第4話:SHAUN COME'S BACK(ショーンが帰ってくる、白い巨人を従えて!)

PART-A

「がっぷりつ四つ」とは、遥か古代の時代に存在したとされる東洋の神事「相撲」にて、その力士たちが四つ身で組み合うことを指した言葉だ。転じて、物事に対して全身全霊で正面から立ち向かうという意味で使われている。

 ああ、いや。この光景は前者だ。

 もしもこの街が戦いのために作られた「土俵」ならば、彼らヘヴィーウェイトとカイジュウのぶつかり合いは神に奉納されるべき尊い行為であると言えるだろう。

 だが神とは常に身勝手だ。

 信奉しない者達にとっては、街をぶっ壊し、人の営みを破綻させる傍若無人なこの振舞いこそ「迷惑」以外の何ものでもなく、「神の理不尽な秩序」そのものである。

 

 ―—まさか、あの遊馬光太郎がここまで押されるなんて思ってもいなかった。


 圧倒的な破壊力で常にワンパンの内にカイジュウを沈めてきたあの剛腕が、相対する「白い巨人」の胸筋に――しかし、びくともしない。

 衝撃波が生まれ、周囲の高層ビルの窓ガラスが見事に散った。


 だがしかし、ショーン・ハントは余裕な表情を崩さない。

 その少女のような表情を解き、高らかに遊馬光太郎を煽った。


『どうしたのどうしたのぉ?! ねぇ、一体どうしたのぉ?! 全然効かないよそのハリボテみたいなおパンチくんさぁ!!』


 白い巨人――シューベルトからテレパシーのように周囲に発せられたショーンの声に、遊馬光太郎は歯を食いしばる。


「なんでもをつければお上品ってわけじゃないよ、おバカなクソガキ君さ。手加減してあげてるのが分からない残念なおつむじゃまだオムツは取れないだろうね。ドMは、欲しがりだ」

『その手には乗らないよ。今度は僕が狩る番だ。やるばかりでやられる事には慣れてないクソッタレがどんな悲鳴を上げるのか、見ものだねぇ!!――』


 シューベルトは右手を丸め、大きく振りかぶった。フック気味の軌道が振り下ろすようにウルトラ・ヘヴィーウェイト――U7に迫り、受け答えるようU7は右のアッパーカットを放った。

 拳と拳が正面からぶつかり合う。パワーは拮抗している。


「――こっちのセリフさ。いじめられっ子が牙を向いたところでどこまで出来るのか、見ものだね」


 外郭エリア13番ドーム・ルビコンの第二階層。

 黒い巨人と白いカイジュウの第二回戦。その火蓋が切られた。



***



 フィリッポの一件から数十分が経ち、オービット405には喧騒が溢れていた。

 アーヴィングの仕上げ作業が残っているらしく、俺と遊馬は「シート替わりに」とジャムズモービルの後部座席に案内されそこで小休止に入っていた。


 俺は頬杖を突いて車窓から先ほどのバーのエントランスを眺めていた。大事にならなければ、今頃はあそこで生バンドのジャズを堪能していた頃だろう。レコードの一枚さえ貴重なこの御時世において、生バンドを拝めるというのは滅多にない事だった。

 この街では、そういった分野の進化が止まっている。全てのリソースは人類存続の為に使用されるからだ。つまり映画や音楽と言った娯楽は、その進化が止まったとしてもさして問題ないと思われているのだ。

 反論してやりたいが、これと言って言葉が見当たらないのが辛いところだ。


「――なあ、少年探偵。一つ聞いてもいいか?」

「ええ。どうぞ」

「十五年前のこと、お前は覚えていないのか?」

「覚えているも何も、十五年前は僕はまだ生まれていません。一体何の話ですか?」

「俺はな、十五年前…… 今のお前と同じくらいの背格好の頃、お前に命を助けられた事があるんだよ。ハイパーボレアでな。その時、お前は俺に遊馬太郎と名乗ったんだ」

「……」

「教えてくれよ。お前は一体何者なんだ?」


 車窓に反射したあいつは、頭を下げて床を見つめていた。それは珍しく、何か思い詰めているような様子だった。

 ――もしかすると、自分でも何者なのか分かっていないのか?

 そんな事が過ぎった。

 少し大人げなかったかもしれない、俺はそう思い直した。


「あ、いや。変なことを聞いて悪かったよ。今となっては定かじゃない昔話しさ」

「……いえ。それは恐らく、遊馬家の者である事は間違いありません。ですが、それは僕ではない」

「世襲ってやつか?」

「ええ。遊馬家は、その直系の男児が十歳から十二歳までの二年間だけ探偵を務めるのがなのです。僕が探偵になってから既に一年と10ヶ月が経過しています。こうして二年置きに、次の遊馬へと探偵の座が世襲されていくのです」

「なるほどな…… じゃあ、十五年前に俺を救ったあいつは、その時の探偵か」

「ええ。恐らくは……――」


 にわかには信じられない話だが、それが遊馬家という存在だ。だが「ファンタジー」は今に始まった話じゃない。こいつの力やヘヴィーウェイトという巨大ロボット兵器、それと戦うカイジュウや、この街そのものも――。

 信じられない事ばかりだ。

 だが俺はタイトゥンアップ・タイムズの一新聞記者に過ぎない。そして新聞記者ならば、嘘や偽りの海に漂う「本当の事」を掴み取るべきだ。


 この世界の真実を知りたい理由。

 それは俺なりの正義感なのかもしれない。


 ――好奇心。それだけ。


 ああ。ショーンとは違う。そんな身勝手な理由で俺は……。

 

「――この気は……!」


 遊馬は突然声を上げた。


「どうした少年探偵?」


 遊馬は車を降りて街の天井を見上げた。第一階層の上は、即ち第二階層。地上だ。

 俺も車を降りると、そこを睨みながら遊馬は言った。


「あいつだ。あいつが帰ってきたみたいだ……! 性懲りもない、ドM君がね」

「ショーン・ハントか?」

「ええ。どうやら第二階層で僕を待っているみたいだ。すみませんが、アーヴィングさんにはそう伝えておいて下さい。僕は役割を果たさなければならないので」

「行くのか?」

「ええ。ではまた後ほど――」


 腕時計に向けて言葉を発する。瞬間、空間には光と共にアールデコ・バイクが出現した。遊馬はすぐさま飛び乗ると、思い切りアクセルを吹かせて勢いよく走り出した。

 アーヴィングに一刻も早く伝えなくては。そう思っていた矢先、バーの入り口付近に立つ一人の連邦捜査官が小走りで寄って来た。

 オレンジ色のショートヘアが特徴的なホルダという女性だ。


「どうしたのですか? 遊馬さんはどこへ?」

「上の階で問題が発生したらしい――ショーンが、戻って来たと」


 だが、俺に出来る事は――何もない。これを伝える事しか出来ないんだ。

 分かりきっていた事なのに。結局、無力でしかないと思い知らされている。


「情けねぇな。マジで……」



***



 バイクを纏う地下世界の風がジャンクションでゆっくりと引き剥がされていく。やがてループを上り切った時、次に待ち受けていたのはルビコンの第二層・ンーフーだ。

 古めかしい地下世界オービット405とは打って変わり、そこに広がる景色は近未来都市の摩天楼そのものだ。


「クソガキが。僕を呼びつけるなんて二兆年早いんだよ。ムカつく、ああムカつく。――二度と立ち上がれないくらい、完膚なきまでに叩きのめしてやる」


 やがて視界には巨大な十字路で立ち往生する車の塊が見えてきた。人の迷惑を顧みない不遜な振舞いだが、それはどこか遊馬光太郎に近いものがあった。

 故に、


「気に入らないね。ブリッジビルダーに挑戦しようなんて、僕らは安く見られたものだ」


 車の隙間を縫って走り、やがて十字路の中心地点に到達する。

 怒号やクラクションがひっきりなしに鳴り響く交差点のど真ん中に、見慣れたフードの人影が立っている。

 それは遊馬光太郎の姿を確認すると、徐に手招きをした。


「――遅かったじゃん。とろいねぇ、あんた」

「そう。ヒーローは遅れてやってくる。だけど、始まったら一瞬で片付けるのが僕の流儀さ。ここはスタートラインじゃなくて、折り返しに差し掛かっている事に気づいていない、哀れなクソガキ獲物君」


 バイクから降りた遊馬光太郎は懐からウッズマン拳銃を取り出した。照準を相対するショーンの心臓に定め、


「さあ。早く呼びなよ、君の哀れなハリボテロボットを。カイジュウと呼ぶにはあまりにも残念なシラケた内側をさ」

「吠え面掻くなよ、クソッタレ探偵ェッ!!」


 周囲に銃声が轟く。だが銃弾はショーンには届かない。ニヤリとした口元――応えるように懐から赤い光を放つ端末を取り出し、そして空に掲げた。


「――来い、シューベルト!!」


 十字に伸びる赤い光を頼りに、それは遠いから降り注ぐ。


 だが「遠い空」とは一体どこなのか。

 この街の頭上に、本当に「空」は広がっているのだろうか。

 そもそも、誰もその姿を見たことがない地球外生命体E.L.O.イーエルオーなど、初めから存在しているのだろうか。

 その真実は分からない。誰も疑問にも思わない。


 だが事実としてその巨人は空から降り注ぐ。

 レフトフィールドの防空フィールドバリアを貫き、ネットを突き破って十字路に落下フォールした、

 カイジュウ――、白い巨人・シューベルト。

 それはショーンの背後に立ち尽くし、「魔王」と呼ぶべき禍々しさを纏った、見違えるオーラを放っている。

 ショーンは不気味な笑みを浮かべた後、


「フェードイン。いくよ、シューベルト――」

 

 その言葉と共に身体は宙に浮き、ゆっくりと頭部へと移動する。頭部のクリスタルのような物体の内側へ。光と共にショーンの身体はその先へと消えていく。


「ッチ、逃したか。僕らの猿真似をしようなんて――本当に気に入らないねッ!」


 シューベルトはゆっくりと歩み出した。だがその足取りは覚束ない。まるで初めて動かすことに躊躇しているように、だがそれを悟られないように毅然と振舞っている。

 周囲に悲鳴が響き、人々が一目散に逃げていく。横を通りすぎていく人の群れをよそに遊馬光太郎は「よしよし」と満足げな表情を浮かべていた。

 何故ならば、今からここで行う事の為には、邪魔になるものは少ない方がいいからだ。

 月のない宵闇、いや出ない月の代りに銀色に輝く摩天楼の明かりが遊馬光太郎に差し込み、その左腕は肘を立てる。手首に巻かれた腕時計型のデバイスに向かって少年探偵は高慢に言い放った。


「――スタンバイ、ゴー・B・ア・ライオット・ニュー」


 言葉と共に遊馬光太郎の身体がゆっくりと宙に浮かび上がっていく。空中浮遊――否、その足元には巨大な手のひらが。やがて巨大な黒いシルエットが、巨像がゆっくりと地面から這い上がった。

 地面を割る事はなく、しかし地面から生えるように出現した巨体。

 黒いボディ、光を放つ緑色の目、神を象った巨像が如き重厚感——。


 そう。それは皆さんご存知、ウルトラ・ヘヴィーウェイト【U7】だッ!!


「――売られた喧嘩だ。全てを買う、そして全てを潰す。容赦はしないし一向に出来ない。だから叩きのめせ、ロボ!!」


 得体の知れないエンジン音がヘヴィーウェイトの叫び声と化して摩天楼に響き渡る。受け答えるようにシューベルトも雄たけびを上げた。


 巨人と巨人。 

 

 果たして、どちらが真の「正義の味方」なのか。あるいはそのどちらも違うのか。

 世界に真実があるのなら、その視点から見下ろした時に「偽物フェイク」と証明されるのはどちらか。


 君は何を信じる? 何を疑う? 何を思う?

 君は、この世界の真実を知りたいと思うかい?


 ―—ヴィンセント・マッコイ君。



「……ッ! 誰かが、誰かが俺を呼んでいる……?!」


 それはテレパシーのように俺の脳裏に響いた。

 ファンタジーの世界に片足を突っ込んじゃいるが俺はその内側にはいない。その筈だが、ならこの声は一体誰が? どうして俺の内側に……?


 ―—来たまえよ。その上まで。巨人たちの足元へ。


「どうしたヴィンセント君? 顔色が悪いぞ?」

「呼んだのはお前じゃないよな……? じゃあ、それは……」

「呼んだ? 待てヴィンセント君、それは――」


 答えは、俺自身がよく分かっている。それは、その声の主は。


「俺を呼ぶ、手紙の主だ……!」


 ドスンという振動でジャムズモービルが揺れた。第二階層で戦いが始まってしまったらしい。

 確かに、カイジュウとのあれこれについては俺達が下手に足を突っ込まむべきじゃない。それはアーミーやブリッジビルダーの仕事なんだ。アフター・サーヴィスも、ましてや俺なんかがどうこう出来る事柄じゃないんだ。


「始まったようだね。また派手にやってくれるだろうけど」


 だが、この妙な胸騒ぎはなんだ?

 何か良くないことが起きる予感がする。俺を呼ぶ声は、どうして俺を呼ぶんだ?


 ――知りたいのなら、自分の目で確かめる事さ。


「誰だ…… 誰なんだよお前は……!」


 俺は、知りたい。そう思ってしまっている。の正体が知りたい、と――。


「――アーヴィング、車を貸してくれ。俺もあそこに行かなきゃならない」

「待つんだ、ヴィンセント君」

「引き留める気か? 悪いが、嫌と言うなら奪ってでも行くぞ」


 あ、いや。冷静に考えるとそれはマズいし実力行使が通じる相手でもないな。


「いいや。だが君を一人で行かせる訳にはいかない。どんな危険が待ち受けているか分からないし、それにもしも君を呼ぶ者が僕らの想像の通りなら――それは僕らアフター・サーヴィスのテリトリーだ」

「ああ、分かっているよ。俺もお前には逆らいたくはない。一緒に来てくれるんだろ?」

「ありがとう。それに官給品のジャムズモービルを君の荒い運転で傷つけてくはないからね」


 アーヴィングは爽やかにニコリと笑って見せた。どこか憎めないこの愛嬌がこいつらしい。殴ってやりたいとも思った。いつかな。


「じゃあ運転は任せる。しっかり掴まってるぞアーヴィング」

「任せてくれ。安全運転は保証するよ――」


 ジャムズモービルは唸り声を上げて走り出した。

 疾走感のある音楽が。俺の頭の中で鳴り響いたのは、ジョン・コルトレーンのモーメンツ・ノーティスだった。

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