種。またそのマントは電波を吸収するステルスマントであると推測できる。

 故にその渾名は、


「“ミスター・ブルースカイ”。ここで貴様を逮捕する」

「なるほど。ならばやってみるがいい――」

「――ッ?!」


 瞬間、アーヴィングに「幻覚」が襲う。まるでサイケデリックな万華鏡の中に放り込まれたかのような幻術に感覚を飲み込まれた。

 直後、身体に電流が走り、アーヴィングは足から崩れ落ちた。


「うぉあああッ??!」

「君たちの“力”、調べさせてもらっている。これが君らの操る苦しみだよ。骨の髄まで味わいたまえ」


 怪人――ミスター・ブルースカイはアーヴィングを踏み越えて屋上庭園の入口へと進んだ。そこには麻酔弾を浴びて気を失っているヴィンセントがいた。


「思わぬ邪魔が入った。込み入った話はまたの機会に取っておくとしよう。これが次の、手紙だ――」


 ヴィンセントの懐に一通の手紙を忍び込ませ、ミスター・ブルースカイは膝を立てた。


「さて、このバカ騒ぎもそろそろ終いだな。少年探偵とやら、やはり手強い」


 革靴が響き、ミスター・ブルースカイは宵闇に消えていった。



『——っち。なかなか死なねぇな、こいつ……!』

 

 ショーンが言葉を漏らした。互いに殴り合うがまるでサンドバックを殴り続けている感覚――一向に終わりが見えない。

 対する遊馬光太郎はニヤリとした笑みを口元に浮かべた。


「ああ、ああ。つまらないね。こんな力で僕を倒そうなんて、世間知らずもいいところだ。じゃれ合いには飽きたよ――そろそろ本気、見せてやるか」

 

 途端、U7は殴ろうとするシューベルトの左腕を受け止めた。だが問題はそこからだった。腕を推そうが退こうが、びくりとも身体が動かなくなってしまったのだ。


『な、なんだよこの力はぁァ……!!』


 最強ウルトラのヘヴィーウェイト。その真の力は未だ底を知らない。ショーンはやはり甘く見ていたのだ。これまで何十年とレフトフィールドを護り抜いた、全戦全勝、無敗のヘヴィーウェイト。それがU7なのだ。

 ショーンは現実を再認識し背筋が凍った。

 自分が何に喧嘩を売ったのか。ここに来てようやく理解したのだ。


『ま、待て、やめろぉ!!』

「ドM君、御望み通りのお仕置きだよ。しっかりと受け取りなね。だってたったの一撃であっちまで行っちゃうんだからさァ!!」


 遊馬光太郎は悪魔の笑みを広げ、腕を振り上げた。こうして齎されるものは――破壊。地どころか星さえ砕く剛腕だ。


「重力制御、右腕の質量を50パーセント解放。トキシコロジカル・ウィスパーリング!!」


 風を切り、腕はベイパートレイルを纏う。爆発的な加速によって空間を抉りと取った拳は一直線にシューベルトの胴体へと突き刺さる。

 それはショーンの反応速度を遥かに上回る速度で接近し、防ぐことは出来なかった。


『あああああああぁぁァァァァ!!? そんな、嘘だ??! クソ、クソォォ!!』


 シューベルトから光が失われ、ゆっくりと膝から崩れ落ちた。やはり最後は呆気なく究極の一撃によって敗れ去るのだった。

 ショーンはシューベルトの中で意識を失い、体は頭部のクリスタルの上に排出された。その顔にやはり、たらりと鼻血が流れていた。


「よっわ。バイバイ、ショーン・ハント――」



 ウルトラ・ヘヴィーウェイト・U7。

 シューベルトとのリベンジマッチはU7の勝利で終わった。

 

 こうしてショーン・ハントの身柄はアフター・サーヴィスに確保され、一連のカイジュウ事件には一旦の区切りがついた。

 再び街は平穏を取り戻すのか。

 否、それはまだ先の話になるだろう。


 怪人、ミスター・ブルースカイ。

 その正体は、その目的は。未だ不明のままである。





【SHAUN COME'S BACK(ショーンが帰ってくる、白い巨人を従えて!)】

 


 TO BE CONTINUED……

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